イルカ少女とホワイトクリスマス

右中桂示

雪とトナカイに憧れて

 南半球の十二月は夏です。

 そしてとある島は、一年中過ごしやすい温暖な気候の、青い海と空が広がる常夏の楽園でした。

 輝く海と太陽、薄着のサンタクロース、それがこの土地のクリスマスです。



 島には活動的な服装を着た、小麦色の肌の女の子がいました。名前はハニと言います。

 ハニは両親と一緒に魚が詰まったバケツを運んできて、海へと呼びかけます。


「みんなー、ごはんだよー!」


 入り江にはイルカの群れがいて、ハニ達を見つけて岸まで集まってきました。

 ハニはニコニコしながら魚をあげます。


「うんうん、元気だね。あ、喧嘩しちゃだめだよ!」


 ハニは時々声をかけつつ、座って様子を見ていました。怪我や病気をしていないか、しっかりと確認するのです。

 それは大切な役割でした。彼女の両親もまた先祖からずっと引き継いで、イルカ達の世話をしています。

 まだ十歳ですが、イルカが好きでもっと小さな頃から手伝っているので、もう慣れたものです。最近は任せてくれる仕事も増えて意気揚々と頑張っています。


「もうクリスマスだね」


 ハニは友達相手にするようにイルカ達へと語りかけます。

 この島もクリスマスの準備が進んでいます。ヤシの木とクリスマスツリーが並び、イルミネーションもキラキラ。賑やかなパーティーも開かれます。

 毎年楽しくて大好きなのです。


 けれど、違うクリスマスの景色もあるのだと知っています。


「北にいるサンタクロースは雪の中をトナカイのそりに乗って飛ぶんだって」


 ハニは夢見るように青空を見上げました。

 本で、テレビで、冬のクリスマスやサンタクロースの事は知っています。しかし雪もトナカイも全くの未体験。強く憧れています。


「雪を見てみたいなあ。トナカイにも会いたいなあ」


 雪はきっとふわふわ。冷たくて白くて綺麗。

 トナカイはきっともこもこ。温かくて大きくて可愛い。

 雪だるまを作ってみたいし、ソリにも乗ってみたい。

 想像は何処までも広がります。


「無理なのかな……」


 けれど、しょぼんと呟けば重い空気になってしまいました。

 イルカ達は寂しさを紛らわせるように鳴いています。


「あ、ごめんね! みんなの事も大好きだよ!」


 ハニは謝ると、順番に優しく撫でていきます。


「ねえ、みんなは? 北まで行ってみたくない?」


 答える声はありません。それでも顔を寄せてくるイルカ達からは温かい気持ちが感じられました。冷たくて気持ちの良い感触も。

 大好きな皆の気持ちを、夢の代わりにしばらく満喫していました。

 それは、皆が背中を押してくれるようでもありました。



「終わったよー」

「ハニ。今日も頑張ってくれたね」


 だからハニは、イルカの世話が終わると、両親に思い切って言う事にします。


「ねえ、北の方のクリスマスを見に行けない?」


 ですが両親は困ったように顔を見合わせてしまいました。


「それは……難しいかな」

「代わりに都会には行けるから。それで我慢してくれる?」

「うん……」


 ハニはうつむいて手をギュッと握ります。

 とても悲しいですが我慢しようと決め、慣れ親しんだクリスマスを思いっきり楽しもうと切り替えるのでした。




 いよいよクリスマスイブ。

 夏の夜の始まり。星空を映す海が綺麗で、陸地のイルミネーションが負けじと灯っています。華やかな聖夜です。


 そんな夜の大切な主役がやってきました。


「おじいちゃん!」

「おお、ハニ!」


 赤いシャツ。老齢に見合わない引き締まった体。立派なヒゲ。

 ハニが大好きなおじいちゃんに飛びつけば、抱き返してくれます。


「もう出発? 頑張ってきてね!」

「ありがとう。でも、ハニも一緒に来てくれるかな。プレゼントを一足先にあげたくてね」

「いいの!?」

「特別だよ。ずっと良い子で頑張ってくれたからね」


 おじいちゃんはニコッと笑うと、ボートを指し示しました。イルカが引く為に作られた特別なボートです。


「さあ、乗りなさい」

「わあい!」


 おじいちゃんの特別なボートにもずっと憧れていました。乗るだけでも大興奮です。

 ボートには大きな袋がいくつも積んでありました。


「それで! あたしのプレゼントはどれ!?」


 ハニは目を輝かせてキョロキョロします。

 けれどもおじいちゃんは、ハニの手をそっと押さえました。


「いいや、ここにはないんだよ」

「え!」


 ガァンと、ショックをうけた顔で固まってしまいました。

 そんなハニの頭を、おじいちゃんは優しく撫でます。


「今から雪景色とトナカイに会いに行こう」


 それを聞いた途端、ハニは一気に明るくなります。


「……ほんと!? ほんとに雪を見れるの!? トナカイも!?」

「ああ。おじいちゃんと北のサンタクロースは友達だからね」

「ありがとう! 楽しみ!」


 ワクワクしながらボートの席に座りました。

 きっと綺麗な白い雪。きっと可愛い大きなトナカイ。

 想像だけだった憧れが、もうすぐ目の前に現れてくれるのです。

 もう落ち着いていられません。


 イルカに引かれて、ボートは海を進みます。やがてスピードが乗って、進路は北へ。更には上空へ。


 トナカイの引くソリがそうするように。

 クリスマスイブの空を、イルカが引く南海のサンタクロースのボートは飛んでいくのです。

 ホワイトクリスマスともう一人のサンタクロースが待つ北の空へ、雪とトナカイに憧れる女の子も乗せて。

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