茶番ーライナーノートー
吾ノ輪恵明
2024年12月31日
吾ノ輪が新居に千惠佳を上げたのは、この日が初めてのことだった。
師走の冷えた空気の中を手土産をもって歩いてきた千惠佳に吾ノ輪は
御茶と和菓子を用意して、部屋の中に招き入れた。
杷太倭「以外と奇麗なままなのね。」
吾ノ輪「いやあまあ、引っ越して間もなく入院したし…。」
杷太倭「炬燵も使ってないの?」
吾ノ輪は炬燵の窓側に入ると、布団の上のスマホを取った。
吾ノ輪「や、こっち側だけ使ってる。」
吾ノ輪「エアコン効かせてるからあんまり温度上げてないけどね」
杷太倭「あなたらしいわね。」
吾ノ輪はスマホを炬燵の上に置き、音楽を掛け始めた。
杷太倭「BGM?」
吾ノ輪「ああ…家の中だと癖っっていうかね…」
杷太倭「まあ、特に気にしないけど。いいわ。」
千惠佳は吾ノ輪の態度の違和感に気づいた。だが、それを指摘するのも無粋だろう。
杷太倭「まあ、大晦日くらい良いじゃない。」
吾ノ輪「や…っつってもね…」
吾ノ輪「体の方がついてこないっつーか…緊張が…」
千惠佳は吾ノ輪に見えない角度で小さく笑った。
杷太倭「気にしないの。」
杷太倭「…で…」
杷太倭「どうだった?この一年。何か好転したって感じ、ある?」
少し意地悪な言い回しになったかな。だが、落ち込んでいるのだったら
このくらいの方がぶちまけやすいだろう。最近、吾ノ輪は寝込みがちで、
物語を書く機会も量もめっきり減ってしまったし、絵もほとんど描いていない。
繰り返し呼び起こされる過去の記憶と、それと向き合い続けるために必要になった
『ファンタジックな記憶』。それらを行ったり来たりしながら将来のことを考えて、
どうにか未来を切り開いていこうとしていた吾ノ輪を見ていた千惠佳にとって、
吾ノ輪が入院したことは記憶に新しかった。それに、吾ノ輪が幻想的なことを
言わなくなる度に、徐々に自身の傷に近づき続けているであろうことも、
薄々は理解していた。いや、そうなのだろうとは思ってきた。
だからここにいて、こうして内情を聞き出す機会を設けた。少しでも、
その状態を理解できれば今後の対策に繋がってくるだろう。
杷太倭「いろいろと、思うところのあった一年だったとは思うけど…」
吾ノ輪「うーん…………。」
吾ノ輪「とりあえず、『完結した』って感触はあったよ。」
「『自分が傷を負って被害に遭って、社会の底で生きている』というのは
受け入れがたい事実だったけど、それを思い出す度に『中和する』みたいに
『ファンタジックな記憶』が目覚めて使命感を持てていたからね。」
「毎回気分的に『きっとこれ以上思い出すことは無いだろう』と思って来たん
だけど、今回は全部の記憶と”F記憶”を照らし合わせて図解してみて…」
「『理屈が完結しちゃっていて、これ以上新しい妄想を作りようがない』
ということは自覚的に理解できたかな。」
杷太倭「え…それはあなたが自覚的に作ろうとしても?」
吾ノ輪「うん。作りようがない。これで3択f記憶+統合&補完f記憶になって
物語として完結しちゃったから、理屈上新しい自己像を作り上げようがない。」
吾ノ輪「まあ、ファンタジーな記憶っていうのは現実がままならないか
受け容れられないときに頼って姿を借りられる蜃気楼みたいなものだから、
もういらないと言えばいらない。」
杷太倭「…もう、『ミラージュ』無しで生きられるの?」
吾ノ輪「それは…形が変わっただけじゃないのかなあw」
杷太倭「…ふふ、そうね。」
吾ノ輪「とりあえず、自分が普通の社会的労働が出来ないし、
生きていくのもいろいろ難儀な人間だというのはわかったよ。」
吾ノ輪「ただ、だからといって自分が劣っているとは
もう思わなくなったかな……。」
吾ノ輪「一年ちょいかけて35万文字書いて物語を完結させて、
自分に能力があるということは肌感覚的に理解できたし」
吾ノ輪「普通の人間がそれ程大層なことをしているかとも思えないし。」
吾ノ輪「それに、どんなに大きな”ファンタジーな記憶”が湧き出ようとも、
潰れることなく、考えることも調べることも絶対にあきらめなかったし、」
吾ノ輪「この歳で、この状態で、いまここにいるということに、」
吾ノ輪「『やりきった』という気持ちしかないかな。」
杷太倭「…………そう。」
杷太倭「あ、読み切り書けてないのは別として?」
吾ノ輪「う!」ぐさ
吾ノ輪「まあ…焦らず行くよ。」
吾ノ輪「実はあの読切、もっとページ数かけないと
私のやりたいものにならないってのもわかったし」
吾ノ輪「もともと、読み切りじゃなかったんだよ。」
吾ノ輪「ウウ――――…」ゴトン
杷太倭「ちょっ……大丈夫…?」
吾ノ輪「ほんとはもっといろいろ話したかったんだけど…
会話に出力する元気が無いや………。」
そう言った後、吾ノ輪は炬燵机に頭を落として
しばらく話さなくなった。
吾ノ輪「でも、ジャックさんには会えてよかったかもね。」
杷太倭「…初めての創作仲間よ。大事にしなさい。」
吾ノ輪「うん。」
吾ノ輪「今年一番良かったことかもしれない。」
吾ノ輪「シアハニーランデヴ、もう一回読もうかなあ…。」
年が明けようとしていた。
茶番ーライナーノートー 吾ノ輪恵明 @akaruihosi
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