第7話 この再会を祝して。
四日目、夜。
橘と杉岡は人族ではない。そのため夜目がきくし、睡眠の必要も特にない。よって街灯一つない完全な暗闇でも歩き続けることができるという事態が発生する。
そして昼間と同じく、夜型の凶暴な魔物たちも引っ込んでしまっているので、たいして道中の様子に昼間との変化はなかった。強いて違いを挙げるなら、少し静かな所だろうか。あと普通に不気味な雰囲気がでる所。
雰囲気の差異など二人は気にも止めないのだが。
「――…俺たちの他にも転生した人っているんかな?」
ふと、杉岡が問うてみた。
互いに出会う前は一人だと思っていたのだ。二人いるなら三人目もいるんじゃないか、と思うのは当然の流れ。
むしろ四日目の夜にしてはじめてこの話題が出たことすら驚きである。
「あー、なんかいそうだよな?」
橘は少し考えるように視線を夜空に向ける。
この世界の夜空でも月は同じように浮いている。星の量は地球よりも大分少ないが、それでも心を落ち着かせてくれる馴染み深い光景だった。
「俺とお前って会社の同期だったじゃん、…この流れだと職場の関係者とかいたりして」
「あー、…課長とか?」
橘は杉岡の予想に共感しつつ、かつての職場にいたメンツを思い出す。
真っ先に浮かんできたのは絵に描いたように面倒くさいハラスメント上司だったハゲ課長だ。
人に対する失言の数々に加え、自分の若かりし頃の自慢話や、拗すぎる娘の話、そして自分の失敗は絶対に認めない所など、何周か回って笑い事で済ませられるほどには厄介な人物だった。
部下一同、出来の悪い息子を見守るかのように呆れた目を向けていた日々が、今ではもう良い思い出。
口元に思わず浮かんだ笑みを滲ませながら問題児課長を思い出していると、杉岡も懐かしい名前に吹き出した。
「っはは、課長かー。異世界で生きれるんかな、あの人…」
「もって3年かな…、いや、産まれた瞬間から人を苛立たせるな、アレは」
「…課長が腹から出てくんのは無理だな」
「ぷぷっ、お母さん哀れすぎる」
そう言って2人が想像する赤ん坊課長は、でっぷりとした団子鼻に、憎たらしげな二重、そして諦め悪く残りの髪がかき集められたハゲ頭をそのままに、頭から下の身体を幼児に変えたような見るも無惨な赤子だ。
課長にだって可愛らしかった幼少期時代などが存在するのかもしれないが、あの顔で固定されてしまっているのだから仕方がない。
「課長なら人族じゃなくて
「イヤイヤ、課長はシンプルに
「ゴブwww、ゴブゴブ課長死ぬwwwwwwwww」
「おいっ、杉岡!黙って俺の言う通りにしてれば良いゴブ、お前の話は聞いてないゴブ!」
橘が自分の鼻頭を潰して前髪をかきあげて課長のモノマネをしながら語尾をいじってみると、杉岡がもう堪えきれないと言ったふうに腹を抱えて爆笑しだす。
今となってはもう上司でも何でもない相手だ。年齢だってこちらが遥かに重ねてしまっている。
これまでは陰でイジるにも周りや程度を見ないといけなかったが、もう今となっては恰好の揶揄いの的だ。橘も杉岡も遠慮などと無粋なことはしない。
「ゴブリンと言えば、ゴブリン育成モノのゲームにハマってた奴もいたな」
「違うって。あれはハマってたって言うより、ただのクソゲーマニアの変態だった」
「あー、クソゲーマニア。…及川か!」
「そう及川!善良な変態の期待の新人及川だ、懐かしー」
ゴブリン乳幼児課長から話を逸らすようにして、通称”善良な変態”の新人社員だった及川が話題に上がってくる。
彼は仕事の覚えも早く、趣味や知識も幅広いことから多くの先輩や同僚に好かれる人物だったのだが、
「アイツは鈍臭かったなー…」
「最っ高に鈍臭かったよなー…」
そう。凄く鈍臭かった。
取引先の大手企業社長の高いスーツに熱いお茶を溢し、プレゼン発表では間違えて自分が直前に見ていた「1時間でバク転ができるようになる」という内容の動画を流し、何もない所で転び、機材と繋がっているコードを引っこ抜き、資料のコピー部数も桁単位で間違える。
結構大きめのポカも何度もやらかすものだから、教育係だった尻拭い担当者の顔に浮かぶ疲労は毎度見ても見事なものだった。
それでも周囲から嫌われず、呆れられながらも飲みの誘いが絶えなかったのは、彼の持ち前の愛嬌ゆえだろう。
「…及川も人族ってタイプじゃないよな」
「んー」
彼に似合う種族を思案する二人は、ポンコツで、でも案外有能で、社交的で、趣味が広くて、…と特徴を頭の中で並べていく。
「アイツはレアなとこいきそう」
「エルフも巨人もレアな部類だけど、もっとレアってなると…」
「…んー、吸血鬼とか、竜種?」
「あ〜」
吸血鬼も竜種も現在の人間社会ではお伽話の中の種族だと思われている存在だ。
橘はこの世界で長く生きてきた中でも、吸血鬼を見たのは二度、竜種は一度だった。
吸血鬼は恐らく現在もう滅びているだろうし、竜種は北黒と呼ばれる別大陸から殆ど出てこないのでめちゃめちゃレア。
「でも及川はそんな格好良い種族って柄でもないな」
「逆に王道の勇者とか魔王も有り」
「それ採用」
「結構似合うなー、ポンコツ魔王」
ここでどれだけ及川の転生後の種族を論じようとも、彼の転生先に何の影響力も持っていないし、そもそも新人及川までこの世界に来ていると決まっているわけではないので全く意味はない。
「…まあ、あれだな」
「ん?」
強面である杉岡が照れたように頬をポリポリと掻きつつ斜め上を見るので、橘が顔を向けて聞き返す。
「誰かがこの世界に同じように転生してるにせよ、一番に会えたのが橘で良かったわ」
普通に堂々と言えばいいものを、そうも照れた雰囲気で言われると、二人しか存在しないこの場の空気はなんともソワソワとしたものになる。
橘は内心に広がった温かいものを隠すように、表情にニマニマとした笑みを浮かべて杉岡の顔を覗き見た。
「おうおうおう、嬉しいこというじゃないかコイツめ。同感だぜ、相棒。…ま、も少し早く出会わせてくれとは思うけどなー」
冗談めかして笑いつつ、杉岡の背をバシバシと叩く。
「もう100年くらい早くてもいいよなぁ」
鍛え抜かれた巨人族製筋肉は伊達じゃなく、全くと言って良いほど痛そうな素振りを見せない杉岡の様子に諦めて、橘は自身のローブのポケットに手を突っ込んで、中でゴソゴソと動かして目当てのものを探し出した。
このポケットは空間魔法を付与しており、見た目よりもずっと大きな容量を持っているのだ。
「んー、確か入れてたはず……、おっ、あったあった」
そう言ってポケットから取り出したのは、橘の上半身ほどもある大きさの巨大な酒瓶だった。
「酒か!」
「秘蔵のヤツでっせ、ちょっと遅れたけど再会を祝して乾杯といこうや」
このサイズの酒瓶を軽々と片手で持つ細腕エルフもどうかと思うが、ファンタジーなのだ、気にしない。
「…うわ、これ絶対美味いやつ」
「ふふん。先代魔王の執務室に飾ってあったヤツだからな。あの味覚馬鹿には勿体無いと思ってこっそり拝借してたんだよ」
現代日本では完全に窃盗罪だが、その先代魔王とてどうせ誰かから奪ったものだろうから問題はあるまい。
「先代魔王ってあれ?人族に騙された腹いせに三つくらい国滅ぼしてた、…何百年か前に封印されたんだっけ?」
「…奴なら今は愛しの奥さん捕まえて隠居暮らししてるよ。封印云々は完全に人族側のホラ。国三つは本当にやってたけどねー」
橘はエルフとして長い間この世界の歴史と共に生きてきた人間だ。時代の移り変わりと共に各地を転々としてきたものだから、教科書に載っているような偉人と酒友達だったり、名付け親だったり、崇められていたりと割と濃い人生を送っている。
「へー」
「まあ滅多に怒らん奴だから、バレたらなんか差し入れればいいっしょ」
そう言いながら橘が魔法で水を出し、ちょっとやそっとじゃ溶けない氷製の大小二つのグラスを生成する。
魔法で出す水は魔素が多く含まれているので飲料水には向かないが、こうして間に合わせの道具を作る分には便利なのだ。
人族が一口でも飲めば病気になる魔法水も、橘や杉岡には何樽か飲めばお腹が痛くなる程度なのだが。
「ほいよ」
先に大きな方のグラスにトクトクと注いで杉岡に手渡す。
「お、さんきゅー」
次いで自分の分のグラスにも月を反射させる綺麗な酒を注いで、まだ大量に残っている酒瓶は一旦ポケットに仕舞っておいた。
「…どっちが言う?」
準備万端となった橘が乾杯の音頭は必須だろうと尋ねると、杉岡が毅然とした表情をキリッと作って背筋を伸ばした。
「それでは、僭越ながら、私が乾杯の音頭を取らせていただきます。…皆さま、お飲み物の準備はよろしいでしょうか」
”皆さま”と言えるほどこの場に人数はいないが、何とも酷く懐かしい決まり文句に頬が緩む。
「良いぞー!」
どちらともなく互いに視線を交わし、心底喜ぶように歯を見せてニカっと笑い合った。
「それでは、この喜ばしい再会と、今後の我らの旅路に!」
カツンっ、
「乾杯!」「かんぱーい!」
そのエルフと巨人に気をつけろ。 誤魔化 @27gomaka
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