第6話 ビバ KINNIKU




 「爺さんや爺さんや」

 「…なんだい婆さんや」


 四日目。


 相変わらずの二人は、超弩級レベルで危険な森だというのに愉快な雰囲気の会話をしながら歩いていた。


 森の入り口付近はまだ件の盗賊が沸くくらいには危険度も低かったが、深部のここでこのような和やかな光景を見るのははっきり言っておかしい。普段なら考えられないことだ。


 この森がどれだけ危険かというと、一言で言うならヤバい。めっちゃヤバい。とにかくヤバい。


「ちと、お主の腹筋を触らせてはくれんかね」

「…唐突だね?婆さんや」


 だというのにこの呑気さ。


 普段ならば、時たま歴史に登場する龍種などが闊歩し、天変地異が巻き起こり、最弱の昆虫類でさえ単騎で村一つを滅ぼせるほどの森。


 だというのにこの呑気さ。


 しかしそれら全てが巨人族を警戒し引っ込んでいるという現状を鑑みれば仕方のないことか。それほどまでに巨人族は全生命にとって恐怖の象徴なのだ。


「よいではないか、ほれほれ」

「きゃ〜婆さんのすけべ〜」


 この森に住む個体一匹一匹の知能が高い上に生じた、極めて稀な平和すぎる旅の誕生。めでたいことなのだが、このほとばしる暴力的な衝動はなんなのか。身を隠して彼らを観察している全ての生き物が飛び出して行きたくなる気持ちを抑える。


 会話の内容は理解できずとも楽しそうな様子はわかる。キャッキャしてんじゃねぇよというのが皆の心境だ。



「―――ぬぉ!!!」

「え、どした?」

「これは素晴らしい筋肉じゃな!?」

「ふっふっふ、だろだろ、気合入れて鍛えてんだよ。自慢の息子みたいなもんだ」

「なに!?ムスコも凄いのか!」


 橘の視線がやけに素早いスピードで下半身へと向かう。


「そっちじゃねえ!」

「わかっておるわぃ、流石にそっちも触ったりはせん。ほんのジョークじゃ」

「いや、今のは結構マジな目してたけどな…」


 筋肉を自慢したいがゆえかは知らないが、露出度が普段から高めな格好をしている杉岡にも羞恥心はある。


 本音を言うとそっちにも自信はあるが、そう安々と触らせる部分ではない。


「…にしても本当に凄いもんじゃなこれ。硬さ、ツヤ、美しさ、何をとっても満点じゃの!」


 さわさわ、なでなで、モミモミ、ペタペタ、すりすり…


 スゥ〜〜〜〜⤴⤴⤴⤴⤴、ハァァァ〜〜〜〜〜〜〜⤵⤵⤵⤵⤵……×20


「…ねぇ、飽きないの?」


「飽きるわけないじゃんッッッ!!!!!!!!」


 そんなガンギマった目で見ないでほしい。


「その、なんか、…ごめん(?)」

「まったくだよもう」


「え?」

「ん?」


 杉岡は何か釈然としないが諦めた。


「まぁいいや、それであと何日くらいで着きそうなんだ?…俺はここがどこだか全くわからんのだけど」

「んぁ〜、この感じだと早くて明日の昼頃にはこの森抜けるかな」

「あ、え?そんな感じ?思ってたより早かった」


 さすがエルフと巨人のタッグ。最短ルートを魔物との戦闘も最小限に最速で移動していたらしい。

 最×3だ、凄いや。


「俺いっつも街入るとき検問通過するのに苦労するんだよな」

「あ〜、巨人種だいぶレアだもんな」


 巨人族もエルフ族同様自分たちの王国から出る個体は少ない。種族の特性上(主に身体の大きさ)、その他すべての種族を見下しているため出る必要性を感じていないのだが、元人間だった杉岡からしてみれば関係ない話だった。

 歴史的にも人族の領域に現れた巨人族の個体は両手で足りるほどしか確認されておらず、その過半数は王国から追放された半端者だったらしい。


「てかエルフも里から出ないタイプだろ、苦労せんの?」

「それなんだけどさ、わりと人間の国にもハーフエルフが増えてて、人間たちの間ではそこまで珍しくない感じの認識になってんだよね」

「あれ?そーなん?そのわりにははじめて会った時”エルフ”にめっちゃビビられてなかった?」


 そう問われて橘は少し不服そうに眉を寄せる。


「あー、それね、もしかしたら私の知り合いの趣味のせいかもしれないって思い当たっちゃった」

「趣味?」

「そー、昔、っていうかわりと最近まで私が育ててた子なんだけどさ、その子趣味が盗賊狩りなんだよね」


「…それはまた厳ついご趣味で」

「だしょ?…しかもその子獣人国では結構大事にされてる種族でさ、私が保護してるのは周知の事実だったんだよ。で、なんかあの子が世直し的なノリで夜な夜な盗賊の首飛ばしてるのを金髪の美女エルフがけしかけてるみたいな認識を盗賊内で持たれてて、さすがに面倒で撒いてきたってわけ」

「あッ、獣人!?…何獣人!?」

「……金狼」


 橘は冷めた目で、うっひょ〜と小躍りしているケモミミロリ好きの巨人を見る。


「…モフモフ?」

「モフモフのふわっふわ」


 小躍りを通り越して恋する乙女のように頬を染めて、理想の金狼ロリ獣人を妄想しだした杉岡は途中でハッと立ち止まる。


「あ、でもこの世界の獣人はビジュがほぼケモノなの忘れてた」


 そう。この世界の獣人は地球で一般的に連想される、人間の容姿に耳や尻尾が生えた姿ではなく、某アニメ映画や漫画の「BEAST◯RS」や「猫の恩◯し」などで見られるような二足歩行のアニマルなのだ。

 橘はそのアニメを見たわけではないので想像にすぎないが。


 ちなみに杉岡の趣好は前者だ。一気に小躍り男のテンションは下降する。


 ため息が止まらない。


「その子は父親と祖母が人間だったから、耳と尻尾以外は人族に近い容姿だよん」

「マ、ジッッッッッか、!!!!!!!!!!!!!」


 歓喜。


 杉岡の背景に満開の花畑と踊る小鳥の幻覚が見えるほどの喜びよう。獣要素が耳と尻尾とか、完璧すぎる。


 橘としてはただただ視界がうるさい。


「まー、アンタもいつか会えるかもね」

「よっしゃーッ!!!」



 橘は横目で杉岡を一瞥したあと、晴れ渡った空を見上げた。


 (……女の子だとは一言も言ってないんだけどなぁ)


 口には出さないが。



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