とあるエージェント試験の試験官

水城みつは

とあるエージェント試験の試験官

「ボス、今度は何の仕事ですか?」

 ひどく狭い新聞社の一室に男は呼び出されていた。


「良く来てくれたな、ジャック。まずはこれを見てくれ」

 そう言って一枚の契約書を渡される。


―― A級エージェント昇格試験

   試験日時、試験会場は別紙参照。

   試験参加者は乙を含め計四名。詳細は別紙参照。

   試験会場に辿り着いた者を昇格とする。

   特記事項:

   他の参加者の試験会場入りを妨害する事。

   特記事項については他の参加者に秘匿するものとする。


「ジャック? ああ、今回の名前はジャックですか、って昇給試験? 昇給試験は受けないっていつも言ってるじゃないですか」

 エージェントと言えば聞こえが良いが、実際は国の暗部であり、つまりは後ろ暗い仕事を多く請け負う組織だ。

 ジャックはその中でも腕利きのエージェントだった。


「まあ待て、君に重要なのは特記事項の方だ」


「『他の参加者の試験会場入りを妨害する事』? ああ、騙されたら不合格って奴ですか。E級の時に俺もやられましたよ」


「おっと、このパターンに当たったことがあったら話は早い。つまり、君にはその妨害役をやって欲しいんだよ。割と好きだろ?」


 参加者は各々の上司ボスから試験会場、参加者の情報を受け取り、その瞬間から試験開始となる。


「げっ、他の三名ってこいつらかよ。クセがありすぎるヤツばっかじゃないか」


「はっはっは、顔見知りばかりで良かったじゃないか。まあ、その情報を受け取った瞬間から試験は始まっている。君も一応は参加者扱いであるし、例え顔見知りと言えども何者にも騙されないように注意するんだね」



 ◆ ◇ ◆


 試験参加者は俺以外で三人、いずれもB級としては名の知れた、とは言え本当の名前は知らないが有名な奴らだ。


 『キング』、武闘派エージェントの筆頭とも言える。何度か任務を共にしたが敵対組織に乗り込む時に彼がいる安心感は大きい。

 難点は若干脳筋気味なことか。この試験ではそれほど脅威ではないはずだ。


 『クイーン』、あー、まぁ、妖艶なグラマラス美女だ。変装が得意であり知らない人が見る分には同一人物とバレることはないだろう。

 ただ、その魅惑的なグラマラスボディを隠すことができないため、彼女を知っている人にとっては一目瞭然なのが眼福、いや、残念なところだ。


 『エース』、とにかく切れる男だ。この手の試験に対して一番強いとも言えるだろう。

 惜しむらくは頭が切れる割に、何かと切れやすく喧嘩っ早く、しかし、喧嘩に弱い両極端なやつである。


 試験会場は三日後のC市。おそらく参加者から試験会場までの所要時間が同等になるように調整されているのだろう。

 推測されるコースに罠を仕掛けるべく幾つかメールを送ろう。


 秘匿されているはずのメールボックスには『クイーン』と『エース』からのメールが既に届いていた。

 考えることは皆同じということか。


 『エース』からは共闘の誘い、『クイーン』からは……試験後のデートの誘いだった。

 どちらも見なかった事にしてゴミ箱へと移動した。



 ◆ ◇ ◆



 眠い。仮眠は取ったもののまだ少しぼぉっとしている。

 濃いめのコーヒーをかき入れて試験会場……がよく見えるカフェの二階に陣取った。


 試験会場のビルは本日メンテナンスが入り集合時間の十二時から十三時以外は入ることが出来なくした。


「すみませン、相席よろしいでしょうカ?」

 少したどたどしい言葉で声を掛けてきたのはこの辺りでは見かけない黒髪黒目の観光客であろう女性だ。

 周囲を見回すとお昼前となって殆どの席が埋まっていた。


「えぇ、構いませんよ、お嬢さん。いや、クイーン」


「あら、よくわかったわね。やっぱり声を掛けないほうが良かったかしら」

「いや、君のことなら、まあ、見たらわかるよ」


「それは嬉しいわね。で、首尾はどうなの?」

 サンドイッチとコーヒーを乗せたトレーをテーブルにおき、彼女は隣に座った。


「君がここに来たってことは作戦失敗かな。ただ、キングは飛行機の乗り換えでZ州に向かって貰ったから間に合わないよ」


「私も危うくバカンスに行くところだったわ。それで、残り一人のエースは……あ、アレかしら」


 時刻は十二時少し前、市の清掃員の制服に身を包んだ男がビルのガラス扉の前に立ち止まった。

 さり気なく張り紙をめくり、少し考える素振りを見せた後、どこかへ電話をかけたかと思うと何やら書き込んで慌てて去っていった。


「ちょっと、どこかへ行ったわよ。もしかして試験会場の変更とかあったり……ジャック、貴方何か仕掛けたわね」


「まあ、種明かしは試験会場に向かいながらしよう」


 ビルのガラス扉にはメンテナンスと書かれた紙が乱雑に貼られている。


「入館可能時刻が十二時四十五分に書き換えられているわね。ついでに言えば鍵がかかっているわよ」


「いや、流石エースだね、書き換えられたと知ってなければわからないよ」


「それで、なぜエースは慌てて何処かに行ったのかしら?」


 その言葉にニヤリと笑って紙をめくって見せる。


「それが、何……あ、ガラスにうっすら、電話番号?」

「そう、試験会場変更を告げる連絡先だね。ここからだとどんなに急いでも三十分以上かかる場所に変更になってる」


「だから、エースはあんなに急いでって、ジャック、まさか貴方エースと共謀して……」

「そんなまさか、今回は俺を見つけた君の勝ちだよ」


 そう言って俺は玄関の鍵を取り出した。



 ◆ ◇ ◆



「ジャック、合格おめでとう。これで君も栄えあるA級エージェントの仲間入りだ」

 満面の笑みでボスはジャックに右手を差し出した。


「はぁっ?! そこは任務完了だって報酬を出すところだろ。何で俺がA級エージェントにならないといけないんだよ」


「何を言ってるんだジャック、君は昇格試験に参加して他の参加者を出し抜いた。間違いなく合格条件を満たしてるじゃないか」

 やれやれと肩を竦め契約書をジャックに渡す。


―― A級エージェント昇格試験

   試験日時、試験会場は別紙参照。

   試験参加者は乙を含め計四名。詳細は別紙参照。

   試験会場に辿り着いた者を昇格とする。

   特記事項:

   他の参加者の試験会場入りを妨害する事。

   特記事項については他の参加者に秘匿するものとする。


「俺の受け取った契約書と同じですね。サインもある……あっ」

「気付いたようだね、何処にも任務依頼なんて書いてないだろう。改めておめでとう」

 ボスは無理やりジャックの手を取ってにこやかに握手をした。


「いやぁ、これで私の荷も降りたよ。次会う時は同じ立場の同僚だ、気軽に接してくれよ。ああ、そうそう、他の三人の受験者が君の部下になるそうだ優秀な部下が付いて良かったじゃないか」


「ボス、騙しやがったな……」

「だから何者にも騙されないように注意しろと言ったじゃないか。まあ、今後はボスとして頑張るんだな」


 励ますように肩を叩き去っていくボスをジャックは恨めしそうに見送るしかなかった。


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