甘い毒

赤麦

甘い毒


僕は、善い人間であると言われる事にこの上無き快感を得ていた。


周りの人間には鼻を高くして自分は無茶苦茶善い奴だと言いふらしてもいた。

言いふらしていただけじゃない。行動にだって移していた。困った人間にはすかさずお金を貸すし、募金だってした。相手の気持ちに徹底的に寄り添う。なんなら損得勘定で僕は動かない。周りから善い奴だねと言われたその瞬間を、味がしなくなるまで噛み締め続けていた。



ふと目を覚ますと、目の前には漫画やらなんやらの創作物で腐るほど目にした「閻魔様」とはまったく様子の違う男が、おおよそ自分には手の届かなさそうな高貴な椅子に腰掛けていた。

なぜ自分がその男を一目で閻魔であると認識できたのか。それは赤い服のちょうど真ん中に「閻魔です」とこれまた丁寧に書いてあったからに違いない。


「貴様は自分のことを善い奴だとまわりに言いふらしていたし、自分もそう自負していただろう?だがな、ズバリいわせてもらう。

貴様は大層酷いやつだ。お前が救った気になっている人間等…果たして奴らはどう思っているのかねぇ」


その言葉を自分の中で咀嚼するのに僕はだいぶと時間がかかってしまった。

何故なら僕は自分の事を「善いやつすぎて損するタイプ」だと信じて疑っていなかったからに違いない。


僕はずうんと重くなってしまった口を開く。


「あのう、、仰る意味がわかりませんが、、」


閻魔はまるで汚いものを見るような、哀れんだような目で僕をみながら言う。


「お前のせいで何人もの人間が苦しみ…もがき…悩み…そして憎悪を抱いているのだ。ワシは死神というものの存在を見た事はないが、おそらく貴様のようなものの事を言うのだろうな。しかし貴様は更にタチが悪い。飴で相手を釣り、無自覚に地獄に叩き落としてしまうのだからな。」


僕はその時初めて知った。人間という小賢しいいきものは、自分が理解できる範疇を大きく超えてしまうと、開いた口が塞がらなくなり、頭の中は昔贔屓にしていた牧場の牛から絞った新鮮なミルクよりも真っ白になってしまうのだと。


……だったらどこがだめだったのか根掘り葉掘り教えてくださいな!!

僕は間違いない目で閻魔を睨みつけながら言葉を浴びせた。


閻魔は答えた。

「貴様、ホストクラブ?なんてなにやら如何わしい職業をやってたらしいな。ここでの悪行が特に目立っとるわい。」


「はい。たしかにやっていましたが、自分は誇りを持って誠心誠意お客様に向き合いましたし、箸の持ち方から家庭問題まで解決してあげました。僕以外のホストといういきものは醜いモノです。

あいつらは金のためならなんだってするんですから-----。」


そこで僕は雷に撃たれたような、、いや撃たれた事はないのであくまで比喩ではあるがそんな衝撃を覚えた。


僕も同じだ…醜い醜いと散々罵り倒してきたあいつらと同じだ…確かに善悪の違いはあれど、何でもかんでも良かれと思いやってきた。美子には箸の持ち方を教えてやったし、和ちゃんの母親には散々説教して家庭問題を解決してやった。


「ですが!僕がしてきた行いは善いものです!他の連中が晒していた醜態はDVだったり無理やり働かせたり洗脳したりと、まあ無茶苦茶なもんです!」


閻魔はニヤつきながら言う。


「そうか。お前の客どもは幸せだったのか?最後どんな決別をしたのだ?皆、今の今まで仲が良かったわけではあるまい。」


それは………

また言葉を紡げなくなってしまう。


思い返すと酷く、凄い女達であった。美子は毎年2000万円程のお金を、男性の相手をひたらすにこなし、貢いでくれていたのだ。僕はそんな彼女をひたすらに甘やかした。

そんなある日、気付く。あまりに優しくしすぎたがあまり、彼女のボーダーラインが完全に上りきっていたことに。



きっかけは些細な事で、彼女と喧嘩別れをしてしまった。彼女は他店のホストクラブに通い始めたが、常に不満を感じていた。僕にこれでもかと言うほど飴を与えられていたが為に、ちょっとやそっとの甘やかしでは満足できなくなっていた。


「もっとお金を使えば満足できる飴が貰えるかもしれない」


そう思った彼女は死ぬ気で働いた。海外に不法入国し、就労ビザも取らず無茶苦茶に海外セレブ相手に身体を売り散らかした。

彼女の稼ぎは月400万を超えていた。

これだけの金額があれば満足できるであろうと思い、また金を使う。満たされない。また稼ぐ。満たされない。そんな生活を繰り返していた矢先、彼女は首を括って死んだ。と、風の噂で聞いた。


ツラツラと、鮮明な記憶が湧き出てくる。


和ちゃんは別の意味で酷い女だ。

あれ程良くしてやったと言うのに、彼女に頼まれて作ったバースデーイベントの売掛(ツケ払い)を丸ごと自己破産してドロンした。その後は彼氏にも金を騙し取られ、発達障害のせいでまともに働けず、今は廃人同然だそうだ。


……彼女に対してもそうだ。散々甘やかした。

少しでも厳しくしてやったり、世の常識と言うものや善悪の違いなどをしっかり教育してやればこんな事にはならなかったのだろうか…?


今更悔やんでも答えは出ない。


閻魔の言葉で現実に返される。


「思い出したようだな。貴様には地獄すら生温い。さっさと連れて行け!」


見るからに悪魔なビジュアルをした二人(?)に腕を掴まれ、どこやらわからぬ場所へ連行されそうになった。


「ふざけるな!!!天国だ!天国へ連れて行け!僕が彼女達を壊したんじゃない!!ふざけるなーーー!!!!!」


人生において、出した事のない声量で叫び散らかす。自分がこんなにも大きな音を出せる生き物であるのかと感心するものである。


「そもそもお前の言ってる事自体がおかしいだろうが!!俺のしてきた事はあくまで「その後」のきっかけなだけだろうが!!審議し直せ!!!お前達こそ地獄に堕ちるべきだ!何を基準にして俺を悪だと断定している!??どこに正義がある!?正義とはなんだ!?悪とはなんだ!?俺に教えてみろ!!!!!!お前だって俺と何も変わらねえ!なんで自分のために善い事をしちゃいけないんだよ!!」

 

俺は絶叫した。


閻魔は落ち着いた表情で立ちあがり言った。


「貴様はただただ自分が気持ちよくなりたかっただけなのだ。真の善とはな、己の快楽や満足のために振りまくものではない。それを忘れる者が地獄に落ちるのだ。」












 








ーーーどれだけ時間が経っただろうか。僕は気がつくと、完全な暗闇の中にぽつんと座っていた。温もりも冷たさもない。音もない。ただ、僕の考えだけが絶え間なく響いている。しかし、今の僕にはその環境が何より心地よかった。


「善とは何だ?悪とは何だ?僕の行いは救いだったのか、それとも呪いだったのか?」


その問いは、閻魔の言葉と共に頭の中で何度も何度も反響する。


「己の快楽のために振りまく善。それを忘れる者が地獄に落ちるのだ。」


あの時の叫び声も今となっては遠い記憶だ。僕は声を失い、ただ自問するだけの肉塊になっていた。暗闇の中で、過去の記憶が何度も繰り返される。救ったつもりだった。愛したつもりだった。でも、壊したのは僕だったのか?それとも、最初から彼女たちが壊れていたのか?

答えは出ない。ただ、問い続ける。それだけの存在として、永遠にここにいるのだ……


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甘い毒 赤麦 @mugi1478

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