七、葬送

 長い長い口づけのあと、俺は彼女の名前を呼んだ。



***




 暗闇の中、俺が呼びかけると、彼女は俺の腰に手を回しながら、涙声なみだごえで「気付いてくれていたのですね?」と答えた。


「気付いたというか、ただ途中から違和感を感じていたんだ──君はいつラナと入れ替わった? あいつはどこに消えた?」


「私は最初からあなたの目の前にいましたし、


 俺はマリアベルから体を離すと、ランプに火をともし、部屋を明るくした。グレーのワンピース姿で立っているのは、黒髪のラナではなく、金髪のマリアベル。室内にラナの姿はなく、またベッドに転がっていたはずのマリアベルの死体も消えている。


「どういうことだ? ラナは?」


「ラナ様はいないですよ。だって彼女はすでにから」


「は?」


「非公式の情報ですけど、魔神フォルティとの戦いの後遺症で亡くなられたそうです」


「そんなわけないだろう。だって今までここに……」


 彼女がともした火球の残滓ざんしは、暖かな空気としてまだ漂っている。


「本人から聞いた話なので間違いないです……って、なにを言っているのか分かりませんよね。私、一ヶ月前くらい前からラナ様の亡霊に取り憑かれていたんです。そして一週間くらい前には体の支配権を完全に奪われていました。あなたが再会したラナ様も、今日ここに訪れたラナ様も、そこにあった私の死体も、全部幻術まほうであなたに見せたものでした。あなたはラナ様の亡霊に騙されていたんですよ」


「────」


「そしてあなたが幻を見破ったからなのか、最初からお膳立てするだけのつもりだったのか。キスする直前にラナ様はいなくなってしまいました。だからあなたが誓いのキスをしたのは間違いなく私です。あ、プロポーズはお受けいたしますけど問題ないですよね?」


「いや、それは」


「ふふ、この一週間、ラナ様と一緒にあなたをずっと見守っていましたけど、あなたって本当にクズみたいな男ですよね。今日も公園に来てくれなかったですし。でも私は──そんなあなたのことがどうしようもなく好きなんです」


「でも」


「お願いです。こんな卑怯なやり方になってしまいましたけど、プロポーズを撤回しないでください」


「どう考えても君のためにならない」


「ソール。そういうことを言うのなら──私ここから帰りませんよ?」


「…………」


 悪魔のように微笑ほほえむ天使のような女を前にして──


 俺はあることを思いついていた。


「マリアベル。プロポーズを撤回したりはしない。ただ少し頭を冷やしたいんだ。すぐ戻るから、少し散歩をしてきていいか?」


「え、今からですか? 外は頭を冷やすどころか凍死しかねないほど寒いですけど」


「ああ、それくらいがちょうど良い」


「あの、まさか逃げたりしませんよね?」


 俺は頷くと、部屋着へやぎのまま家を飛び出した。



***



 マリアベルの肉体をかいして俺を騙していた幻術まほう使いのラナあいつなら、だろう。


 こんな舞台を演じてくれたあいつの意図は分からない。善意なのか、悪意なのか。成功したのか、失敗したのか。


 俺に言った言葉は本当なのか、嘘なのか。


 ただそれは考える必要はない。


 彼女はきっとあの場所にいる。十八年前に食べた固いパンと具のないスープの味を思い出しながら、俺は全力で駆けていた。


 聖夜祭はまだ続いている。俺の気持ちなど知らず、イルミネーションは楽しげにキラキラと輝いていた。




【了】

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「お互い30歳まで独身だったら結婚しようね」と約束した少女が勇者になって帰ってきた。 猫とホウキ @tsu9neko

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