鼠穴の夢
白川津 中々
◾️
部屋にネズミが出た。
あら可愛いわねなどと言っている場合ではない。不潔でそこらじゅう噛み散らかすこの害獣は見つけ次第駆除。即刻エリミネイトである。
「待ってください」
人語。一人きりの部屋で誰が。
ネズミである。
他ならぬネズミが、突然人語を発したのだ。
「私には子供がおります。親のいない子がこの先どんな不幸に遭うか。どうぞ、お見逃しください」
まさかの命乞いに唖然となるも、その手は食わん。
「人様の家から物をくすめ、さらに家財を荒らす貴様ら害獣に慈悲などない。賎俗の身に産まれた事を呪うがいい」
畜生にかける情はなし。掃いて捨てるほどあるネズミの命に価値などあるものか。
「なんと悲しい言葉をおかけなさる。あまりに酷い」
「ネズミ風情が生意気を言うな。しかしこうして言葉を交わせたのは天の故あってだろう。死に方くらいは選ばせてやる」
「であれば、天寿をまっとうしとうございます」
こいつ!
と、思ったがよくよく考えてみると喋るネズミなど奇天烈が過ぎる。メディアに出せば大儲け確実。生涯こき使ってやれば一財産二財産稼げよう。
「分かった。ただし、今日から貴様は俺のために働け」
「家族と暮らせるのであれば、なんでもいたします」
「お前の子も言葉を喋れるのか?」
「はい」
三財産四財産確定である。
「分かった。許す。その家族も呼んでこい」
「なんともはや、感謝の言葉もございません。それでは……おーいみんなー!」
掛け声と共に騒めき、地鳴り。
なんだと思ったらそこらじゅうからネズミがわんさか。それぞれが好き勝手に喋り倒し酷い騒音である。こいつらが、全員……
「それでは、一家一同お世話になります」
丁寧に頭を下げるネズミを前に声も出せずに後退り。そのまま背を向けて走り出す。病原菌の巣窟に、遺伝子情報が逃走を指示したのである。
その後、騒音とネズミの飼育を大家に咎められた俺は部屋を強制退去。根無し草となりネズミ達も姿を消した。何もかも失い路上生活。時折り街を走る野良ネズミを捕まえて「喋ってみろ」と脅してもちゅうちゅう鳴くばかりで何も答えてはくれない。落ちに落ちた、非情な現実。
「鼠穴は夢だったのに」
この世は悪夢。
残された道は、鼠穴の、夢の通り……
鼠穴の夢 白川津 中々 @taka1212384
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