神様になるための試験

敷知遠江守

須真穂彦命の面接試験

 『八百万の神々』

 この世に伊耶那岐いざなぎ伊耶那美いざなみの二柱の神が現れてから、日々神は増えている。二柱の神はドロドロの沼を、まるで炊き出しのカレーでも作るかのように大きな棒でかき混ぜた。そのドロドロの沼から何柱かの大地の神が誕生した。

 誕生した大地で二柱の神が行った事、それは……ちょっと口では言えないような事。そんながすぎたのか、伊耶那美は黄泉の世界へと送られる事になった。

 残った伊耶那岐は次々と神を誕生させていき、その神々がさらに神々を誕生させ、気が付いたら『八百万の神々』と言われるほど、多種多様な神々が誕生した。


 だがある時から、なかなか新たな神は誕生しなくなった。

 理由は一つや二つでは無い。無限だと思われた人々の生活の幅に限界が出て、新たな神を必要としなくなったというのが大きな理由だと主神たちは言っている。

 だが他の神々の間では一部の神が役割を独占しているのが原因だと言い合っている。例えば主神である天照大神は本来は太陽神のはずである。にも関わらず、最近ではどんな事でもとりあえず天照大神に祈願しておけば万事解決なんていう風潮ができている。それでは他のジャンルに特化した神々の出番が無くなってしまうというものである。


 さらに最近では、自分は葦原中国でこんな偉業を成し遂げたから神にして欲しいという輩がやたらと増えた。豊国大明神だの、東照大権現だのが現れてから、いっそうそういう輩が増えた気がする。

 だがこんな事を全部許していたら、そのうち自分は葦原中国で偉ぶっていたからと言って続々と高天原にやって来る事が考えらえる。そんな事になったら高天原はいずれ神で一杯になってしまう。


 そこで主神たちはその者が神として本当に相応しいのかをチェックするため、認定試験という制度を設置し、それに受かった者のみを神にしようという事にした。

 試験内容は極めて簡素。書類選考と面接試験だけ。ただ問題が一点あって、書類選考には祀られている神社の数を記載しないといけない。いずれ神社が建てられる予定と書いて落とされた者もいるし、既存の神だった者が、唯一の神社が廃れてしまって『神候補』に落とされたなんてことも起こっている。



 今回、一人の神候補が書類選考を通って、面接試験に挑む事になった。

その者の名は『須真穂彦命すまほひこのみこと』。


「貴重なお時間をいただきまして、誠にありがとうございます」


 須真穂彦命は面接会場である伊勢の社を訪れ、面接官である天照大神、大国主命おおくにぬしのみこと豊宇気毘売とようけびめ事代主神ことしろぬしのかみ天満大自在天神てんまんだいじざいてんじんの五柱の神の前で平伏した。


「須真穂彦命とやら、そちの書いてきた登録申請書によると、そなたは携帯電話の神という事だが、その携帯電話というのは何の事であるかな?」


 五柱の中でも最も若い天満大自在天神が書面を見ながらそうたずねた。

須真穂彦命は平伏したまま、昨今葦原中国での生活に欠かせない通信の道具であると説明した。

 するとすかさず大国主命が、通信なら先日『磐鹿六雁命いわかむつかりのみこ』なる者を神に据えたばかりだと指摘。


「いやいや、磐鹿六雁命様は、通信そのものの神にございます。私はその通信で扱う道具の方の神を申請いたします」


 だが須真穂彦命の必死の訴えも、五柱の神々には全く響かなかった。そのようなものの神の必要性を感じないと冷たく突き放されてしまったのだった。


「お待ちくだされ。火之迦具土神ほのかぐつちのかみ様という火の神がおられるのに、奥津比売命おきつひめのみこと様という竈の神がおられるではありませぬか! なぜ、通信の神と別に携帯電話の神がいてはならぬのですか?」


 須真穂彦命の訴えを豊宇気毘売は鼻で笑った。竈は民の生活に欠かせぬもの、昨今では炊事に火は使わず雷を用いた小さな竈で行っている。だからそなたの理論は通用せぬと指摘。


「それに、昨今雷を用いた代物は多種多様に溢れておるが、そのどれもに神はおらぬ。何故携帯電話とやらだけ神が必要というのか。私は存じておるぞ。携帯電話とはあれであろう? みことのりの途中でピロピロ鳴る小うるさいやつであろう? あのような代物に神など不要!」


 豊宇気毘売の指摘で流れは大きく変わった。天照大神があの小うるさいやつかとしかめ面をすると、大国主命もあの小うるさいやつかとため息交じりで言った。

 須真穂彦命はあまりの携帯電話の印象の悪さに心が完全に挫けてしまった。


 だがそんな須真穂彦命に事代主神が助け舟を出した。


「まあまあ皆殿、申請書には全国に何千万という社があると書かれておりますぞ。これが真だとすれば、稲荷大神を凌ぐ大信仰ではありませぬか。たった社が一つしかない藤原采女亮政之公なる者を先日髪の神というものに据えたのに、この者を弾いたとなれば、我々が何かしら疑われかねませんぞ」


 『髪の神』というダジャレに大国主命は思い出し笑いをしてしまった。そんな大国主命を天照大神は冷たい目で睨んだ。


 大国主命は咳払いをすると、確かにそこまで社があるということは、それだけ信者がおるという事に他ならないと言った。豊宇気毘売も不本意ながら賛同している。


 だがどうにも須真穂彦命の態度がおかしい。天照大神は静かに須真穂彦命に問いかけた。


「須真穂彦命。私はそなたの社なるものを拝んでいるという者の話を聞いた事が無いのだが、本当にその社というのは存在するのだな?」


 須真穂彦命は震えが止まらない。それもそのはず、須真穂彦命が社だといって記載したのは携帯電話の基地局。そんなものを拝む輩など誰もいないであろう。だがここで折れたら自分は神にはしてもらえない。

 そんな須真穂彦命の脳裏にとある建物が思い浮かんだ。


「確かに全国に無数にある私の社を拝む者はおりません。ですが私の為に先日大きな社が建てられました。そこには毎日大勢の人が参拝に訪れております」


 須真穂彦命は顔を上げ、勝ち誇った顔で五柱の神の顔を見た。

 場所はどこにあるのかという問いに、須真穂彦命は胸を張って東京の押上という所にとてつもなく高い社が建っていると言った。


 五柱の神々は、審査の結果を楽しみにしておれと言って、須真穂彦命を退席させた。須真穂彦命は本日はありがとうございましたと言って意気揚々と退席していった。



 後日、高天原の掲示板に結果が発表された。


『須真穂彦命なる者、神を欺こうなど不届き千万。よって神候補から除名処分とす』

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神様になるための試験 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu

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