灰から生まれるもの

白雪花房

浄化者

 昼と夜の境目は虚ろの世と物質界が混ざり合う。

 真っ赤な空には薄墨色の雲が垂れ込み、廃墟はいきょには不穏な気配が迫っていた。

 人の寄り付かない領域をうろつく白いシルエット。瓦礫がれきの山を踏み越えようとしたとき、甲高い声が響いた。


「ギャハハハハ! 標的をミスミス見逃すとは、怠惰たいだなものよ!」


 むせるような刺激的な臭い。

 白いコートのすそを揺らして、足を止める。


「ひょっとしてお前さんもなにもする気がないと? ああ、分かるぞ。無こそが我々の友。救済の象徴。であるならば、力添えをしてやらんでもないなぁ!」


 色白の肌に切れ長の目をした男は、影をとらえた。


 敵は形を持たない。黒い霧を撒き散らしながらマントを広げるように膨張する。

 明らかにモンスターだが、元は人の姿をしていたであろう面影はあった。三角形につり上がった目が顔を作るように配置され、傷口のようなけ目が口を描く。


「さあ、お前さんもこちら側へ来るんだよぉ!」


 地底へ引きずり込むように不定形の影が襲いかかり、風圧が押し寄せる。

 暴風が地表を削り、傍らで灰色の建物が砕け、残骸ざんがいと化した。


 生と死の狭間の緊張感。


 白い男は古の剣を握りしめる。

 硬質な静寂をまとい、意識をぎ澄ました。


「伝説の勇士よ、お前の力を借りるぞ」


 スペルとして唱えると奥底から力がき起こり、肌の表面にしびれが走った。


 脳内を巡った血染めの景色。

 グロテスクにふくらんだ獣を一刀両断すると、ドロドロの体液が飛び散り、赤黒く濡れた。

 蒼白の剣士が禍々まがまがしい城を攻める。同じ武装をまとった仲間が隣に並ぶも、次の瞬間には弾かれたように飛び散った。


 ありもしない記憶の断片。おのれのものではないけれど自然と体が熱くなった。

 かつての勇士を模倣もほうして、重たい剣をかかげる。刃に収束した燃える輝き。光線として解き放つ。黒い影に直撃。蒸発した。


 標的は薄い空に溶け、後には清々すがすがしい空気が広がるだけ。

 荒れた地面に立つ男は剣を下ろす。


 光を帯びた刃を通してまた知らない記憶が流れ込んだ。


 血で汚れた床にエプロンを着た女性と、黄色い帽子を被った子どもが倒れている。

 退廃たいはいと化した村はすでに空っぽとなり、下手人は姿を消した。

 影の顔に空いた穴を通して見えたものがおのれの家族の最期だと、男は認めない。牢獄のように無機質にな心には、誰かの慟哭どうこくだけがむなしく響いた。



 走馬灯が途切れ意識が空白に染まる。

 古びた剣の担い手はまぶたをきっちりと開き、首を横に振った。

 先ほど観たのは先ほど倒した敵の過去だろう。


「無になる、か」


 心の内側では身近にすら感じるのに、なぜか他人事と思いたかった。

 ブーツを踏み出すと、足の裏にしっとりとした土を感じ、くすぶった匂いがはい上がる。まっすぐなシルエットは朽ちた大地を歩き抜けていった。


 ***


 ひらひらとした白いコートをまとった男――カルムは浄化者と呼ばれる。

 彼らの存在意義はモータルを倒すこと。モータルとは人の影より生じ、悲しい過去

やトラウマといった負の記憶が具現化したモンスターだ。


 浄化者は負の記憶を浄化する役目を担う。適正のある人間が引き抜かれ(もしくは改造を施し、人為的に生み出す)、組織的に育成。他者の記憶をまとい、戦闘力を継承。終わりなき戦いの旅に駆り出される。


 カルムには浄化者になる以前の記憶がない。気がついたときには荒野に放り出され、目の前には筋骨隆々の大男。相手はカルムの力を見込み一員に加える。その人物こそが組織のトップ――すなわち上司だった。


 カルムは人形のように任務をこなし、モータルをほふっていく。今回の標的はS級とされるほど強大な個体だ。


 同業者と記憶を共有、情報は得ている。

 根城は繁栄の街ウェスペルだ。


 真っ赤なバラが彩る門をくぐると、スパイシーな匂いが鼻腔びこうをかすめる。

 表面上はにぎやかに栄え、広場には記念碑も建つ歴史ある地域だ。

 一転、路地に入ると薄暗くなり、薬と硝煙の臭いがちらつく。地下は魔窟まくつ。端は静かな霊園だった。

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2024年12月21日 17:11
2024年12月22日 17:11
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灰から生まれるもの 白雪花房 @snowhite

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