テストしてるのは俺なのに(創作フェス第一回「試験」)

文鳥亮

テストしてるのは俺なのに

 フミオは中学教師だ。

 今年でちょうど四十歳。まあまあの中堅である。

 彼が教えるのは社会科だ。もともと専門は歴史で、地理や公民ももちろん問題なく守備範囲である。

 彼の担任は3年A組だが、そこで奇妙な「事件」が起った。とある試験に関することだが‥‥‥


——それは一学期の後半、六月のことだった。

 生徒も新しいクラスにすっかり慣れ、梅雨入り前に蒸し暑くなってきた頃である。


 フミオは毎回授業の最初に簡単な小テストを実施していた。〇×形式で10問だけの簡単なものだ。内容は前回の授業の復習である。

 例えば

「大化の改新は645年に起こった」( ) ←〇か×をつける

 などという他愛のない設問だった。


 ところが、出来がかんばしくない。あてずっぽうでも5点は取れるはずなのに、平均点が6点台なのだ。これがさっぱり改善しない。

「おい、みんな授業聞いてないのか? こんな簡単なクイズぐらいちゃんと解いてくれよ。前の授業の復習なんだぞ?」

「え~、こんなテストつまんないよ~やめようぜ~先生~」「そうだそうだ~」

といった塩梅である。


 確かにつまらないテストだとフミオも思う。

 ちなみに定期試験では〇×は出さず、穴埋めと記述で攻める。

 だが、記述するには正確な知識が必要なのだ。よく詰め込み教育などと批判されるが、それは物事をロクに理解せず感覚だけで文句をいう言説だと思っている。


 それはともかく、最低限、授業の復習ぐらいはしてほしい。そうすれば、さほど苦労せずに頭に入るはずだ。もちろん授業を聞いているのが前提で、そのために注意を喚起するのがこのクイズなのである。


 フミオはちょっと北風を吹かせることにした。

「次の小テストから、成績に入れることにするぞ」

「えー!」「やだやだ~」「やめて~」

 しかしフミオは強行した。


——最初の結果は意外だった。


 A組だけ平均点が9点台だったのだ(他も7点台にアップした)。

(おお、うちのクラスもようやく授業に身が入るようになったか)

 フミオは喜んだが、とたんに疑念が生じてきた。いくらお膝元のクラスとはいえ、ちょっと出来すぎである。信じたいのはヤマヤマだが。

(おいおい、まさかお前たち‥‥‥?)


 次の試験では、一応生徒を観察することにした。前回は全然見ていなかったのだ。

 40人の中で一人だけ風邪でマスクをしているが、特に変わったことはない。マスクはサナエという女子生徒で、学年の首席である。


「サナエ、まだ風邪治んないのか? 無理するな」

「え、でも先生。これ休んだら成績に響くんですよね。それに私、無理はしていません」

「うむ‥‥‥まあ‥‥‥そうならいいけどな」

 こんなやりとりの後、試験用紙を配った。


 時間はたったの五分間だ。カンペなどを回す時間はまったくない。

 ちなみに生徒や学生は、試験中の不正行為はバレないと思っているようだが、そんなことはない。挙動不審な者は一発で分かる。


 しかし。

 二回目も平均は9点台だった。しかもそれはA組だけだ。

 やはりおかしい。

 だが、見た限り挙動不審な生徒は一人もいなかった。サナエがずっと咳をしていた以外は。

 彼女は優等生で、クラスにいることが頼もしい存在だった。


 フミオの本音では、このテストをそのまま成績に反映させようとは考えていなかった。あくまで目的は授業をちゃんと聞かせることなのだ。


 三回目。

 一問だけ難しくした。

 フミオは半信半疑だった。

 〇×とはいえ、全員が同時に五分間で不正行為などできるはずはない。机の上は筆箱だけだ。もちろんスマホなどは校内持ち込み禁止である。眼鏡型デバイスは分からないが、それらしいメガネをかけている者はいない。

 ただ、サナエだけ相変わらずマスクで咳をしていた。


「おい、サナエ、大丈夫か。まさか肺炎でもないよな。だが無理するとよくないぞ」

「先生、心配かけてすみません。みんなにも迷惑かけちゃって。でも小テスト受けたいんです、ごめんなさい。私大丈夫です。熱はないんです」

「そうなのか? ならまあ‥‥‥他のみんなも健康には気をつけてくれよな」


 フミオは半ぺらの試験用紙を配布した。

 五分間、彼は秘術を尽くして「試験監督」をした。後ろから全員を見渡し、音もなく歩き回り、ぱっと突然振り向いたりした。しかしおかしな生徒は一人もいなかった。


 結果は‥‥‥。

 またA組だけ9点台だ。時間差があるので他の組に問題が回っている可能性もあるが、どの組も7点ぎりぎりぐらいに下がった。

 どう考えてもおかしい。

「やはりカンニングなのか‥‥‥」

 としても、いったいどういうカラクリなのか?


 フミオはA組の生徒から挑戦状を叩きつけられていると悟った。


 彼は試験中の様子を思い出し、あれこれ検討した。普段と違っていたのはサナエだけだ。第一感が、この事件の「首謀者」はサナエと告げていた。

 放課後、職員室にサナエを呼び出した。


「サナエなあ、社会科の小テストのことだけど、何か俺に言うことはないか?」

「‥‥‥‥‥‥」

 マスクのサナエはうつむいている。


「お前なにか企んだんじゃないのか? 責めないから俺に話してくれ」

「‥‥‥‥‥‥」

「邪道は邪道だぞ。お前は賢いから分かってるだろうけど」

「‥‥‥‥‥‥」

「なあ、何とか言ってくれよ。本当はお前なんだろ? 正直に言ってごらん」


 サナエが顔をあげた。

「正直に言ってないの先生じゃん」

「なに?!」

「でも先生の授業、すっごく面白い...」

 そう言うなり、彼女はバアっと出ていってしまった。


——次の小テストはA組の平均点も7点台に落ちた。他のクラスと変わらなくなった。

 フミオは学期末までこの小テストを続けた。考えた末に、成績には入れないことにした。

 あれからA組に変わったことは起きていない。サナエも期末試験で首位はキープしたようだ。


 一学期最後の日、彼はぎらつく太陽を見上げて伸びをした。

「...さあ、夏がきたぞ。これからが本番だ!」




   — 了 —

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