第三話 宿の和室でキス

 しずくとリナが歩いていると雨が降り出した。二人はキャリーバッグから折り畳み傘を取り出し、その傘を差しながら宿に向かう。

 店が多い場所を離れ、自分達しかいないのに、雫は誰かに見られているような気がして、不安な気持ちがふくらんだ。


「せっかく誰もいないのに、キャリーバッグ引いて傘差してたら手を繋げないんだけどー」


 リナは文句を言っているし、ご機嫌ななめだ。

 彼女まで不安にさせるつもりはない。


 素泊まりの宿に到着すると、受付の人が笑顔で迎えてくれた。受付の女性の笑顔と明るい宿の雰囲気に、雫はホッとする。


 受付を済ませ、カードキーを受け取り、温泉の説明を受けてから、二人は部屋に案内された。


 受付の人が去ってから、二人はキャリーバッグを床に置き、傘を干す。

 戸の鍵はオートロックだ。鍵を開ける時に使ったカードキーは、リナがショルダーバッグに入れた。


 二人は靴を脱ぎ、和室に上がる。


「綺麗な部屋だね」


 嬉しそうに笑うリナ。

 雫が「そうだね」と頷いた時だった。


 何かがうような音が聞こえて、雫はビクリとした。


「どうしたの?」


 リナが雫の顔を覗き込む。


「なっ、なんか、音がした」

 ドキドキする胸を押さえながら雫は言う。


「音? 聞こえなかったけど。なんかさ、雫、この島に来てから変だよね?」

「変じゃないよ」

「いや、変だよ。誰もいない場所を急に見たりするし、なんか挙動不審きょどうふしん

「…………」


 何も言えずにいた雫の耳に、何かが這うような音が届く。

 次の瞬間、足に、冷たい何かが触れた。


「ひゃっ!」


 雫は急いでその場から離れる。自分の足にも畳にも何もいない。だけど触れたのだ。何かが足に。


「なにっ? どうしたの? なんかいるの?」


 不安そうなリナを置いて逃げてしまった雫は、自分の行動を反省したが、驚いたし、怖かったのだ。


「えっと、あのね、なんか、何かが這うような音がして、私の足になんかいたような気がしたの。見えなかったけど」

「這う……蛇かな?」

「蛇?」

「うん、金色の眼の白蛇がいるって話、前にしたよね?」

「あっ! ネットの情報のやつっ! 神の使いかあやかしかってやつだよね!?」


 つい大声を上げてしまい、雫は恥ずかしくなる。


「うん。もしそれだったら見たかったな」


 リナは残念そうだけど、雫は今夜、寝られるかなと不安になった。


「リナが見るのはいいと思う。私は遠くからなら見てもいいけど、体を這われるのは嫌だな」

「そっか。ねえ、少し休んでから神社に行こうと思ってたんだけど。ここにいるのが嫌なら今から行く?」

「行きたい」

「じゃあ、行く前にキスしてくれない?」

「キス?」

「うん。神社に行った後はパスタ食べに行く予定だし、外じゃキスできないから今したいの。いつもあたしからキスするから、雫からしてほしいな」


 真剣な表情のリナに言われて、雫は覚悟を決めた。


「分かった。でも、怖いから目は閉じないよ」

「うん」


 雫は緊張しながらリナに近づき、彼女の肩にそっと手を置く。するとリナが目を閉じた。


 甘い匂いが鼻をくすぐる。

 早くキスしてここを出よう。


 雫はリナの桜色の唇に触れるようなキスをした。


 その時。


 しゅるしゅると音がした。

 雫はリナの肩から手を離し、勢いよくふり向いた。


 そこには、白い蛇がうじゃうじゃいた。十匹以上はいるだろう。

 どの蛇も金色の眼でこちらを見つめ、桃色の舌をチロチロ出す。


 雫は驚き過ぎて動けなかった。


 しばらくして、蛇達が姿を消した。


 また出るかもと思ったが、雫はその場に座り込む。ドキドキし過ぎて胸が苦しいし、立っている元気はなかった。胸に手を当て、深呼吸する。


 すぐそばで、「あー、びっくりした。あんなにいるとは思わなかった」というリナの声が聞こえた。


「雫、大丈夫?」

「だっ、大丈夫」

「部屋、変えてもらった方がいい?」

「いや、島に来てから、ずっと誰かに見られてた気がしてたから意味ないと思う」

「えっ? そうなの? あたし、気づかなかった。雫の様子がおかしいなとは思ってたけど、それでか」

「うん。言わなくてごめん。楽しい旅行にしたかったんだ」


 雫が謝ると、リナは「そっか」と笑い、雫の頭を優しくぽんぽんしたのだった。

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人魚の島 桜庭ミオ @sakuranoiro

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