第二話 初めての友であり、彼女

「蛇、いるかな? 早く会いたいな」


 楽しそうに話すリナを見て、 しずくは笑う。


「そうだね」


 港を離れ、二人で歩いて宿に向かう。

 自分達と同じような観光客がいるが、歩道が広いのでゆったり歩ける。


「雫と手を繋ぎたいけど、キャリーバッグを引きながら手を繋ぐのって難しそうだし、他の人の迷惑だよね」

「うん、リナは上手だけど、私はキャリーバッグ引くの、慣れてないから難しい」

「ううっ、手を繋ぎたいよー」

「また繋ごうね」

「うん!」


 この辺りは、お土産屋さんや屋台が多くてにぎやかだ。美味しそうな匂いがただよってくる。


 提灯ちょうちん暖簾のれんの赤や朱色がたくさん目に入った時、雫は一瞬足を止めたが、ネットやガイドブックで島の写真を見ていたので驚きはしなかった。

 分かっていて来たのだから、宿に向かって進むしかない。


 リナがクレープを食べたいと言ったので、二人で並んで買って食べた。次に、雫が気になっていたお団子と温かい緑茶を二人で買って食べ、飲んだ。

 どれも美味しくて、雫は幸せだなと感じた。


 何度か視線を感じてふり向いたが、誰とも目が合わなかったり、人がいない場所だったりした。自意識過剰じいしきかじょうなのだろうか。


 リナに心配されてしまったので、雫は「何でもないよ」と微笑んでみせた。


 リナは雫にとって初めての友であり、彼女だ。

 だから心配をかけたくない。


 高校を卒業した雫は、居場所がないと感じてた地元を離れ、大学に入学する少し前から一人暮らしを始めた。

 入学しても友達ができず孤独を感じていた雫に、明るく話しかけてくれたのがリナだった。彼女は大学の同期で、同じアパートに住んでいた。


 リナとは学科が違ったが、同じ講義を受けることもあったし、キャンパス内のカフェでランチやお茶を一緒にしたり、キャンパス内の図書館で一緒に本を選んだり課題をすることもあった。


 彼女はよく蛇が出てくる本を読んでいる。蛇が好きなのだそうだ。


 リナに手を繋ぎたいと言われた時、雫は驚いた。しかし、リナが悲しそうな顔をして『嫌?』と尋ねた時、雫は切なくなり、断ることができなかった。


 初めて彼女と手を繋いだ時は違うなと感じたが、嫌ではなかった。


 リナは甘い匂いがして、手が柔らかくて温かい。何度も彼女と手を繋いだが、緊張するし、誰かに見られるのは恥ずかしい。だが、リナが嬉しそうなので、雫はできるだけ断らないようにしていた。


 最初は、水森みずもりさんと呼んでいたのだが、彼女に名前で呼んでほしいと頼まれたので、雫は彼女のことをリナと呼ぶようになる。


 リナに告白されたのは夏休み前。

 高校まではずっと女子校だったらしく、彼女はよく『女の子が好き!』と言っていた。


 可愛い女子がいても、可愛いぬいぐるみを見ても、リナは同じように目を輝かせて、『好き!』と言うし、雫は恋愛的な意味ではなく、可愛いのが好きなだけなんだろうなと思っていた。


 明るくて元気なリナには、男も女も近づいて来るし、人気者だ。


 人と喋るのが苦手でバイトの面接に落ちまくる自分とは違い、居酒屋でバイトをしているリナは大人相手でも堂々と話す。


 そんな彼女に告白されて雫は戸惑ったし、なんで自分なんだろうと不思議に思ったので、『私のどこが好きなの?』と尋ねたら、リナは満面の笑みで『全部』と答えた。


『恋愛ってよく分からない』


 そう伝えたら、『あたしもだよ。中学生の頃にね、女の子に片想いをしたことがあるんだ。彼女には好きな男の子がいたから伝えなかったけど。共学の大学に行けば、男の人が好きになるのかなって思ってた。でも、好きになったのが雫だったんだ。ダメかな?』と、うるんだ瞳で言われてしまった。


 雫は悩んだ結果、リナと付き合うことにした。

 自分のことを好きになってくれるなんて貴重な存在だ。もう一人にはなりたくなかった。


 雫は夏休み、実家には帰らなかった。中学生の弟に嫌われてるし、両親は仕事が忙しい。


 夢がないので進路に迷った雫に対して、『金は出すから大学くらい行くように』と話したのは父だ。おかげでリナに会えたし、お金に困ることもない。


 リナとはたくさんデートした。キスも何度かした。彼女の唇はふにっと柔らかくて、いつも雫がドキドキしながら目を閉じている間に終わる。何が楽しいのか分からないけど、その後の彼女はご機嫌だ。


 ハグは挑戦したけど無理だった。ハグされるのもハグするのも辛い。


 夏休み、リナと海に行った。


 雫は昔から海が怖かったので避けていた。なのに、テレビで見ると気になり、つい見てしまうのだ。


 リナの地元が海の近くで、幼い頃からよく泳いでいたとリナから聞かされた時に、雫がその話をしたら、大学から一番近い海に二人で行く流れになった。


『あたしは海が好きだから雫にも見せたいなって思うけど、無理なら無理でいいんだ。気になるなら行ってみて、無理ならすぐに帰ればいいんだよ』


 リナにそう言われて、そうかと思った。


 電車に乗って海がある町に行き、海を眺めた。海に行くまでは緊張したけど、とても綺麗な海と砂浜で、波の音にいやされた。


 癒されたなんて感じたのは初めてだった。

 潮の香りを嗅いだ時、なつかしいと感じたのも不思議だった。


 海の近くにあるカフェでお茶したり、楽しいデートだった。


 秋、木の葉が色づき、気分が晴れない雫に、リナがたくさんお菓子や料理を作ってくれた。


 月白島つきしろじまという名前を始めて知ったのはリナの部屋だった。


 リナと付き合うようになった雫は、彼女の部屋で夕食を作ってもらっていた。


 好きな本を読んでいいよと言われたので本棚を眺めていたのだが、一冊の観光ガイドブックが気になり、手に取った。そのガイドブックで、初めて島の写真を見た時に涙が出たのだ。


『あたしもね、この島をテレビで見た時は感動して泣いたんだ。いつか、彼女ができたら一緒に月白島に行きたいなって思ったの』と、リナは話した。


 島には白蛇がいるらしい。雫は蛇のことをよく知らない。テレビでしか見たことがないのだ。


 普通の白蛇は眼が赤いらしいが、リナのためなら月白島に行ってもいいと思った。


 昔から月を見ると涙が出るが、月が嫌いというわけではない。


 リナが教えてくれたネットの情報によると、月白島で金色の眼をした白蛇を見た人がいるらしい。目の前でふっと消えたため、神の使いかあやかしかと話題になっていたようだ。


 リナはその蛇も見たいらしい。

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