第2話 ドSの悪魔
「何してるの‥‥白鳥さん」
学園きっての美少女、白鳥愛莉があわれのない姿になっている。スカートは乱れ下着が見れるか見れないかという際どい体勢に、周囲にいた男子たちは羞恥心を捨て熱い視線を彼女の下半身に注ぎ込んでいた。
「よ、吉田君!?何でそこに!?」
「なんでって‥‥ただ廊下歩いてただけなんだけど」
「そ、そっか。え、じゃあ私がぶつかったのってもしかして」
恐る恐る彼女が視線を向けた先にいたのは、先ほどまで俺の隣を歩いていた同じく学園を代表する美少女、大森鈴鹿だ。動揺している彼女と比べて大森さんは至って冷静、というよりイタズラを思いついた子供のように挑発的な表情を浮かべていた。
「これはこれは白鳥さん。学校の廊下は走るところではなく歩くところよ?」
「げっ、鈴鹿。なんでアンタがそっちにいるのよ」
「そっち、とは?」
しまった。と言わんばかりな表情で自らの口を両手で隠すと俺と大森さんの顔を交互に見るようにして首を動かした。
そんな分かりやすい反応を見せてしまえば、彼女が見過ごすはずがなく、この場は完全に大森さんの独壇場となった。
「まるで私たちが一緒に居たことを知っているような言い回しをするのね。もしかしてわざとぶつかってきたのかしら?」
「そ、そそそんなわけないでしょ!!
さっきから妙に目が合う白鳥さん。別にこちらが彼女のことを意識しているわけではないのだが、それを差し引いてもやけに彼女の視線が時折こちらに向く。
「安心したわ。流石の貴方でもそんな非人道的なことしないわよね」
元気で明るく活発な彼女だが、普段は廊下を走るような迷惑行為をする人ではない。きっと彼女も学生らしくその身丈にあった事情を抱えていたのだろう。
そうして周囲に集まっていた生徒たちも少しずつ散り始め、この騒動が収まりを見せようとしたその時だった。終始穏やかだった大森さんが何事もなくこの場を去ろうとしている白鳥さんを静止したのは。
「ごめんなさいね。貴方の狙い通りに事が進まなくて」
「え?」
いつもより声が低く、一瞬大森さんから発しられた言葉とは隣にいた俺でさえ気づかなかった。白鳥さんが咄嗟に振り向いてしまうのも無理はない。
「それってどういう意味?」
「ふふ、ごめんなさい。ただもし私が吉田君と位置を入れ替えてなかったら、きっと今頃貴方は彼を押し倒していた形になっていたのだろうと思って」
「なっ!?」
それから十数秒、彼女は大森さんの顔を覗き込み、終いには苛立ちをぶつけるよう睨み始めた。学園の二大美少女。もしくはS級美少女などいつも並べられてきた二人だが、実はもしかしてそこまで仲は良くないのだろうか。
「‥‥ならよかったかな。吉田君には怪我をしてもらいたくないし」
「それは私なら怪我をしても構わない。そんな風に聞こえてしまうけど?」
「どうなんだろ。大森さんって武道やってるらしいからそれくらい大丈夫じゃないかな?」
どこの誰が見ても明らかに不穏な空気。お互いの可愛らしい風貌からは決して放たれてはいけない殺伐とした雰囲気に俺は堪らず口を挟んだ。
「お、大森さん!!えっと、日直のノート返しに行くんだよね!!先生も部活顧問だし早めに私に行ったほうがいいんじゃないかな!?」
ハイライトのない両者の瞳が俺を捉える。本来なら美少女二人の視線を独り占めするなど最高の幸せでしかないのだが、今回ばかりは龍と虎に睨まれているような恐怖しか感じられない。
「それもそうね。それじゃあ白鳥さん、また明日教室で会いましょう」
彼女は再び俺の右腕に絡み付け、その豊満な胸を押し付ける。その様子を目の前で見せつけられた白鳥さんは顔を赤面させて、歩き去る俺たちの背中に向けて人差し指を向けた。
「あ、アンタ——————ッ!!本当は吉田君のことをどう思ってるのよ!!」
話し始めて一日も経っていない未だ他人以上友人未満の関係。それが俺の大森鈴鹿に対して抱いている認識だ。面識だって恐らくこの学校に入学してから、細かく言えば席が隣になってからのものだし、相互の認識に食い違いはない。
そんな確信めいた予想を立てるのも束の間、彼女は声を張り上げた白鳥さんに振り返ると、
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。貴方は彼のことを微塵たりとも理解していない。友人としても、一人の男性としてもね」
自分は誰よりも理解している。そんな謎めいた発言を口にすると、彼女は俺の手を引き歩く速度を上げていく。
◇◆◇
放課後、席替え早々に日直を引き受けた俺たちは職員室にてその務めを終えたことを担任である平林先生に報告した。まだ外はそこまで暗くなっておらず、サッカー部や野球部はいつものように軍隊のような揃った声を上げながら練習に励んでいた。
大会に優勝とか色々目標はあるだろうけど、それでもあそこまで汗水垂らして努力する姿は素直に尊敬する。
「あ」
ふと声を上げてしまったのは、同じく校庭でサッカー部が練習している横の区画でチア部が練習している様子が目に入ったからだ。
「やっぱり人多いな。いつもだけどさ」
何せチア部には、かのS級美少女であらせられる白鳥さんが所属している。単純にチア部の活動を見学している女子もいるけどその大半はほぼ不埒な思惑を抱いて参加している男子達だ。際どい衣装もそうなのだろうが、全てと言っても過言ではない男子の視線は彼女の揺れる胸に固定されている。
「やっぱり吉田君も元気で可愛い女の子が好き?」
俺と同じようにチア部の練習風景を見ながらそんな質問を呟いた大森さん。彼女の視線も大体であるが白鳥さんに向けられていた。
「みんな好きなんじゃないかな。笑顔が可愛い女の子のこと」
日本人らしい曖昧で逸れた返答を返したが概ね俺の予想は的を得ていると思う。笑顔かそうでないか、そのどちらが可愛いかなんて質問されたら俺だって笑顔が素敵な女の子を推す。
って、彼女の前で断言できたらかっこいいんだろうな。何せ笑顔を見せずとも凛としていてこれほど美しいという言葉が似合う女性などそうはいない。女神の称されることも多い彼女の前では、笑顔があるから可愛いなんていう台詞は対した説得力を持たない。
「確かに男子は言うものね。無表情のマグロ女より笑顔が可愛い女の子と付き合いたいって」
「いや別にクールな女子を好きっていう人もいると思うよ。全員が全員ってわけじゃないかも」
「あら?さっきは笑顔が素敵な子がいいって言ってたのに今度はクール系がいいなんて言うの?それはあまりに優柔不断じゃないかしら」
仰る通り、その一言に尽きる。だって実際、男子の好みなんて恋愛経験すらない俺が語れるほどの話じゃない。
ただ一つだけこれは間違ってないって言えるのは。
「結局、顔よね」
「えっ?」
まるで俺の心の中を読んだような台詞にギョッとするも、彼女は続けて己の持論を唱える。
「どれだけ知らない女の人でも。顔がモデルやアイドル級に整ってさえいれば、男なんて誰でも告白されたらOK出すでしょ?」
「え、えぇ‥‥そうとも限らないと思うけど」
「あらそう?一応これ私の体験談なのだけれど」
「そうなんだ体験談‥‥たいけんだん!?」
驚きすぎて何故かカタコト言葉になってしまったことに、彼女は口元に手を当てて上品に笑う。そんな風に気品漂う彼女より今からとてつもない闇を明かされることに対して一抹の不安を抱いた。
「クラスに馴染んで約一年。もうすぐクラス替えがあるからかしら。特に関係を築いていないクラスメイトの男子全員から告白を受けたの。貴方を除いてね」
う、嘘だろ。クラス全員の男子って、マジか。
「さらに言うと同じ学年の男子からほぼ告白されているわ。流石にこれは全員というわけにはいかないわね。けれどその中には白鳥さんに行ったっていう子もいるから結局ほぼ全員の男子が私と白鳥さんに告白しているのよ」
え、え、えぇ!?は、はぁ!?なんだそれ!!
いやいや、普通じゃないでしょ!なんでそんなことが起きてるのにみんな普通にしていられるの!?
てか、俺だけしてないなんて。それじゃあもう側から見たら。
「吉田君って女の子に興味ない?」
ですよね!!そうなりますよね!!というか俺が普通であってそいつら全員の方がおかしいんだよ!!
「1ヶ月前に告白してきた小林君なんて、彼女と別れてきたから付き合ってなんて言い出すのよ?全く、女のことを道具とでも思ってるのかしら」
小林といえばサッカー部のエースで、一年でレギュラーを獲得したって有名な奴だ。確か噂じゃ女優の卵と付き合ってるなんて言う話を聞いたことがあるけど、大森さんに告るために別れたのか?
「冗談半分で彼女さんと別れてくれたら考えてあげるとは言ったのよ。けどまさか本気で別れるなんてね。驚いたわ」
いや鬼かよ。というかやっぱりこの人、ただの女神なんかじゃない。
正真正銘、ドSの悪魔だ。
S級美少女は俺の〇〇が欲しいみたいです〜好きになるまで離さない。手段を選ばない美少女たちは俺を逃がしてくれません。 タルタルハムスター @kiiita
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