時速千年
ソコニ
第1話
「この新型車は、未来を走るんです」
セールスマンの言葉に、私は思わず吹き出しそうになった。
A国からやって来た最新鋭の自動車の説明会である。
「冗談ではありません」と彼は真面目な顔で続けた。
「この車は、文字通り『時間』を走り抜けるんです」
確かに、目の前の車は不思議だった。
ホログラムのようにゆらめき、時々すっと透明になる。
「私たちは『時間』を制御する技術を開発しました。この車は、開発に要する時間そのものを圧縮するのです」
彼の説明によると、通常の自動車開発には数年かかる。
しかし、この車は「時間圧縮」により、アイデアを思いついた翌日には完成品になるという。
「ご覧ください」
セールスマンがボタンを押すと、車が変形を始めた。
昨日のモデル、今日のモデル、明日のモデル...
一秒ごとに新しいバージョンが生まれ、進化していく。
日本の自動車メーカーの重役たちが青ざめた顔で見つめている。
彼らの開発部門は、まだ5年後の計画を練っているところだった。
「この車を日本で売る予定はありません」
セールスマンは不敵な笑みを浮かべた。
「ただ、時間との戦いに、あなたたちが既に負けていることをお知らせしに来ただけです」
その時、会場の隅から小さな声が聞こえた。
定年間近の技術者が、古ぼけたストップウォッチを手に立ち上がる。
「時間を早める技術は素晴らしい。しかし、私たちには『時間を止める』技術がある」
彼がストップウォッチを押すと、未来車の変形が突然止まった。
「これは...」
「そう、品質管理という名の時間停止装置です。未来に急ぐあまり、基本を忘れてはいませんか?」
セールスマンの顔から笑みが消えた。
彼の車は、もう変形も、透明化もしない。
後日、A国の新聞にこんな記事が載った。
『未来を走る車、品質検査で無期限停車』
(おわり)
時速千年 ソコニ @mi33x
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