オイショ、オイショと人は言う
太刀川るい
第1話
オイショ!オイショ!オイショ!オイショ!!
僕たちは大声を上げて天をつく。膝を曲げ深く沈み込むと、次の瞬間には掛け声とともに立ち上がる。両手を天井に向かって突き出し、背骨を定規のようにまっすぐに伸ばして絶叫する。
「お前、また腕を上げたな」
教室に入ってきた先生が満足そうな顔で僕を見た。
「このままだと、次の模試もお前がトップだな。新記録もでるかもしれない」
【オイショ、オイショと人は言う】
人間を超えるAIができて、色々あって戦争が起こり、AIを軸にした新しい政府ができて、僕が生まれて、こうやって学校にいっては試験のためにオイショを練習している。
「オイ……ショ!」
鏡張りの教室で日課のオイショをしながら、僕は考える。不思議なものだ。AIのおかげで、人間が働く必要なんてなくなった。生活に必要なものはすべて機械で作れるし、衣食住はすべて政府に保証されている。会社なんて存在は消滅した。何しろ人間が経営するより、政府のAIが経営するほうがよっぽど効率的だからだ。市場原理が働く以上、人間が市場から締め出されるのは自明の理だ。
それで、暇になった僕ら人類は何をしているのかというと、オイショをしている。正確にはオイショと言いながら、立ち上がったりしゃがんだりする体操をしている。
「オイショってなんですか? なんでこれで給料が貰えるんですか?」
一度先生に聞いてみたことがある。
「そうだなぁ。言ってしまえば、オイショそれ自体には全く意味がない。ただ、多少体を動かして健康になるぐらいだ。ただ、人間には労働が必要だ。そうAIは判断したんだ」
「意味のない儀式ってことですか?」
「意味はあるさ。お金を発行する意味がね。お金というものは、無限に発行しようと思えばできてしまう。だが、それをやると、お金の価値が下がるだろう?お金の価値を下げないためには、対価が必要だ。例えば、昔だったら金の採掘にかかる労力だったり、労働者の時間だったり、ビットコインなんて仕組みは計算能力を担保にしていた。
今じゃ生活必需品はすべて政府が用意してくれる。でも、趣味のものを買ったり、人間が生産したものを取引するためにはやっぱりお金が必要で、それを供給することは私達の社会生活のためには大事なんだよ」
わかったような、わからなかったような気がした。
後で知ったことなのだけれども、初期は時間がそのままお金になる仕組みを使っていたらしい。寝ていても、遊んでいても、一秒ごとにお金が振り込まれる。そのお金を使って生活必需品以外の取引をする。
ただ、これはあまりにも平等すぎた。消費者にとって、稼ぐ手段は「待つ」しかない。事業を起こそうにも、もう資本家の時代じゃない。同じ土俵で勝負して、AI駆動の競合に勝てるはずがないのだ。だから、AIはそこに差を生み出すことにした。
「天つき用意〜〜ッ!」
試験官がそう叫ぶと、僕は中腰になった。これから試験が始まる。僕らの人生が決まってしまうとても大事な瞬間だ。
AIが僕らに与えたタスクは簡単だ。オイショオイショと言いながら、奇妙な運動をする。ただそれだけでお金がもらえる。ただ、全体の美しさや掛け声、速度などが評価されて差がつく。オイショがうまければ、それだけお金がもらえて、下手な人はそれほど貰えない。
こうして生まれた格差は、水が流れ出すように社会のあちこちへと伝わっていき、僕達の社会を動かしている。
「はじめッ!」
試験官が言うと同時に、僕は猛烈な勢いで屈伸を始めた。
オイショ!オイショ!オイショ!オイショ!
目の前のディスプレイの数字がどんどん上がっていく。今日は調子がいいみたいだ。この試験に合格すれば、さらに上に進める。オイショで貰えるお金も上がっていく。社会的成功が約束されるのだ。
オイショ!オイショ!オイショ!オイショ!
ディスプレイの数字を見た試験官がおお……と小声で呟いた。新記録が出たらしい。同じく試験をうけている同級生が羨望の眼差しで僕を見るのがわかる。
ばかみたいだ。とふとおかしくなった。なんで僕はこんな変な体操をしているのだろう。冷静になってみると変な話だ。
オイショ!オイショ!オイショ!オイショ!
幸いなことに僕には才能があったらしい。クラスで一番オイショがうまく、また、選抜メンバーでもトップの成績を収めた。AIはなぜか僕のオイショを高く評価している。だけれど、それが一体なんになるというのだろう。
オイショ!オイショ!オイショ!オイショ!
数字はまだまだ上がっていく。僕の将来を約束する数値だ。オイショが上手い。それだけで僕は今立身出世を果たそうとしている。もし、戦争前に僕が生まれていたら、これほどの評価を受けることができたのだろうか。考えるとバカバカしくなる。
でも、考えてみればやっていることは同じなのかもしれない。原始時代では、マンモスを狩るのが上手い人間が評価され、AI前の世界では頭の良い人間が評価された。それがいまではオイショになっただけだ。
オイショ!オイショ!オイショ!オイショ!
僕は全力で天をつく。体に血が巡り、息が荒くなる。いったいこれで、いくらぐらいになるだろうか、かなり稼いだはずだ。
それでも、僕はオイショをやめない。いや、やめられない。やめたら僕の損になる。だから、きっと僕はこれからの人生、やりたくもないこれをずっとやっていくのだろう。
気がつけば、パチパチと拍手が沸き起こった。
他の参加者はみんな疲れてオイショをやめている。みんなが僕を認めてくれているのがわかる。額に汗を浮かべ、にこやかな笑顔で僕を祝福してくれる。
オイショ!オイショ!オイショ!オイショ!!
絶叫しながら、僕は天を突き続ける。虚しさだけが全てだった。
オイショ、オイショと人は言う 太刀川るい @R_tachigawa
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