第2話 鉄と鬼、月と鬼

 現場を突如襲った謎の光と、それに続く謎の攻撃。

 推定三十メートルはくだらないその大きさを一発で空中から踏み潰すのだから、並みの怨混兵アドヒーレント怨混官アベラントが放った技ではないことは明白だった。


 (そこから推測するに……上か!)


 その読みを確信に変えるため、槍を持った軍服の男——鉄漿凪紋はぐろなもんは頭上、すなわち空を見上げた。

 するとそこには巨大な六枚の黒い翼を生やした怨混人オーガらしきなにかが浮遊していた。


 「いンや。安心はまだ早そうっすね。そうだろ!? 怨混人!!」


 凪紋が振り返りながら空中に浮かぶ怨混人に槍を向けて言い放つと、凪紋の上司と思しき女性は今まで見たこともない怨混人の姿がそこにあった。


 「え? あれ、本当に怨混人?」

 「よく見たらヤツの額にツノらしきものが生えています。十中八九、怨混人でしょう」

 「んー? あっ、ほんとだ。ツノ生えてる!おーい、そこの怨混人くーん!」


 目を凝らしてツノらしきものを視認すると、女性は手を振って怨混人を呼んだ。


 「ちょっ! 何してるんですか! 危ないですよ!」

 「えー? でも私たちが対処に困ってたあのデカい怨鬼を倒したのって、あの子なんでしょ? 私たちに危害を加えているわけじゃないってことは、イコール『まだ話し合いの余地がある』ってことじゃない?」

 「……ッ! だとしても、あいつは怨混人なんです! 人間と怨鬼が混ざったヤツと話すだなんて危険な真似は見過ごせない!」

 「そうかなあ? 私の勘だけど、鉄漿はぐろくんが思ってるよりあの子はずっと優しいと思うんだけどなあ……」

 「まさか? そんなことあるわけがない」

 「そう? まあいいけど。それよりも……おーい! 降りてきてよー! お話しよー?」



 ——————



 怨混人と化した蓮池融刀はすいけゆうと怨鬼おにを仕留めた後、地上から男の叫び声が聞こえた。

 見下ろすと、そこには槍を融刀に向けている男性とその横でこちらを見ている女性がいた。


 「おーい」と女性から呼ぶと同時に、男性が諫め出した。

 正直、なにがしたいのか全くわからない。


 そもそも、あの二人は一体誰なのだろう?

 黒のスーツのような制服を着て、武器を携えている。


 (【鬼切丸おにきりまる】の連中か……?)


 見当をつけるなら、そんなところだろう。

 怨鬼を攻撃していたし、怨鬼関連のナニカなのは間違いない……と思う。


 そんなことを考えていると、件の女性から、


 「おーい! 降りてきてよー! お話ししようよー!」


 と誘われた。


 〔どうする? 行くのかい?〕

 (正直、胡散臭い。でも、この姿で生活する以上、情報が不足しているのも事実だ。だから、乗ってみよう。こう見えて、こういう時の嗅覚は鋭い方なんだ)

 〔了解。気を付けて〕


 ルーシェとの脳内会話を済ませると、融刀は臨戦態勢なのを悟られないようにしながら降り立った。

 その瞬間——


 「撃てぇぇぇッ!」


 という掛け声とともに無数の銃弾が融刀に向かって飛んできた。

 それを見透かしていたかのように、融刀は六枚の翼を重ね合わせて多重障壁のようにして身を守った。


 「発砲止め! 発砲止め!! 鉄漿くん、どうして発砲許可を!?」

 「やはり危険です! あんな得体の知れない化け物相手に交渉なんて、できるはずがない! アイツは、怨混人は人類の敵だ! 怨鬼の仲間なんだ! そんなやつと交渉なんて馬鹿げている!!」

 「確かにこの子は怨混人だよ。でも、それ以前に一人の優しい人間なの! 怨混人がどうあるかは私たちが決めることじゃない。ねえ、そうでしょ?」

 「仮にそうだとしてもこいつが化け物なのは変わりないでしょうが! こいつは兄さんや姉さんを殺したあのクソ怨鬼どもの仲間なんですよ! おい、お前! お前が交渉しようとしても、こっちから願い下げだからな!」


 「言いたいことはそれだけか?」


 先ほどまでの融刀の声色からは想像もつかないような、重低音の敵意をあらわにした声に凪紋は意表を突かれたような顔をした。


 「さっきから黙って聞いてりゃ、人のことを『化け物』だの『クソ怨鬼の仲間』だのといろいろ言いやがって。いいぜ、お前がその気なら交渉は決裂だ。今からお前たちを——潰す」


 言葉を発した刹那、融刀は凪紋に至近距離まで迫り、空中で生成したロングリーチのデスサイズを振り下ろした。

 凪紋はそれに反射的に槍を前に構え、防御の型を取った。


 「鉄漿槍術はぐろそうじゅつ——【玄巌くろいわ】!!」


 すると、槍の前に無数の六角形の障壁が張り巡らされ、一つの大きな盾となり攻撃を受け止めた。


 「ハッ! 怨混人の力ってのはそんなもんか!」

 「ほざけ。これはだ」

 「なに——!?」


 「アッシュ・…………スカッター


 零れるような声で呟き、指を鳴らす。

 その直後、巨大な竜脚が凪紋を勢いよく踏み潰そうと、空中から襲い掛かった。

 「守らなきゃ死ぬ」と思った凪紋は、無理やりデスサイズを弾き返し、その勢いで竜脚に抗おうと【玄巌】を発動しながら頭上に構え直した。

 だが、竜脚は蟻を踏み潰すかの如く全く踏む力を緩ませようとしない。


 「ぐっ、ううう……!」


 そんな力量の差を突き付けられても、凪紋は【玄巌】を解除しなかった。

 地面に亀裂が走り、凪紋の立っている地面だけが竜脚の力で陥没し始めていた。


 (クソが……悔しいが今の僕にはコレに耐えるだけで精一杯だ。アイツに一泡吹かせるようなことは到底できない)


 歯を噛みしめながら、重くのしかかる竜脚に抗う凪紋をよそ目に、融刀は複数の怨混兵と対峙していた。

 数はざっと十から十三人といったところか。


 「お前らも俺を敵と見なすのか?」


 威嚇するように問いかける。

 それを聞いた怨混兵のほとんどは、構えていた近未来的な銃を今一度握り直した。


 「そうか……。だが、俺はお前らに恨みはない。だから今は少しだけ眠ってろ」


 融刀は一瞬のうちに姿をくらまし、怨混兵たちの後方に回っていた。


 「う、後ろだ!撃て、撃てぇぇぇ!」

 「——【影朧撃バニッシュ・フィスト


 発声と同時に、怨混兵全員の首に一撃が入り、次々とその場に倒れていった。


 「ああっ、そんな!」


 女性が声をかけるも、返事はない。


 「峰打ちだ」

 「み、峰打ち……? じゃあ、気絶しただけ……?」

 「そうだ。元から殺すつもりはないからな」


 その言葉に女性は胸を撫で下ろした。


 「ふう、よかった。思った通り、キミは優しいんだね」

 「そうか?」

 「そうだよ。だって本来のキミならここにいる全員を消すことだってできる。でもそんなことはしなかった。だからキミは優しいよ」

 「そうか……じゃあ、私の話を——」


 そこまで言うと、融刀は飛び上がった。


 「それとこれとは話が別だ。お前はあの男を止められなかった。そんなお前が俺に勝てるとでも?」

 「……戦うの?」


 女性の言葉に、融刀は頷く。


 「ああそうだ。話がしたければ、俺を止めてみせろ!」

 「わかったよ、そこまで言うなら仕方ない。——とばりよ、帳。お聞きなさい……」


 女性は交渉を一時的に諦めると、手を合わせて詠唱を始めた。

 すると、地中から魔力がオーブのような形で現れ、浮かんでいく。

 

 「今は夕暮れ、移りて日の出。日の出の前は鏖魔が時。日の出の後は——墜ちる時」


 詠唱の途中で巨大な犬型の魔力体の後ろ足が現れると、融刀が反応するよりも先に掬いあげるように蹴り上げられ、その勢いのまま地上に叩き落とされた。

 その動きは女性の右手と連動しており、振り上げれば蹴り上げて、振り下ろせば叩き落とす。

 そうした動きの後、再び合掌をし、深々と頭を下げた。


 一方、叩き落とされた融刀は、黒く巨大な翼も、額に生えた鮫の背びれのようなツノも失い、上半身裸の状態でうつ伏せに倒れていた。


 「私の勝ち、だね」


 融刀の顔を覗き込むように、女性が微笑みながら言うと、降参とでも言うかのように右腕を上げてひらひらと手を振った。


 「それじゃあ、私の話、聞いてくれる?」

 「ああ」


 融刀は得意の二つ返事をし、残り少ない体力で起き上がった。


 「コホン、では改めまして……私は対怨鬼情報ないし討伐機関【HUNTER】の特級怨混官グラン・アベラント月小町つきこまちです。……そういえば、あなたの名前聞いてなかった! あなた、名前は?」

 「蓮池融刀」

 「蓮池……どこかで聞いたことがあるような……。まあそれは置いといて、まずはあなたに謝らなくちゃならないわ。私の部下が、あなたにとんでもなく酷いことを言ってしまった。本当にごめんなさい。これは私の監督不行き届きが原因です」

 「頭を上げてくれ。確かにアイツのことは気に食わないが、怨鬼のせいで家族が死んだんだ。そりゃあ、ヒステリックにもなるさ」

 「許してくれるの……?」

 「許すも何も、そもそもアンタは何も悪くないだろ?」

 「……! ありがとう。その言葉で私は救われます。じゃあ次の話ね。蓮池融刀くん、あなたを私たちのいる【HUNTER】にスカウトします」

 「……その言葉は聞き捨てならない」


 その言葉に、二人の顔が向いた。

 そこには、槍を支えに歩いてきた鉄漿凪紋の姿があった。

 どうやら、融刀の翼やツノが無くなったのと同時に、竜脚も効力を失い、霧散したようだ。


 「鉄漿くん!」

 「……耐えたのか。俺の攻撃に」

 「ああ、耐えたさ。だが悔しいことに、今の技量ではお前の方が上だ。ところで、小町さん。今コイツをスカウトする、って言いましたか?」

 「うん。言ったよ」

 「そうですか。ならば、僕がやることはただ一つ。断固反対です」

 「えぇー? そんなあ! でも鉄漿くん、融刀くんの攻撃に押されてたじゃん!」

 「それとこれとは話が別です。第一、怨混人と一緒に生活するなんて、僕には無理です」

 「え? でも、ほろちゃんやむゆゆん、哲さんも、一応怨混人だよ?」

 「……は?」

 「あれ、もしかして、気づいてなかった? まあしょうがないよねー、特にほろむゆコンビは二人きりじゃないと鬼装コラプションしないからねえ」


 苦笑いしながら小町が説明する傍ら、凪紋は今まで気づかなかったことと、怨混人が既に内部にいたことの二重の衝撃から、頭を抱えていた。


 「さて、話を戻しまして、どうかな? 私たちと一緒に行かない?」

 「……わかった。もう僕は止めない。前例が既にあるなら、反対したって無駄だ。もしも僕や小町さんと一緒に来るなら、僕は君を歓迎しよう。それに君の知りたい情報も【HUNTER】にくればあるかもしれないぞ」

 「知りたい、情報……」

 「例えば、そうだなあ……怨混人について、とか?」

 「! わかった。その誘いを受けよう」

 「ではでは、融刀……いえ、蓮池融刀くん。ようこそ、怨鬼情報機関【HUNTER】へ! 私たちはあなたを歓迎します!」


 そう言って小町と融刀は固い握手を交わした。



 ——————



 暗闇の空間、壁掛けの蝋燭に火が灯る。

 その明かりに照らされるのは至る所に貼られ、古くなっている呪符と襖、それに——ツノ、ツノ、ツノ……。


 「ルーシェが怨混化した」


 ツノを生やした小柄な少女のようながポツリと呟くと、瓢箪の形をした酒を置いた一人の大柄な怨鬼が呆れたようなため息を漏らした。


 「よもや我らの力を人の手に渡すとは……【原罪】め」

 「まあ、いいんじゃないの? 確かに人の手に俺たちの力が渡っちゃったことは問題だけど、どうせ殺せばいいだけっしょ? それに、問題児が一人減ったって考えれば、プラマイゼロでしょ」


 青髪の一本ツノの怨鬼は笑いながら言葉を発した。


 「油断禁物。油断大敵にございますぞ、【欲罪】どの。そういって死んでいった上級怨鬼がいたのを忘れてはおりますまい?」


 【欲罪】と呼ばれる青髪の怨鬼を老獪な怨鬼が諫める。


 「わーってるよ。それにそのことは忘れちゃいないさ。この俺様の『欲』を少しは満たせたんだからね」

 「とにかくだ。我らも本腰を入れねばならんということだ。我が怨鬼を統べる総大将——グレイブシンク様の復活のためにも、な」


 大柄の怨鬼がそう言うと同時に蝋燭の火はかき消された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

墓守のオーガ @Sanshine_guy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ