墓守のオーガ

@Sanshine_guy

第1話 お迎えは突然に

 2090年——東京。

 かつてないほどに生活水準は向上した現代だが、同時に人々はかつてない恐怖に晒されていた。


 その原因は、一体の怪物——【怨鬼おに】の出現にある。

 ツノを生やし、人を喰らう。

 時に獰猛、時に狡猾、時に好戦的な知的生命体。


 |現代では怨鬼に対抗する力も備わっているが、被害は依然として増加の一途を辿っていた。


 「今日未明、東京世田谷区の路上で男性が全身を強く打った状態で発見されました。警察及び日本怨鬼おに対策部隊【鬼切丸おにきりまる】の所属研究員によりますと、死因は『怨鬼によるもの』ということです。次のニュースです——」


 マンションの一室で一人暮らしをする青年——蓮池融刀はすいけゆうとは、ニュースを聞きながらわずかに恐怖を滲ませて呟いた。


 「また怨鬼関連か……最近多いな」


 融刀の言う通り、ここ数日で怨鬼による被害は明らかに増加していた。

 特に人々が寝静まっている午前2時から3時半にかけて被害が集中しているという鬼切丸の調査報告が、数日前の新聞に掲載されていた。


 新学期が始まってまだ二ヶ月も経っていないというのに、連日のように報道される怨鬼関連のニュースに融刀は気が滅入っていた。

 それでも学校には行かねばならない。

 朝食を済ませ、食器を洗ってから靴を履いた。


 ……なにか忘れているような気がする。


 「いけねえ、忘れてた!」


 融刀は慌てて靴を脱ぎ捨て、タンスの上にある両親の写真の前に手を合わせた。

 融刀の両親は数年前に交通事故で他界した。

 後部座席でシートベルトをしていた融刀は、父親が身を挺して守ったことで一命を取り留めたが、両親は即死だった。

 助けられた命への感謝も込めて、融刀は毎日写真の両親に「いってきます」や「ただいま」などの挨拶を欠かさない。


 「今日も学校行ってくるよ」


 再び玄関に向かい、靴を履き直す。

 「いってきます」と言って家を出た、まさにその瞬間——蓮池融刀はまるで待ち構えていたかのように眼前で大きく口を開けた怨鬼に食われ、享年17歳の若さでこの世を去った。



  ——————



 一瞬なにが起こったかわからなかった。

 あまりにも突然のことだったのでどうやら思考が停止していたようだ。

 融刀はなぜこんな場所にいるのか分からず、覚えている限りの記憶を辿ることにした。


 「確か、家を出て……怨鬼に食われた……そうか、怨鬼に食われたのか」


 その事実を思い出すと、なぜ自分が、なぜ今こんな目に遭わなければならないのかという疑問が続々と湧き上がり、やがてそれは怒りに変わっていった。


 「なんで俺なんだ! どうして俺が喰われなきゃいけないんだ! 吐け! 俺を吐き出せ、この野郎!」


 怒りに任せて声を張り上げながら、融刀は空間の壁を何度も殴りつけた。


 「吐け! 吐けよ! おい、聞いてんのか! 吐けって言ってんだよ! 吐け! 吐け! 吐けぇぇぇッ!!」

 「へえ、人間にしてはなかなか諦めが悪いじゃないか」


 突然声が聞こえたので叫びながら殴るのをやめて、周囲を見渡した。

 しかし、暗闇のせいで声の主を見つけることはできなかった。


 「誰だ!? どこにいる!」

 「ここだよ、ここ」


 その柔らかくも飄々とした女性の声が聞こえると同時に肩を叩かれ、振り返ると——


 「バア」


 とツノを生やした顔が至近距離に迫っていたので、反射的に、融刀はそのツノを掴んでへし折ろうとした。


 「いだっ! いだだだだ! わかった! 謝る、謝るからっ! ツノを折ろうするのをやめて!!」

 「……本当か?」


 その言葉に女性は目を逸らす。

 融刀はジト目で彼女の視線に合わせようとするも、一向に合う目を合わせようとしないので、融刀は力を少し強めた。


 「いだだだだっ! 本当です! 本当に謝ります! ごめんなさい! 私が悪かったです! だからツノっ! ツノ離して! 折れる! ホント―に折れるからッ!」


 誠意は感じられないが謝ってもらえたので、融刀は渋々手を離した。


 「ありがとうございますッ!! ……あー、痛かった」

 「……で? 君はいったい誰なんだ?」


 ツノを優しく撫でる女性に、融刀は疑問を投げかけた。


 「私? 私はさ、見ての通り、『オニ』だよ。……あー、この國じゃあ『怨みの鬼』って書くんだっけ?まあそんなことはいいか」

 「怨鬼? お前が……?」

 「お、ちょっとは怖がったのかな? まあ無理もないか。だって私は——」

 「お前が怨鬼なのは分かった」

 「……ってアレ? 怖がってない?」

 「なんで怖がる必要があるんだ? お前が怨鬼だったとしても、俺みたいな凡人にツノを掴まれた挙句、へし折られそうになってた怨鬼なんて怖くないだろ」

 「……ふーん、キミ、諦めが悪いだけじゃなくて度胸とユーモアも持ち合わせているのか。いいね、とてもおもしろい」


 「キミ、名前は?」

 「蓮池融刀はすいけゆうと

 「ユウト、か。私はルーシェ。本来の名前は別にあるが、私が気に入っているのは個の名前なんだ。だからそう呼んでくれ」


 融刀は怨鬼——ルーシェの言葉に頷いた。


 「さて、ユウト。今、私たち『怨鬼』は人間と敵対関係にある。だから当然、私とユウトも敵対関係と考えるのが普通だ。しかし、稀に人間と怨鬼が破棄できない永遠の契約を結ぶことで【怨混化ブレンド】が発生し、【怨混人オーガ】が生まれることがある」

 「ブレンド……オーガ……」

 「そこで提案なんだが、ユウト、私と契約しないかい?」

 「ああ、いいぞ」

 「まあ、断るのも無理はない。突然『私は怨鬼だ』と自己紹介された上で『私と契約しないか』なんて言われる始末。二つ返事で合意が帰ってくるなんて思ってな——え?」

 「なに驚いてんだ? 契約、するんだろ?」

 「フフ、フフフ、アハハハハ! キミ、いいね! ますますキミのことが気に入ったよ! ああ、契約! 契約だ!」


 一頻り笑うと、ルーシェは手を差し出した。

 それを不思議そうに眺めながら融刀も手を差し出すと、ルーシェはその手を掴んだ。


 「最後に確認だが、この契約は破棄できない。未来永劫、生涯を共にするってことだ。それでもいいんだね?」

 「大丈夫だ。ここでこんな図体がデカいだけの怨鬼に喰われて死ぬよりかはよっぽどマシだ」

 「いいだろう。では契約だ。ユウト、目を閉じて」


 融刀は言われるがままに目を閉じる。


 「我が二つ名、【原罪】の名の下に汝、蓮池融刀との契約をここに交わす。我が身、我が力、我が魂は彼とともに。我らは新たなる怨鬼人オーガへと生まれ変わる——!」


 詠唱が終わると同時にルーシェの体が光り輝いき、鬼火のような姿になり、その燃え盛る炎で融刀の体を包み込んだ。

 そもそも、契約の詠唱を施したところで適合するかは別の問題である。

 焼き尽くされるような熱さと痛みに耐えなければならないからだ。

 その熱気は、その怨鬼自身の生命エネルギーと言ってもいい。

 そんな一種の責任ともとれるものを受け取るには相当の覚悟を要するのだ。

 

 「ふぐっ、ううう……! 熱い……このままでは焼け死んでしまう。それでも俺は受け入れる。……俺はここで死ぬわけにはいかないんだ。ちゃんと生きて、父さんと……母さんとの、約束をッ! 果たすんだぁぁぁッ!!」


 その覚悟と思いが天に届いたのか、融刀を丸呑みした怨鬼の腹部が突如として膨れ上がり、怨鬼の断末魔とともに破裂した。

 そこに舞い上がるは6枚の翼を広げ、サメの背びれのようなツノを正面に生やした1人の怨混人であった。


 「これが……俺?」


 若干、指や爪の先が鋭くなったような気がするが、今はそんなこと気にしている場合ではない。

 聴力がよくなったのか、どこからか人の叫び声が聞こえるのでそこに向かって融刀は飛んでいった。



——————



 飛んでから2分が経過しただろうか。

 融刀は件の叫び声が聞こえた場所に到着した。

 そこには甲冑を装備したケルベロスのような見た目の怨鬼が、武器を構えている人間に死角からとどめを刺そうとしていた。


 (間に合わない……!)

 〔ユウト!あの犬っころ目掛けて指を鳴らして!〕


 頭の中でルーシェの指示を聞いた融刀は言われるがまま、例の怨鬼に向かって指を鳴らした。

 すると、空中からスポットライトのような光が怨鬼を照らした。


 「な、なに? なんかよくわかんないけど、全隊員!退避せよ!」


 という地上から聞こえた女性の声と同時に巨大な竜を思わせる脚部が怨鬼を踏み潰した。


 「なにが……起こったの? とにかく助かった……」

 「いンや、安心はまだ早いみたいっすよ。なあ、そうだろ!?怨混人!!」


 振り返りながら1人の軍服のような恰好をした青年が巨大な槍を融刀に向けて言い放った。

 その言葉に同じような恰好をした女性が槍の刺す方向を見ると、今まで見たこともない姿の怨混人の姿がそこにあった。

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