聖なる夜の奇跡
クロノヒョウ
第1話
高校を卒業しサンタクロースに就職して三年。俺はまだまだ新人だ。なにせ周りのサンタはみんな年寄りばかり。世代交代の時期だと言って世界中に求人を出したものの面接を受けに来たのは俺一人だったそうだ。
「これが現実なのだろうな」
「もうサンタクロースは古いしな」
「ああ、飽きられてるのかもな」
先輩たちはそう言って肩を落としていた。新人が入らないことには年寄りには仕事も大変なのだ。
求人しても誰も来ないのは無理もない。サンタクロースに就職すると、もう家には帰れなくなる。完全に隔離されるのだ。二十四時間三百六十五日サンタクロースの国でサンタクロースの服を着ていなければならない。そして目まぐるしい忙しさだ。昔はサンタクロースといえば神秘的な存在だったらしい。今で言うUMAみたいな生き物といえばわかりやすいだろうか。それが徐々にサンタクロースの真似をする者が増え、今では俺たち本物のサンタクロースは珍しがられることもなければ目を丸くして飛び上がって喜ばれることもなくなった。時代は変わってゆく。なのに昔からの規則がまだ何も改正されていない。サンタクロースはクリスマス以外は外に出てはならないという変な規則にずっと従っているのだ。世代交代よりも先に規則を見直したほうがいいと思うのは俺だけだろうか。
もうすぐクリスマスがやってくる。一年間慌ただしく世界中の子どもたちのリサーチをしてプレゼントを準備してきた。あとはこれを配るだけだ。俺が実際にクリスマスの夜に配りに行くのは今年で三回目になる。初めての時も前回も先輩が一緒に来てくれた。今年は初めて俺一人で出向くのだ。
「大丈夫か?」
「緊張するよな」
「俺にもそういう時があった。懐かしいよ」
一人しかいない新人の俺はみんなに大事にされていた。年寄りたちは親切丁寧にサンタクロースのことを教えてくれる。と言ってもほとんどがあの時はああだった、この時はこうした、などの昔の武勇伝や思い出話なのだけれど。
「とにかくわしら本物のサンタクロースは人間には見えない」
「だがな、たまにいるんだ。我々のことが見える子どもが」
「困ったもんだよ。だから徐々に噂が広まりサンタクロースの姿を真似する者が増えたのじゃ」
「お前さんも気をつけろよ」
気をつけろと言われても気をつけようがないのだけれど、見られたところでもう驚かれることもないだろう。それよりもこの大量のプレゼントを時間内に配れるのか。俺はそっちのほうが心配だった。
そしていよいよクリスマス。聖なる夜がやってきた。集められたトナカイに首輪と鈴をつけプレゼントを乗せたソリを繋ぐ。サンタクロースが一斉に乗り込むと鐘がなり先頭から順番に星の輝く空に向かって飛び立っていくのだ。
全てが順調だった。俺は指定の家々に入り指定のプレゼントを置いてまわった。プレゼントをもらえるのは産まれてから十八歳になるまでの子どもたちだ。俺はゼロ歳から順番にまわっていた。ほとんどの子どもたちはいい子で寝ていた。きっと両親からいい子にしてないとサンタさんは来ないわよとでも言われたのだろう。子どもたちのかわいい寝顔をたくさん見て癒された。残るはあと一つだった。最後の家の子ども部屋に入った。最後だからおそらく十八歳になる前の十七歳くらいの子どもだろう。布団を頭の上までかけていたのを見て俺はそっと忍び寄り枕元にプレゼントを置いた。その時だった。
「んぁっ」
勢いよく布団がめくられ俺は寝ていた女の子と目が合った。
「わぁ!!」
女の子はすぐに体を起こすといきなり俺に抱きついてきたのだ。
「本当に来た! 本当にいたんだね、サンタさん!」
「お、お、おい!」
俺は焦っていた。姿を見られた上に抱きつかれたのだ。
「ちょっと、離せ」
俺は女の子を引き剥がした。
「サンタさん、ありがとう」
見ると女の子は本当に嬉しいという顔で俺を見上げていた。
「お、おう。よかったな」
こんなに喜んでもらえるのか。サンタクロースになってよかった。俺は心からそう思っていた。
「お前、俺のことが見えるのか?」
「は? 見えるけど?」
「そうか」
女の子は不思議そうな顔をしていた。
「え、もしかして、サンタクロースって本当は見えないの!?」
今度は驚いた表情だ。表情がくるくる変わるのを見て俺はおかしくなって笑ってしまった。
「ハハッ。ああ、本物のサンタクロースの姿は人間には見えない」
「嘘! そうなんだ! すごいね! あ、でも、それってかわいそうだね」
「ん? かわいそう? 俺が?」
「うん。だって見えないなら誰とも話せないんでしょ? 友だちとも話せないし、恋人も作れないじゃん」
そう言われてみれば確かに、こうやって人間と話すのは三年ぶりだ。
「私が友だちになってあげる!」
「え?」
女の子は目を輝かせてそう言った。
「私はリサだよ。サンタさんの名前は?」
「俺はサンタクロースだ」
「あはっ。そっか、名前もないんだね。じゃあ、そうだなぁ、クリスマスだからクリスにしよう!」
リサは楽しそうに笑っていた。
「クリスはどこに住んでるの?」
「トナカイさんってしゃべれるの?」
「私もソリに乗れる?」
リサからの質問には何一つ答えることはできなかった。
「ごめん。何も教えてあげられないんだ」
寂しそうな顔をしたリサを見て今度は俺が質問することにした。
リサは高校生で成績もいいらしい。友だちもたくさんいるし毎日楽しいそうだ。大学受験も終わった。プレゼントをもらう最後の年だから絶対に起きてサンタクロースを見ようと布団をかぶって待っていたそうだ。
「そうか。リサがプレゼントをもらえるのは最後か」
「うん。でも本当に、最後にサンタさんに、クリスに会えてよかった」
「俺も。リサと話せて楽しかった」
「ねえクリス。もしも来年も会えたら」
リサがそう言った時、それは無理だと思った。大人には決して俺たちを見ることはできないだろう。
「もしもまた会えたら、その、また私の話を聴いてくれる?」
「もちろん。もちろんだよリサ」
タイムリミットだった。夜が終わってしまう。俺はリサにお別れをして急いでソリに乗り込んだ。
「大人には例外はないですよね」
まれにサンタクロースが見える子どもがいる話は何度も聴かされた。大人になるとどうなるのだろう。そう思って俺は先輩たちに聞いてみたのだ。
「大人は無理だ」
「心に闇がかかる」
「子どもでも相当純粋でないと我々の姿は見れない」
先輩たちは口々にそう言っていた。やはり大人になると俺を見るのは無理か。
あの夜から俺はリサのことが気になって仕方なかった。
あの嬉しそうな笑顔。明るく話していたリサ。でも何かが引っかかる。喜んでくれていたのは本当だろうが、思い返すリサの笑顔はどことなく寂しそうだった。そう、昔の俺と同じように。
俺は孤独だった。人とうまく話せなくて友だちもいなかった。クラスでは無視され続けて俺の居場所はなかった。三年生になるとほとんど学校には行かず静かに卒業した。だからサンタクロースになろうと思った。ただ現実の世界から逃げたかったのだ。もう二度と戻らなくてもいい。家族の前で無理して笑うこともない。家にばかりいないで外に出ろとも言われない。サンタクロースになって俺はやっと自分の居場所を見つけたのだ。
もしかするとリサも俺と同じで本当は友だちもいなくて寂しい想いをしていたのかもしれない。そんなことを考えながらも忙しい日々は続き、また一年が経っていた。
聖なる夜。集められたトナカイに首輪と鈴がつけられた。俺はプレゼントを乗せたソリを準備してトナカイと繋いでいた。
「おい、お前! 今日はこいつと一緒にまわってくれ」
「はい?」
後ろから声をかけられ振り向くと先輩が一人のサンタクロースを連れていた。
「やっと一年間の研修が終わった新人だ。よろしく頼むぞ」
「ああ、はい!」
いつの間に新入社員が入っていたのだろうか。そうか、そういわれてみれば俺も最初の一年間は指導者と個別で教育を受けたことを思い出した。まずサンタクロースのなんとやらの授業を受けるのだ。そしてクリスマスに向けてやらなければならない仕事やプライバシー問題、世界中の各地域の情勢も学んだ。まるで受験勉強でもしているかのようだった。覚えることが多かったしもちろんテストも何度もあった。思っていたサンタクロースとは違って少しがっかりしたこともあったけれど、クリスマスの夜にプレゼントを配って子どもたちの笑顔を見た時にはそんな気持ちは全部吹っ飛んでしまっていた。
その時、出発の合図の鐘が鳴った。
「早く乗って!」
俺は新人にそう言って自分も急いでソリに乗り込んだ。新人が俺の隣に座ると同時に俺はトナカイにムチを打った。
「行ってきます!」
勢いをつけたトナカイは夜空に向かって高く飛び立った。
「わあ。素敵」
空を走っていると新人がキョロキョロしながらそう言った。
「へっ!?」
驚いたことに声が女の子の声だったのだ。
「君、女の子だったの!?」
そう。サンタクロースはみんな鼻の下とアゴに白い髭をつけ眉毛が隠れるまで帽子を深くかぶらなければならないから顔はほとんど見えないのだ。
「あ、はい! よろしくお願いします!」
サンタクロースは俺に向かって頭を下げていた。
「女の子のサンタクロースなんて初めてだよ。どうしてサンタクロースに?」
俺が知っている限り年寄りの爺さんしかサンタクロースはいない。
「一年前、サンタクロースに出会って。その人にもう一度会いたくて。でも大人になったらサンタクロースを見ることはできないと知って。それで、だったら私もサンタクロースになろうって」
「そう、か」
この時俺の心臓は跳ね上がっていた。この声、そして一年前に出会ったというサンタクロース。それは俺のことではないのか。だとしたらこの子はリサだ。
「どうして、また会いたかったの?」
俺は気づかないふりをしてそう聞いてみた。
「どうしてでしょう。サンタクロースがかわいそうって思って。誰とも話せない。友だちもいない。あの頃の自分と同じだと思うと悲しくなってきて。それに、あの人ともう二度と会えないなんて絶対に嫌だって思って。大学を辞退してサンタクロースになりました」
やっぱりだ。あの頃俺が思っていたとおり、やっぱりリサも俺と同じで孤独だったのだ。そんなリサがまさか俺に会うためにサンタクロースになったなんて。
「今夜は聖なる夜なんだ」
俺は手綱を離してリサのほうへと体を向けた。
「え?」
「聖なる夜には奇跡がおきる。今、俺は一年前の俺からプレゼントをもらった。リサ、君にまた会えた」
リサの驚いた顔。それはみるみるうちに赤くなって、リサは思いきり笑顔になった。
「クリス!? やっぱりクリスだったのね!」
「ああ」
俺たちはお互いに抱き合った。
「会いたかった」
「俺もだよ、リサ」
もう俺たちは孤独じゃない。これからはずっと一緒だ。そしてサンタクロースとなって毎年子どもたちにプレゼントを渡す。俺たちはあんなに素敵な子どもたちの喜ぶ笑顔が見れるんだ。それってすごくあたたかくて、すごく幸せだろう?
「さあ急ごう。子どもたちが待ってる」
「ええ」
俺はトナカイにムチを打った。
「メリークリスマス、リサ」
「メリークリスマス、クリス」
俺たちは見つめあいながら、この星空に負けないくらいの笑顔を輝かせていた。
完
聖なる夜の奇跡 クロノヒョウ @kurono-hyo
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