サンタからのプレゼント
「ちょ、ちょっと待って!」
僕は木にハンカチを結びつけている女性に声をかけた。
時間が一瞬止まった。チラッと僕の方を振り向いた女性の顔には面影があって、左の目の下にホクロがあった。
「な、何をしてるの?」
「……」
僕の問いかけに、あからさまに怪訝な顔を見せる女性。その後、完全無視で彼女はハンカチを結び終え、僕の前から去ろうとする。
「ちょ、ちょっと」
「離して。大声出すわよ」
「あ、ごめん。でも気になって……」
「はぁ? それって新手のナンパか何かのつもり?」
「いや、あ、まぁ」
彼女は涙を浮かべて僕に抗議をする。何故泣くの?
「待って、まって。な、泣かないでよ。僕はただ……昔ここで君と同じことをしたことがあるから、その……」
「あ、そ」
「だから、その。君は……あの時の」
「うるさい、そんな変な格好をした人と知り合いだと思われたくないわ。離れて」
自分で離れれば良いのに、なんという言い種だ。
まぁ、サンタの格好をした男と、高級ブランドを身につけた女性が揉めていれば、僕に否があると誰もが思うだろう。
「あの、大丈夫? 泣いていたみたいだけど。ほら、今僕はサンタだから、怪しい奴じゃないし、話なら聞くよ」
「何それ、意味分かんない」
「じゃ、じゃぁさ。こういうのはどお? また会おう、クリスマスの夜にここで」
「はぁ? バカじゃないの。私がクリスマスに予定のない女に見える?」
そう言うと彼女は高そうなコートに手を突っ込み、去っていった。
かなり衝撃的な再会だったけど、僕は踊り出したい気分だった。いや、実際のところ踊っていたにちがいない。
間違いなくあの少女だ。僕の初恋の……。
僕は彼女が残した木の穴に手を突っ込んだ。彼女はハンカチを結んでいた。僕の記憶の通りであれば、彼女のお願い事が分かるはず!
「あった! やっぱり彼女だったんだ」
―― おい、見て良いのか? 個人情報だろ?
―― 見てみないと、次に会った時に何かプレゼントを用意できないじゃん。
―― お前はバカか? 華ちゃんに裏切られたばかりだろ。貢ぐな! 学習しろ。それに彼女がここに来るとは限らない。
―― ま、そうだよね。じゃー、見ても構わないってことだ。どうせバレない!
僕の頭の中で、小さな僕がどうするべきか議論している。結局僕はノートを開くことを選択した。
『ダイヤのリング』『赤いポルシェ』『タワマン』
「……」
―― なんだこれ……。
―― ほら、見なかった事にして戻しておけ。僕たちで何とかできるもんじゃない!
「人は変わる生き物なんだな……」
僕はノートをもとあった場所に戻し、その場を後にした。それでも彼女のあの悲しそうでどこか怒っている顔が忘れられずにいた。
※ ※ ※
24日、僕は暇をもて余し、またこの場所に来ていた。今度はサンタの格好をしていないから、ガキんちょにからかわれることもない。
日が落ちて風が冷たく感じる。
来るともわからない人を待つなんてどうかしてる、って分かっていたけど、動かずにはいられなかった。
「来るわけないか」
僕は自分の甘さに落胆しつつも、もう一度彼女のノートに手を伸ばした。僕からのメッセージを残しておこうって思ったんだ。
僕って意外とドラマチックな事が好きなんだ。
ペラペラとページをめくる。たくさんの豪華なプレゼントリストの最後に、小さな字で書かれているものを僕は見てしまった。
それは僕の心をえぐるような言葉だった。
『本当の愛をください』
雷の様な衝撃波が僕の身体を吹き抜けた。
「ちょっと、何見てるのよ」
「うわぁっ、あ、こ、これは……その」
「返して!」
「ご、ごめん。そんなつもりは」
「そんなつもりって、どんなつもり? どうせ私にはサンタは来ないって思ってるんでしょ。そうよ、子どもの頃からずっとそう。願い事を言ったって、叶ったことなんてないもの」
彼女はノートを抱えて僕に背を向けた。
「ノートを見ちゃった事は謝るよ。ごめん。でもそこに書いてあることを叶えられるサンタが、そもそもいるのかな。相当の金持ちじゃないと無理だよ」
「うるさいなー、もう良いでしょ。今夜来てあげたんだから、感謝してよね」
「いやいや……」
「もういいの。毎年ここに来てるけど、サンタは現れなかった」
ま、そうだろうね。
サンタは現実にはいないんだから。僕は心の中でそう呟いていた。
「彼にも奥さんと子どもがいたみたいだし、今日は家族サービスの日なんですって。本当、バカみたい」
「そ、それは災難だったね」
ちょっと待て、もっと気の効いた言葉はないのか?
「そうね、本気になった私がバカだったの。もしかして今度こそは!? って思っちゃった」
「そっか……」
「それで、お兄さんはどうして?」
少し落ち着いたのか、彼女は僕の隣で自分のノートをパラパラとめくる。
「僕はね、君に会うためにここへ来たんだ」
「何それ」
「それ、子どもの頃から使ってるでしょ」
ひょいっと僕はノートを奪い、最初の方のページをめくる。
「あ、ちょっと!」
「ほら、ここ見て」
僕はあるページを彼女に見せた。
そこには、辛うじて読み取れる僕の文字が残っていた。
『僕たちはまた会える。僕が君のサンタになる』
「僕が今日ここへ来たのは、本当に君に会うため。多分サンタがね、君に会えるチャンスを僕にプレゼントしてくれたんだって、今は思うよ。僕がフラれたのも、君がフラれたのも、この瞬間の為だと思えたら、気持ちは楽だろ? 君が愛した男はきっと家族を捨てたりしない。それは君も分かってるから、ここに来たんだよね」
「訂正して欲しいな。私はフラれたんじゃないわ。私からフッてやったの」
そうだねって僕たちは笑った。
「これから飯でも食いに行かない?」
「……」
「君の事を知りたいんだ。僕は悠哉。君の名前は?」
「……祭」
僕たちはお互いの傷を補う様に、肩を寄せ空を見上げた。
空から埃の様に軽い雪が、ハラハラと舞い始めている。
ホーホッホホーー。
遠くでサンタが笑っている声が聞こえた。
END
クリスマスの夜に会いましょう! 桔梗 浬 @hareruya0126
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