クリスマスの夜に会いましょう!

桔梗 浬

思い出は突然に

―― クリスマスか……。



 吐き出した息が白く宙を舞う。

 僕はそれを眺め、再びスマホに目を落とした。


『悠哉くん、勘違いさせちゃてたらごめんね。クリスマスは彼と約束があるんだよね、だから悠哉くんとは会えない。また来年ね』


 僕は華ちゃんからのメッセージを何度も読み返した。彼と約束? なんだこれ。

 おかしいな、僕たちは付き合っていたんじゃないのかな? 「このカバン欲しかったの」「クリスマスの夜はちょっとお洒落な夜を過ごしたいよね」とか言ってたじゃないか。

 「温泉お泊まり」もしたし……一昨日も一緒に過ごしたよね。


「うーん。女心はわからん」


 またため息をつき、僕は空を見上げた。

 これは、フラレたってこと? 来年ってなんだ?


 そんな事を考え物思いに浸っていると、誰かにコートの裾をツンツンと引っ張られた。


「ねぇねぇ、おじさん……サンタさんなの?」

「サンタなんているわけないだろ? こいつ、怪しいおっさんだよ」

「でも、サンタさんと同じ格好してるよ。私知ってるもん、サンタさんは何処にでもいるのよ」


 気付くと僕はガキんちょに囲まれていた。

 そうだ、僕は今サンタの格好をしている。華ちゃんとの夢の時間を過ごすためアルバイトをしているからだ。

 面倒だと思ったけど、ここは子どもの夢を壊してはいけないと、僕はそう考えた。


「何かな? サンタさんは今、休憩中なんだよ」


 僕はありったけの笑顔で子どもたちに話しかけた。


「げっ、怪しいおっさんがしゃべった!」

「ボク、はサンタさん見習いでね、みんなの欲しいものを聞いて回っているんだよ」

「見習いなんて、聞いたことねーよ」


―― なんだよ。このくそガキ。


「おっさん、モテねーだろ」

「くっ……それは、関係ないよね? それにね、サンタのがモテないわけないだろ?」

「けっ、帰ろうぜ。こんな怪しい奴と話すなって、かーちゃんに言われてるしな」

「え、でも……サンタさんにお願いしたら?」

「バカじゃねぇーの? サンタなんかいないに決まっているだろ」


 そう言い捨てると、子どもたちは去っていった。

 な、何が起きたんだ? 僕……何かしましたか?


 唖然としている僕に、振り向きざまに少女が手を振ってくれた。

 あぁ、なんていい娘なんだ。少女の優しさが傷ついた心に沁みる。ありがとう! 君は天使だ。


 そんな少女の戸惑ったような顔を見て、僕は10年前ここで出会った少女の事を思い出していた。

 確か、少女はあの子たちと同じくらいの年頃だったと思う。僕は中学生で、あのベンチに腰かけている少女に出会ったのは本当に偶然だった。


※ ※ ※


「何してるの?」


 少女は一心不乱に何かを書いていた。


「お兄さんに関係ないよね」


 少女はこっちを見ずにそう応えた。

 確かに僕には関係ないけど、寒い日に薄手の長袖姿で風邪を引かないかな? って思ったんだ。

 僕は大きなお世話だと思ったんだけど「隣いいかな」と言って少女が書いているノートを覗き見した。


「ちょっと見ないでよ」

「いや、あ、ごめん。気になっちゃって。何を書いてるの?」


 少女は「そんなことも知らないの?」っていう顔で初めて僕の顔を覗き込んだ。

 何とも不思議な少女だった。ボロボロのランドセルを持っているから小学生だと想像がついた。左目の下にある泣きホクロのせいなのか、その瞳、仕草、雰囲気はクラスメイトたちより大人びて見えた。


「サンタさんに欲しいものを言うの。そんなに見たいなら、特別に見せてあげるわ」

「こ、こんなにいっぱい?」

「そうよ、何か文句ある?」


 い、いや……。

 こんなにいっぱいのプレゼントは、お父さんたち大変だろうな、なんて僕は苦笑いするしかなかった。

 少女は僕からノートを奪い、また考え込みながら一つ、また一つとお願い事を書いていく。


 あの時の僕は何故こんな言い方をしたのか分からないけど、少女の真剣な眼差しが羨ましくて、あまりにも夢のないことを言っていた。


「お父さんもお母さんも、そんなにプレゼントを用意できないだろ? それに良い子だけだよ。プレゼントをもらえるのは」

「……」

「もしかして、サンタがいるって、まだ信じているの?」


 少女の手が止まった。


「うるさい! サンタさんはいるのよ! いるって言ったらいるの! だってそうじゃないと……」


 少女は鉛筆を握りしめ泣き始めてしまった。

 僕はオロオロするしかなくて「泣かないでよ、ごめんごめん」って言いながら、サンタは存在する説に同意した。


 結局少女に押しきられた形で、僕もノートに欲しいものと願い事を書き、木にあいた穴にノートを隠し入れた。


「サンタ、気付くかな」

「サンタはいつも見てるから大丈夫」

「そ、そうだね。じゃーさ、気付いてもらえるようにここに目印をつけたら?」

「そうね、お兄さんもたまにはまともなことを言うのね」


 いや……。本日何度目かのイラっとポイントをぐっと飲み込み、自分のハンカチを木に巻き付けた。


「これで良いんじゃないかな」

「そうね。目立つわね。ま、良いんじゃない」


 にっこりと笑った少女の笑顔に、不覚にも見とれてしまった僕がいた。


 ……一目惚れだった。


※ ※ ※


 今思えば、女性に頭が上がらなくなったのも、この少女との出会いがあったからかもしれない。

 あの少女は今どうしているんだろう。今の今まで、忘れていたのに、急にあの少女に会いたくなった。会って一緒にサンタにお願いをしたいって思った。


 本物のサンタはいないし、今は僕がサンタだけど。


―― あー、僕は何をやってるんだろ。


 何度目かのため息をついた時、間違い探しの様な光景が目に飛び込んできた。

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