(舌打ち)かわたに

白川津 中々

◾️

「フッ」


残業中、川谷さんが突然鳴き声をあげた。

見るとPCの電源が落ちている。なにがあった。


「どうしました」


「え〜?」


「いや、あの、なにかあったんですか?」


「うぅん……」


「……」


あぁこれあれだ。なんかちいさくて白いやつのあれだ。嘘だろお前仕事中やぞ。なにふざけとんねん。


「すみません川谷さん。自分早く帰りたいんで、なにがあったか教えてほしいんですけど」


「イヤ」


「あの、イヤじゃなくて」


「イヤッイヤッイヤッ!!!」


こいつ、拒絶する時だけはしっかり意思表示するな。


「川谷さん。こうして残業してる間も給料出てるんすよ。その分働かなくちゃいけないんです。分かりますよね」


「イヤッ」


「イヤッじゃなくて」


「フッ」


「分かりますよ連日連夜の長時間残業で頭おかしくなるのも。でも川谷さん。あなたもう今年50になるわけだ。何があったかくらいは教えていただけますよね」


「うぅ〜ん……」


「分かった。分かりました。じゃあちょっとPCの電源入れさせてもらいますね。はい、起動っと……なんかやけに立ち上げ早いな……あれ、ファイルがない。なに、なんで?」


「わァー!」


「消しちゃったってこと? 業務ファイル……」


「コクン」


なるほどだから立ち上がりが早かったのか。ふざけんなよバカ。


「コクンじゃねぇっすよ。どうすんすか」


「ンショ」


「え、なにカバン持ってんすか」


「フッ」


「ちょ、川谷さん、かわた……川谷待て!」


……逃げやがったあの野郎。懲戒もんだぞ。というかこれ、俺が責任持つのか? あのクズのせいで。情室もいねーからバックアップ確認もできねぇし……うーん……アーカイブに更新前のデータはあるな……これを最新にするために3時間。永谷の業務を巻き取って3時間。俺の業務が2時間。確認に1時間……滞りがなければ始業に間に合うな……残業でうるさく言われるだろうが、間に合わないよりは……


「……なんとかするしかないか」


深夜23時。煌々と光るPCモニター。おっさんの尻拭いをする俺。思わず「ちい」と舌打ち、「かわたにぃ」と、怨嗟の念が漏れてしまった。

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(舌打ち)かわたに 白川津 中々 @taka1212384

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