雪とゆらぎと重なる声と♪

まちゅ~@英雄属性

雪とゆらぎと重なる声と♪

 喫茶店 Sleeping Pillow


 これが、父から受け継いだ僕の店。ちなみに名前だけ変えさせて貰って昔の名前は『六花』という小さな喫茶店だった。


 小さい頃から、この店のコーヒーの香りが大好きで店から流れるレコードの音も大好きで、のんびり流れる時間も大好きで……。


 だから、この店を辞めるって言った時、悔しくて悲しくて、病気で立ち仕事が出来なくなった父親に初めて反抗して僕が継ぐって、大学を辞めて帰って来た。


 幸い、小さな頃からコーヒーの入れ方は教えてもらっていたし、軽食なら父親にも負けない位だ。


 今も、ナポリタンを出したばかり。ケチャップソースの甘い匂いにお客の女子大生のお姉さんがホッとした様な顔をして、

「好きーこのナポリタン好きー」とか「あー写メ撮るの忘れてたー」と口周りにケチャップを付けて食べていた。


「ねーマスター」お腹を満たしたお客さんが、少しボーっとした顔で、

「ギター聞かせてよっていうか一曲歌え」二ヘラとした顔で脅迫めいた、お客さんからのリクエストに、苦笑いしつつ

「別に、今落ち着いた所なんで良いですけど、買い出しに行ってるアルバイトが帰って来たらいいですよ」


「1週間前に来た子?道に迷ってんじゃない?」と言ってケタケタ笑う。


「まぁ、大丈夫だと思うんですが……」窓からチラチラと見える雪に一抹の不安を覚えつつ、アハハとカラ笑いをする。


 5分ほどが過ぎ、お客のお姉さんが、


「あー、待ってらんない。歌ってよ~!!」滲み出る不機嫌さに、ちょっとマズイか?と思い、


「了解です。取り敢えず一曲ですよ」そうしてバックヤードからギターを取り出すと、他のお客からも、


「おっ、マスターやるの?」「ラッキー!!」「リクエストはねぇ〜」「私が最初!!私が最初なのー!!」にわかに辺りが騒がしくなって行く。


 黒のアコースティックギター、そろそろ使い込んで来て音の響きも良い感じになって来た。ここの客にエレキギターの方が得意です。なんて言ったら、驚くかな?


「マスター粉雪歌ってー?」


 粉雪ねぇ、お客のお姉さんがカウンターにがぶり寄りで僕のセッティングを見ている。彼女のリクエストは往年の名曲ミディアムバラードだった。(粉雪ねぇ……)弦の張りを見たり、コードを確かめたり、日によってギターは音色を変える。良し始めるか!!


 独創的な音を重ねつつ柔らかく音を積み重ねていく。


 アイツがいれば、もっとキレイな音が出せるのになぁ。


 いない者は言ってもしょうがない。今出来るベストで……。


 雪道を踏む様に同じ音を重ねる。


「こーなゆきー舞う季節は、いつーもすーれ違い♪」口笛やキャーと言う黄色い歓声、こういったチヤホヤされてる感も、嬉しくて……ちょっとだけ恥ずかしくて。


「人混み〜〜に……」バンドマンは格好付けだ。自分が主役じゃないと収まらないタイプが多い。うん、そうかも知れない。ついでに言えばナルシストだ。

「僕はーー君の全てなど、知っては……」小さく、一緒に歌う声がする。これも嬉しい。


 自分の歌が認められてるみたいで。


 特に自己主張強めに聞こえる歌声が、聞こえた時はサビに力がこもってしまう。

「こなーゆきーねぇ心まで白く染められたなら、ああーーー二人のーおお……」ほら、黙った。代わりに小さく聞こえる。「相変わらずうめー」「この声、好き」称賛やため息に似た感嘆の息。

 僕の歌は負けないと自己主張強目に歌ってしまう。


 嫌な奴だな。そんな事は知らないだろうオーディエンス観客の人達は、うっとりと僕の歌に聞き惚れる。

 気分良く歌った曲が半分終わる頃に、カランコロンと喫茶店のドアが開く。


「ただいま!!マスター頼まれてたバターとハムその他諸々買って参りました!!後、さっきキーを3回ミスってたよ」寒空の下歩いて来たのか、鼻が赤い。ベレー帽と赤いマフラーには粉雪が、付いて……。


 僕は、一度ギターの手を止める。

「お帰りソラ、寒かったろ?ほら、熱いおしぼりと薪ストーブで手を温めろ」他のお客は口々に「お帰りー」とか「おー可愛い、この子が噂のバイトの子?」とか言って好意的な様だ。


 ソラは、その一々にお辞儀をしたり、「どうも~」と笑顔を見せたりたりする。


 彼女はソラ、一年前に大学を辞めた僕を追って追い掛けて来た彼女。


 同じ大学で同じバンドで、アイツも僕もギター。一緒に頑張っている内に恋に落ちて、喧嘩して恋に落ちて……僕がバンドを辞める時に別れて……でも、離れられなくて寒空の下、元サヤになった。


 僕は、アイツのギターが好きで、アイツは僕の歌声が好きで……。


「あっ、すいません。途中で止めちゃって」ソラが済まなそうに頭を下げる。

「うん、温まった」手をシバシバさせるソラ。


 それを見て、強引に手を取り「手を貸してみろ?駄目だ、まだ温まって無い。ホット・ショコラッタ作ってあるから飲め」そう言って彼女の手を取り指の一本ずつマッサージする。


「ありがとうーアルトのホットチョコレート大好き」空いた手でカップを掴み、嬉しそうにカップから啜るソラ。

 一連の動作を見て他の客が、クスクスと笑い始める。

「何だよ二人出来てるんだ?」「マスターのあんな優しい顔初めて見たかも?」「ラブだーここにラブがあります」ニヤニヤ笑う声、冷やかす口笛。気付いた僕らは耳を赤くしていた。


 薪ストーブ温度熱いかな?


 冷やかす周りを無視して、マッサージを続ける。


「良し、これで良い」やっと終わって微笑みながら手をワキワキさせるソラ。彼女は女性にしては大きな手をしている。でも、その大きな手は細くしなやかで……。

「やった引いても良い?」

 無言で頷くと周りから、「ソラちゃんギター引くの?」「うぉー超ラッキー」「配信しよ配信」配信ねぇ……まぁ良いか。路上をやってる頃から、勝手に配信とかされてたし、何気なくソラをに目配せすると、問題無いとにっこり笑う。


 ソラが音調整をしている間に飲み物の注文を取ると何故か、カレーやナポリタンの注文も入る。


 カレーは出来てるのをかけるだけだから良いけど、ナポリタンは流石にそうはいかないしな、うちの店の隠し味はウスターソース。それを混ぜると茶色の濃いケチャップソースが出来る。


 茹でたパスタを炒めるように切ってあった玉ねぎやピーマンなどと炒めたスパムソーセージ、ケチャップソースをぶっ掛けるて、また炒める。


 カレーの上に目玉焼きをのせて、手際良く二品が出来る。


「アルトじゃ無かったマスター、こっちは良いよ」とソラが言うから、「じゃあこれ、お客によろしく」とエプロンを外す。エプロンには、Sleeping Pillowと刺繍がされていて、こっちに来る前に同じバンドだった山梨さんが作ってくれた特注品。


 ちなみにソラも同じ物をしてはいる。一年で大分汚れは違う物だな。


 二人並んで、ギターを引き始める。最初は纏まり無く徐々に合わさっていく。


「じゃあ、スリーピングピローで粉雪歌います」


「行くよスリー、ツー、ワン」ソラがリードギター、僕がリズムギター&ボーカル二人だけのスリーピングピローが始まる。僕らの声が響いて、ソラと僕のギターが混ざっていく。


「こーな雪ー、舞う季節はいつーもすーれ違い♪」

 ♪


「粉ー雪ねぇ心まで白くそめられたならアアーアァ♪ふたーりのーおぉ孤独を分けーあう事は出来たのかぃ♪」外は寒く粉雪が舞う。でも、ソラのギターは温かい。


 そっと僕の心に染み渡る。


「アルトの声は、心に染み渡るね」僕は、彼女の呟きを聴こえたけど聴こえないフリをした。


 その代わりに歌で返す、

「二人のーおぉ孤独を包んで、ソラヘ返ーすからーー♪」


 鳴り止まない拍手の中、僕は思う。僕の後をついて来てしまった君に、全てを捨てて僕についてきた君に何が出来るか分からないけど、一緒にいよう。

 君と一緒にいたいよソラ。


 窓を見ると、粉雪は強く降り積もって来ている。

 雪はその美しさと一緒に冷たさや怖さを持ってくる。

 寒いね。でも、君がいれば温かいね……。


 窓を見れば雪が、ソラを見れば優しい笑顔が舞い散っていた。






























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