形見屋の憂鬱――大切なものを届けます

藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミック化

形見屋の憂鬱――大切なものを届けます

 俺の仕事は形見屋だ。

 形見屋とはダンジョンで力尽きた探索者の遺品を遺族に届ける仕事だ。


 遺品には武器、防具、衣服、装身具、身分証などがある。これらはダンジョンが消化しきれなかった残り物だ。

 金銭や宝石など金目の物は形見屋の取り分となる。


 届けた遺品は遺族にただで渡すわけではない。買戻しの優先権を与えるだけだ。

 買い戻されなかった遺品は形見屋の物になる。

 

 そうやって、俺は日々の暮らしを立てているのだ。


「ちきしょう! この墓荒らし!」


 頭に血が上った遺族が俺に平手打ちを食わせて、家から追い出した。

 逆恨みという奴だが、気持ちはわかる。


 形見屋は墓荒らしと世間から忌み嫌われる職業なのだ。

 俺は張られた頬をさするついでに、無精ひげを撫でる。形見屋を始めてからいつの間にか染みついた俺の癖だ。


 俺の親父は探索者だった。ダンジョンに潜って消息を絶ち、ひと月以上も行方がわからなかった。


 残された俺たち家族は親父の生存を諦めることもできず、ただ帰る日を待ち続けるしかなかった。来る日も来る日も、揺れ動く心を持て余す生殺しの日が続いていた。


 その時、一人の形見屋がやってきた。手には親父の身分証と、武器、防具、衣服の包みがあった。お袋は親父の衣服を買い取り、親父の死を受け入れた。


 形見屋は懐から小さな包みを取り出し、お袋に差し出した。


「弔ってやってくれ」


 包みの中身は親父の指の骨だった。

 大きくて強かった親父は、小さな骨になって帰ってきた。


 泣き崩れるお袋の横で、形見屋は俺に一振りのナイフを差し出した。


「こいつは俺からお前にくれてやる」


 小さかった俺には何のことかわからなかったが、それは親父の形見だった。うちにはナイフを買い取る金もなかったので、形見屋は自分のものにしたそれをくれるといったのだ。


「親父の分まで強い男になれ」


 形見屋はそういって、去っていった。


 人は大切な人の死を乗り越えて前に進む。

 形見はその踏ん切りをつけさせてくれる「道しるべ」なのだ。


 その日、俺は親父のナイフを握り締め、大きくなったら形見屋になる決心をした。


 ◇


「グゲ、グゲゲ!」


 岩陰にひそむ俺の前方10メートルにゴブリンの姿が見える。

 最弱の魔獣といわれるこいつらは十二歳児の体格しかない。体も手足も細く、強そうには見えない。


 実際にシールド・バッシュを仕掛ければ、簡単に弾き飛ばすことができるだろう。


 しかし、こいつらは思春期の子供などではない。

 魔獣なのだ。


 鋼鉄の盾で殴ったところで、こいつは気絶したりしない。ダメージをものともせず、立ち向かってくるだろう。

 骨と皮のような体格のくせに、腕力は屈強な大人に匹敵する。


 そして、こいつは肉食獣の牙を持っている。


 要するに、組みつかれたら終わりだということだ。全身鎧でも着こんでいない限り、体のどこかを食いちぎられて失血死する。

 決して油断のできる相手ではない。


 まして俺は単独行動ソロだ。背中を守ってくれる相棒がいない。

 たった二匹のゴブリンに挟まれるだけで、詰んでしまう。


 だから余程の状況でない限り、俺はゴブリンには手を出さない。


 ということは、すべての魔獣に手出しできないのだ。俺は徹底的に魔獣との交戦を避けて、物陰から物陰へとダンジョンを渡る。

 戦えない以上鋼鉄の盾も分厚い鎧も、俺にとっては足かせでしかない。


 俺の装備は薄っぺらい革鎧に手甲とすね当て。後は鉢金つきの鉢巻を巻いているだけだ。


(ちっ! 時間の無駄になるが、迂回しよう)


 俺は音を立てずに後退し、ゴブリンを避けて大きく迂回するルートを選ぶ。俺の狙いは魔獣討伐ではない。魔獣と戦って倒れた探索者の形見なのだから。


 魔獣を見つけるたびに俺は進路を変え、無駄足を踏みながらダンジョンを巡回する。

 そして、志半ばに斃れた探索者の遺物を見つけては、周囲を警戒しながらできるだけ拾い集める。それが俺の日常だ。


 それだけの危険を冒しても、手元に残る稼ぎは微々たるものだ。消耗品を買い足し、装備の手入れをすれば、日々の食い扶持を賄うのがやっと。

 まったく儲けにはならない。


 だが、それでいい。亡霊のように母親と二人で壁を見つめていたやせぽちの餓鬼。

 あんな餓鬼を増やさない。そのための道しるべを届けられるなら、俺は明日もダンジョンに潜るさ。


 ある日、ダンジョンに潜った俺は中層の一角で探索者の遺品を見つけた。

 身分証には「ルード」という名前が残っていた。遺品一式を回収し、俺は地上に帰還した。


 「これはあの人ルードのもんじゃないわ」


 気丈に涙をこらえたルードの妻は、一振りのナイフを俺につき返した。

 ルードの物でないとすると、借り物か、それとも盗んだ物か。


(あるいは、殺しの凶器か)


 おかしな点があった。ナイフはむき出しで、鞘が残っていなかったのだ。

 別の場所でナイフを抜き、鞘を落としてきたとも考えられるが、それよりも――。


(誰かがルードを刺し、ナイフを置いていったと考えた方が素直だな)


 俺はルードの妻に別れを告げ、ナイフを持って聞き込みに歩いた。誰かナイフの持ち主を知らないか、と。

 できることならナイフを持ち主の元に届けたい。それが形見屋としての俺のポリシーだ。


「見たことねェナイフだ」


「知らねぇな。他所を当たれや!」


「けっ! とっとと失せろ、墓荒らし野郎! 酒がまずくなるぜ」


 誰に聞いても心当たりがあるという人間はいなかった。

 一日酒場や宿屋、探索者ギルドなど人の集まる場所を回ったが、収穫はなかった。俺はそれ以上の探索を断念した。


「らちが明かねえな。もう一度ダンジョンに潜ってみるか」


 食うためにはダンジョンに潜らなければならない。形見屋の俺に蓄えなどないのだ。

 どうせダンジョンに入るなら、ルードが死んだ場所をもう一度調べてみることにした。


 俺はダンジョンに潜った。

 持ち主がわからぬナイフを懐にして。


 俺は形見屋だ。探索者ではない。

 ダンジョンに巣食う魔獣を相手に戦い抜く実力など持っていなかった。


 斥候役なら身の軽さと探知能力。

 盾役なら体の大きさと膂力。

 剣士は進退自由な足さばきと剣技。

 魔法使いは離れて魔獣を倒す、神秘の魔法。

 

 魔獣を相手にする探索者とは、常人と異なる特殊能力を身につけた「選ばれし者たち」だ。


 俺に特殊能力なんてものはない。そんなものは「コネ」か「カネ」がなければ身につけようがないのだ。


 俺は吐きそうになる緊張の中、周囲の気配をうかがいながら、魔獣との遭遇を避けてダンジョンを進んだ。

 やがて、ルードが死んだ現場にたどりつくと、物陰から三人の探索者が姿を現した。


 ご苦労なことに、どうやらここで俺を待ち構えていたらしい。


 三人とも盾と剣を携え、鎧をまとった剣士姿だった。

 

「よう、形見屋。余計なことをしてくれたな」

「何のことだ?」

「そのナイフだ。お前が持ち主を探し回ったおかげで、こっちの立場が危なくなった」


 刺すような眼で睨んできたのはリーダー格の男だった。


「つまりこのナイフはお前の物で、お前がルードを殺したということだな?」

「いや、ナイフはお前の物だ」


 男はそういうと、仲間に合図して三方から俺を襲ってきた。

 低級な魔獣でも持て余す俺に、探索者三人を相手にすることなど無理だ。俺は早々に逃げ出すことにした。


 思い切り跳び下がり、足元に煙玉を投げつける。煙玉に殺傷力はないが、音と煙が轟轟と上がる。

 形見屋の俺にとっては魔獣除けの商売道具だ。


 でかい音というものはそれだけで人の度肝を抜く。三人が驚愕して固まっている間に、俺は脱兎の如く走り出した。


 続けざまに煙玉を破裂させながら、俺はジグザグに走って逃げた。


 何度も言うが、俺には三人の探索者を同時に相手する武力などない。

 だが、一人ずつなら話は別だ。


 俺は三人を引き離して物影にひそみ、追ってくる敵の隙を窺った。

 走り回ってかく乱すれば、重装備の相手はすぐに息を切らす。足並みが乱れてバラバラになる。

 

 俺は冷静にそれを見極め、一人ずつ弓で倒していった。

 矢を放っては走り出し、敵を引き離しては身を隠す。


 俺の仕事は魔獣を倒すことではない。魔獣と出会ったら、足止めをして逃げ延びる。

 そのために足腰を鍛え、弓の腕を磨いた。


 装備やギフトに頼る探索者とは考え方がまったく違う。

 奴らの仕事は「狩り」だが、俺の仕事は「生き残ることサバイバル」だ。


 重たい剣や鎧を装備した剣士が、俺の動きについて来られるはずがなかった。

 奴らは盾を装備しているが、走りながら盾を構えることなどできはしない。


 俺は鎧からはみ出した足を狙い、岩陰から矢を放った。

 魔獣に比べれば、人間などもろいものだ。


 ◇


 俺の足元には敵のリーダーが倒れている。こいつで三人目だ。

 手足に矢を受けた男は、大量の出血で意識朦朧となっていた。


「くそっ! とんだ疫病神を掴んじまったぜ。これだけ血を失ったら、もう助からねぇ。さっさと殺せ!」

「俺の仕事は形見屋だ。殺し屋じゃない」


 そういって、俺はルードの形見となったナイフを取り出した。


「もう一度聞く。こいつはお前の物だな?」

「……そうじゃねぇ。本当だ。そいつはルードが刺した死人の物だ」


 死を目前にした男は、俺の質問に包み隠さず真相を答えた。

 男の雇い主は「蛇の巣」というやくざ集団の幹部で、対立組織「紅の誓い」のボスをルードに殺させたのだと言う。


「ルードの野郎、欲をかきやがって。殺した相手のナイフを持ち帰って、脅しのタネにしやがった……」

「報酬を上乗せしなければ、相手方の組織に雇い主を売るというわけか」


 証拠となるナイフと一緒に真相を書いた手紙を送りつければ、怒った「紅の誓い」に雇い主が間違いなく狙われる。

 やられたらやり返すのがやくざの掟だった。


「蛇の巣」は三人の探索者にルードの始末を命じた。ダンジョンに連れ込んで殺せば死体は残らない。あと腐れなく証人を消せるというわけだ。

 

「くだらない話だな。こいつはルードの形見だ。持ち主のお前に返すぜ」


 俺はナイフを男の腹に突き立てた。腹膜を貫き、しっかり内臓を切り裂いてやる。


「ふぐっ! うっうぅぅ……」


 力なく苦悶の声を漏らしながら、男は死んだ。


 やくざの縄張り争いなど、俺には興味がない。ゴキブリのような奴らなど、どうにでもなればいい。

 三人の死体から俺が撃った矢と身につけていた財布を回収する。


 これで俺が手を下した証拠は何も残らない。後はダンジョンが死体を片付けてくれる。三日もたてば、骨と遺品しか残らない。

 財布は手間賃としてもらっておく。俺は形見屋だからな。ただ働きはしない。


「ルードの形見は返したぜ。じゃあな」


 三人の形見を集めるのは、別の形見屋がやってくれるだろう。

 俺は現場を後にした。


「――いや、返し先が違うか?」


 俺は死体の下に引き返し、男の腹に刺さったままのナイフを引き抜いた。


「ルードはナイフ形見を『持ち主』に返そうとしていた。それが正しい返し先ということだろう」


 ダンジョンから地上に出た俺は、事の顛末を紙片に書きなぐり、ナイフに縛りつけた。

 夜の闇が町を包み込むのを待ち、俺は「紅の誓い」が仕切る売春宿の窓にナイフを投げ込んだ。


 ガラスを割る物音にやくざどもが狼狽え、走り回る頃には俺は闇に紛れて消えていた。


 しばらく町がにぎやかなことになるだろうが、俺には関りがない。その頃、どうせ俺はダンジョンの中だ。


 今度こそ形見は返したぜ。俺は無精ひげを撫でて、にやりと笑った。<了>

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