第3話
タネを明かすと、ネリネが選んだ10枚のカードと細かく切断されたカードは別のものだ。
まず、10枚のカードを投げたように見せて消失させる。代わりに、あらかじめ裁断しておいたカードを地面に落とすのだ。
「どうやって切り刻んだのか、見えなかった? けっこう分かりやすくしたつもりなんだけどな」
余裕たっぷりの笑顔でネリネに言う。
「……あなたが攻撃に特化した属性だってことがよく分かったわ」
「属性?」
そういえば、魔法属性がどうとか、言っていたっけ。
「私も同じよ。攻撃を得意とするの。魔法使いの中では珍しいタイプね。基本は花を咲かせたり、雨を降らせたり、そういう魔法が多いもの」
気象を操る魔法がスタンダードらしい。雨を降らせるといっても、草木を潤す程度の小雨が精一杯だという。平和な魔法だなぁ、とハルトは心の中で和んだ。
「召喚魔法を使えるほどの強い力があって、珍しい攻撃属性の魔法使い。私が探していた条件にぴったりだわ」
「探してた?」
条件って、どういうことだろうと考えていると、ぐいっとネリネに腕を掴まれた。
「私と一緒に魔女を倒して欲しいの」
「ま、魔女!?」
頼むから物騒なことは言わないで欲しい。ハルトは気弱な平和主義者なのだ。攻撃属性よりも気象属性の魔法のほうが安全で良いと思うし、何かを切り刻むより花を咲かせているほうが気持ちだって落ち着く。
「俺はそういうのは、ちょっと……」
「お願い」
両手で腕をぎゅっと掴まれ、真剣なまなざしで見つめられる。
何か特別な事情があるのかもしれない。出来ることなら力を貸したいしたい気持ちはある。でも、ハルトはマジシャンなのだ。残念だが、協力することは出来ない。
どうやって断ろうかと思案していると、背後から声がした。
「いいじゃない! 一緒に行ってあげなさいよ!!」
ジーナだった。前方の観客をぐいぐいと押し退けるようにしてかき分け、こちらにやって来る。
「ハルトは相当強い魔法使いみたいだし、この子に力を貸してあげなさい」
「い、いや。でも、そうなると店が……! ほ、ほら、人手の問題だってありますよね? それに『魔法使いが作るベーグル』の看板はどうするんですか」
「どうせ魔女を倒したら戻ってくるんだから、もちろん看板はそのままにしておくわよ」
ハルトが不在の間も「魔法使い」の看板で商売をするらしい。やはり彼女の商魂のたくましさには震える。
「いいんですか」
ネリネがジーナに訊ねる。
「人手不足は臨時のアルバイトを雇えばいいから。平気平気!」
いや、平気平気! ではない。俺を放置して勝手に決めないで欲しい。文句を言おうとした瞬間、またしても見物客から歓声があがった。
「魔女退治をするなんて、立派な魔法使いだよ」
「街の誇りだねぇ」
「魔女を倒したら、大魔法使いの称号を与えられるんじゃないか!?」
「この街も有名になるね」
笑顔で拍手を送られ、ハルトは何も言えなくなる。いつの間にか、ネリネと一緒に魔女退治に向かうことが決定事項となっていた。
(どうしよう! 本当にどうしよう!?)
そう思いながら、ハルトはマジックの小道具をリュックに詰め込んだ。ジーナから、サーモンとアボカドのベーグルサンドを餞別に渡される。
「行ってらっしゃい! 気を付けてね。旅の途中で手紙とか書いてよ!」
明るい声のジーナに見送られる。まだ出発もしていないのに、つやつやのベーグルに囲まれながら店内に立っていた時間が懐かしい。思えばレジ係も悪い仕事ではなかった。接客は苦手だったが、自分が作ったものを手に取ってもらえるのは嬉しかった。
「じゃあ、行くわよ」
ネリネに腕を引かれ、ハルトは「マウロ」を後にする。この先、どんな局面が待ち受けているのか分からないが、何とか切り抜けよう。幼い頃から父に叩き込まれたマジックの技を駆使して、切り抜けるしかない。そう決意して、ハルトは歩き出したのだった。
現代の奇術師、異世界で魔法使いに認定される 水縞しま @htr_ms
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