第2話 青いキャンドルは何処に
俺は自宅の最寄であるJR常磐線の日立駅から、品川行きの普通列車に乗った。
品川まで行く特急も出ているが、生活が苦しい中、特急料金を払う金が非常に勿体ないと感じた。
土浦に着くと、乗客が一気に増えた。ここから先は東京への通勤圏だ。乗客の目的地は、おそらく千葉県か東京都内だろう。ここからであれば、乗り合わせた人に「青いキャンドル」について聞いてみてもいいかもしれない。
ボックス席に座る俺の真向かいに、リュックを背負った女性が乗り込んできた。顔は四十~五十代位に見えたが、赤いベレー帽を被り小さな丸眼鏡を掛け、コートの下に花柄の可愛らしいワンピースを着こみ、まるで女学生のような出で立ちだった。女性は俺のことなどお構いなく、リュックから旅関係の雑誌を取り出して黙々と読んでいた。彼女なら旅が好きそうだし、青いキャンドルの場所にもきっと思い当る場所があるかもしれない。
「あの、お休みの所すみませんがね」
「はい?」
「旅がお好きなようなので、もし分かれば教えてもらいたいんですが」
「どこについてですか?」
「『青いキャンドル』っていう場所なんですけど」
「ふーん……多分、あそこかな?」
女性は突然何かを閃いたようで、頷きながら旅の雑誌のページをめくり、俺に見せてくれた。
「東京……スカイツリー?」
「そう。見た目はまさにキャンドルみたいじゃないですか? 今夜はクリスマス仕様で青や赤にライトアップされるんですって」
東京スカイツリー……なるほど、あの形はキャンドルのように見えなくもない。尖がった先端、真下へ徐々に膨らんでいくような形状だ。
「ありがとうございます、たぶんここかな、と思います」
「どういたしまして。スカイツリーは北千住で東武線に乗り換えていくと良いですよ」
女性は「素敵なクリスマスを」と言って手を振りながら、柏駅で下車していった。
チャーミングな笑顔に心が奪われそうになったが、頬を軽くつねって正気を取り戻そうとした。お前が逢いに行くのは、この人じゃなくてミナだろう、と。
電車はやがて北千住駅に到着した。俺は女性のアドバイス通りに東武線に乗り換え、「とうきょうスカイツリー駅」で下車した。
真っ青な空に向かってどこまでも高くそびえ立つ東京スカイツリーに向かって、俺は一歩、また一歩と近づいていった。
エレベーター乗り場まで来た俺はスマートフォンを取り出し、ミナにメッセージを送った。
『俺はスカイツリーの前にいる。ここだろ? 君の言う青いキャンドルって』
メッセージを送ると、俺は周辺を見渡した。家族連れやカップルは多いけど、ミナと思しき一人で来ている女性はどこにもいなかった。
やがて、ポケットのスマートフォンが激しく振動した。画面を確認すると、ミナからのメッセージが届いていた。
『ブッブ~! スカイツリーじゃないんだなぁ。もう少しがんばって探してみて』
俺は顔に手を当ててその場にしゃがみこみ、途方に暮れていた。
スカイツリー……誰もが知っている人気スポットだけど、そんな簡単に分かるような場所を選ぶわけないか。
「あの、どうかされました?」
俺は真上を見上げると、しゃがんでうずくまる俺を若いカップルが心配そうに見つめていた。
「心配かけてごめんね。どう考えても、わからないことがあってね……」
「僕らで分かることがあれば、協力しましょうか?」
「ありがとう。ところでお二人とも、東京の方?」
「いえ。僕は江東区ですが、彼女は横浜から来ました」
「じゃあ、もし分かれば……あのさ、この辺りで『青いキャンドル』って場所を知ってるかな?」
「青い、キャンドル?」
すると二人は、スマートフォンを使って何かを探し出していた。
「ひょっとして、これですかね? けやき坂って所で、六本木にあるんですよ。ついこないだ行ってきたんですけど、すごく綺麗でしたよ」
俺はスマートフォンの画面を見ると、青いイルミネーションに彩られた景色の中心に、東京タワーがまるでキャンドルの炎のように赤くきらめく写真が映っていた。全体的に見ると、これをキャンドルと捉えてもいいのかもしれない。
「これもどうですか? 私の地元の横浜なんですけど、マリンタワー。こないだ家族と一緒にみなとみらいに遊びに行った時に撮ったんですよ」
彼女が見せてくれたのは、横浜港を背景に輝く背の高く青い塔の写真だった。
その姿は、海を照らすキャンドルのようにも見えた。
「ありがとう、少しは希望が見えてきたよ。二人ともクリスマスを楽しんでね」
「こちらこそ。おじさんも素敵なクリスマスを」
カップルに見守られながら俺は立ち上がると、ちょうどすぐ近くにあった地下鉄の入り口に向かって歩き出した。
まずは、六本木のけやき坂に行ってみよう。
スマートフォンの乗換案内アプリで六本木までの乗り換え駅を確認したものの、田舎住みの自分にはこれだけではちんぷんかんぷんだった。
とりあえずアプリの指示通りに半蔵門線に乗り、清澄白河駅で大江戸線に乗り換えた。
しかし、いつまでたっても六本木にたどり着かない。電車は上野広小路、本郷三丁目、飯田橋、さらに牛込神楽坂へと進んでいた。
「次は終点・都庁前です」
車内アナウンスを聞き、俺は耳を疑った。この電車、六本木には行かないのか?
俺は肩を落として、もう一度路線図を見直した。どうやら俺は、清澄白河で六本木方面と反対側のホームに入ってしまったようだ。
「ねえ、さっきから路線図をジロジロ見ているけれど、何かお困りなの?」
真後ろから、艶やかな女の声が耳に入った。
俺は後ろを振り返ると、そこには赤みがかった茶色の長い髪を揺らす若い女性が立っていた。高価そうな皮のコートの下には、極端な位に短い丈のスカートと、一歩間違えば倒れてしまいそうな程の高いヒールのブーツを履いていた。
「あの……六本木に行こうと思いまして」
「ちょうどいいわね。私も行こうと思っていたの」
「この路線を、上野方面に行けばいいんでしたっけ?」
「へえ、わざわざ遠回りするの? ここから五分ぐらいで着くけど」
「え? そ、そうなんですか?」
「不安なら、私と一緒に行かない?」
「いいんですか?」
「どうぞ」
女は笑顔を見せると、細くしなやかな手を振り、俺を手招きした。
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今宵、キャンドルの輝く場所で Youlife @youlifebaby
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