おまけ

 魔法というのは。

 概ね『不思議な現象』のことを指すようだけれど。

 アタシからすれば、不思議なんてことは全然なくて。

 見たら分かる。そりゃあ、『そういう魔力の使い方をすればそうなるよね』っていうこと。


「『不規則な亀裂エクストリームクラック』またも発生。今度はソノヘン地方で初」


 新聞は好きだ。アタシがこの目で見れないことを知ることができるから。同じように、書物は好きだ。アタシが一生掛かっても知り得ないことを、読むだけで知ることができるから。


「…………やはり、わたくしとゼゼ様のせいなのでしょうか」


 ママが、落ち込んだ様子で溜め息を吐いた。サーモン王族ル家が毎月開催するこの食事会は、ママ達の近況報告も兼ねている。明るいシャンデリアが照らす、新築のサーモン王宮。広い会食場に、3。と、幼い弟ひとりと妹ふたり。


「恐らくね。言及しないことになってるとは言え、グレゴリオ達もピリついてたわ。短期間に……『禁術』を使いすぎた」


 赤い方のママがやれやれと手を挙げた。赤ママは左脚がドラゴンだから、人用の椅子には座れない。彼女専用に作られた指定席に座っている。

 彼女は弟と妹ふたりに一番人気だ。なんたって脚がドラゴンだから。

 ドラゴンとは、アタシ達一家にとっては特別なモンスターだから。


「では、協会の決定も、ドラゴン達の要望通りになさるのですか?」


 白い方のママが、首を傾げて訊いた。アタシはこの白ママが好き。優しくて、いつもアタシの話を聞いてくれる。アタシが書物から得た知識を披露しても、面倒な顔をしない。

 でも多分、それはアタシが『ママの子』だから、気を遣っているんじゃないかって思い始めている。

 ママ達は3人同じ筈なのに、『ママ』はこの国の女王で、赤ママは魔法協会の偉い人で。白ママは特に社会的な地位は無いから。

 アタシ達子供からしたら、そんなの関係無いのに。


「……はい。異世界間召喚魔法は、もう使いませんわ。……『自然的根絶』を。次の会合でラリーさんに伝えますわ」


 ママが、辛そうに言った。他ふたりのママも同じ表情だった。


 異世界間召喚魔法。異世界から、人や物を喚び出す魔法。

 アタシは知ってる。この国で何百年も前に開発された魔法で、そのお陰でこの国が発展して。

 そのせいで、この国は一度滅んだ。

 『禁術』。何が起こるか分からなくて、危なくて、禁止されている魔法。

 この国は。ウチの家は。それを所持している。


 アタシは知ってる。昔、ママがそれを使って。

 パパと出会ったこと。

 元の異世界に帰りたいパパの為に、ママとゼゼさんが協力して、パパの世界にパパを送り返したこと。これはアタシが8歳頃のこと。

 本当に悲しくて、意味わかんなくて。大声で泣き叫んでいたのを覚えてる。


 アタシは知ってる。

 もう、パパには会えないこと。


「…………のね」

「はい。『召喚魔法』は、わたくしの代で終わりに。それでこの世界には、召喚魔法は無くなりますわ」

「ですがそれでは、他国に対する抑止力の低下に繋がるのでは」


 3人のママが、アタシを見た。

 禁術の継承権を有するのは、金ママから生まれたアタシひとりだけだ。正統な『ル家の血』を引いているのはアタシだけ。

 ママはパパのことが大好きだから、多分再婚はしない。だから、アタシだけ。

 弟は白ママの子だし、妹ふたりは赤ママの子だから。


「それは大丈夫じゃない? サーモン王国はドラゴンの守護があるって、もう有名になっちゃったし。シャルが禁術を手放す選択をするなら、あたしは何も言わないわよ」

「……本当に?」

「………………なによハク」


 白ママが。

 膝に置いた手を。高級ドレスを、ぎゅっと握った。


「……すみません。私は。……すぐにその覚悟ができません」

「ハクさん……」


 ママが、この件をずっと悩んでいたのを知ってるから。アタシは何も思わなかったけど。


 当然ながら、ママ達はパパとの思い出が沢山ある筈で。

 大好きだから結婚した訳で。

 もう一度会いたいなんて、当たり前で。


「……わたくし達は、この世界に対して。今まで、本当に好き勝手やってきてしまいましたわ」

「!」


 アタシは知ってる。

 本当はドラゴン達も、大昔にアタシのご先祖様が『召喚』したこと。

 召喚魔法は、世界に大きな影響を与える。それが良い影響か悪い影響かは、分からない。少なくとも……。


「だからもう……。使うべきではありませんわ」


 本来。世界と世界は、交わらない。だから本来、アタシ達は生まれてくる筈が無かった命。

 ママ達の都合で、世界に影響を与えて。ママ達の我儘で、アタシ達が生まれた。

 ママはそのことをずっと、悔いていた。遠い昔のドラゴンのことにも、責任を感じていた。


「……そう、ですよね……」


 がくりと、白ママが肩を落とす。

 喚べるんだ。やろうと思えば。パパを。もう一度、この世界に。

 ゼゼさん――

 同じく『禁術』異世界間転送魔法の使い手である、ゼゼゼッゼゼンゼゼッゼ・ンーゼさんと協力すれば。だけど。

 もう、しないと。ママは決めた。


 『不規則な亀裂エクストリームクラック』とは、世界のどこかに、唐突に『異世界に繋がる穴が開く』という現象。

 そこに迷い込んでしまえば。もう帰ってこれない。現時点ではまだ被害は出てないようだけど。

 その発生が、徐々に多くなってきてる。アタシは毎日新聞を読むから、知ってる。


 3年前から。つまりパパを送り出してから、この現象が各地で起こり始めた。

 十中八九、『禁術』のせいだ。異世界間召喚魔法や異世界間転送魔法は、単体で使用すれば恐らく世界への影響も少ないんだけど。

 『併用』したんだ。召喚する世界、転送する世界を意のままに固定化しようとして。何度も何度も、実験で使用して。

 アタシはその魔力を見て覚えているから。


「ねえ、アタシ、分かるよ」

「えっ?」


 だけど。

 大人達やドラゴンは、『不規則な亀裂エクストリームクラック』を謎の現象だと言って、危険視してるけど。

 アタシには分かる。


「もうちょっと大きくなって、魔法ももっと上手く使えるようになったら。『不規則な亀裂エクストリームクラック』、見に行かせて。多分、アタシなら塞げる」

「!」

「それ、本当?」


 パパがどう思ってるのかは分からない。ママ達とアタシ達を置いて帰った理由も。


「アタシ、魔力見えるから。皆がどんな魔法を使うつもりなのか、発動前に分かるよ。だから、魔法現象なら仕組みが分かるの。だから……」

「……『魔力視』……!」


 もう一度、喚んだら。迷惑なのかな。パパにはパパの世界があって、もう、アタシ達は要らないのかな。

 それならもう一度、送り返せば良い。でしょ?


「もしアタシがそれをできたら。世界中全部の『不規則な亀裂エクストリームクラック』を塞げたら。……また、召喚魔法使っても良いよね」

「……!!」


 世界に対して責任を感じて。それで大好きな人と会うのを諦めるなんて。

 女王と言っても、ひとりの母親が取る行動じゃない。


「…………ヨージョさん。ハクさん。わたくし、結論を出すのは早すぎましたわ」


 ママが、頭を撫でてくれた。ママはいつもお仕事で忙しいから。この毎月の会食くらい、甘えても良いよね。


「魔法は『可能性』。……この子達は、可能性の塊。『魔力を持たない異世界人との子供』ですわ」

「禁術が世界に与える影響を……今度こそ、コントロールできるのでは……と?」

「はい」


 まだ、ママ達には言ってないけど。

 アタシだけじゃなくて。弟にも。妹にも。

 他の人には無い特異体質がある。きっと、パパが異世界人だから。


「じゃあ、シエル。あんたに任せるわ。パパにまた会えるかどうかは、あんたにかかってるからね」

「うん。頑張る」


 多分だけど。

 アタシ達『異世界間ハーフ』の子供達は、それぞれ『禁術によって世界に与えた影響』を『修復する』ための能力を授かってる。


 アタシはシエル・ル。

 名付け親は、パパ。

 パパの世界の言葉で、『空』『天国』みたいな意味があるんだって。

 もう要らない世界の子に、そんな名前付けないでしょ。

 弟も妹も、名付け親はパパなんだから。ちょっと変だけど、ちゃんと良い意味がある名前。アタシ達だけが知ってる意味。

 弟は、ユキ。白い雪の色。

 妹は、サチコ・ファイヤーとノゾミ・ファイヤー。

 特に赤ママは、パパの国のポピュラーな名前を付けてほしくてせがんだらしい。幸せと、希望。とっても良い名前。


「……ちょっと似てきたわね」

「そうなの?」


 赤ママが呟いて。もうふたりのママもアタシを見て頷いた。


「その、ローテンションで頼りになること言う所が」






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禁術使いと被召喚者〜テキトーでゆるそうな異世界に召喚されたけど実は思ったよりシリアスな世界観で反応に困るんだが、流石にヒロインの国を滅ぼしたクソ野郎は倒して元の世界に帰ることを目指す大阪の高校生の話〜 弓チョコ @archerychocolate

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