第6話 罪と罰

 俺は地獄に行くはずだった。

 それが、なぜか家族愛の天街という天にある街へと案内されていた。


 そして、ついさっき天使が来て岩古という者は地獄へと案内されたと告げられた。肩が軽くなったような気もするが、胸の奥では自分が始末をつけたかったというドロリとしたものが残る。


 この街に娘と孫がいるというが、本当だろうか。なんだか子供連れが多い気がする。そういう街なんだろう。


 暗い世界に煌びやかな灯りのついた街は、現世の繁華街を連想させる。死んだ後の世界にこんな所があるなんて想像もできていなかった。


 他にも街はあるのだろうが、俺にはこの街で過ごすしかなさそうだ。店へと近づいていくと様々な料理が並んでいる。腹の虫がなにか食わせろと主張してきた。


 美味そうな肉が目に入り、何をどうすればいいのか分からずに肉に見入っていた。


「新人かい?」


「……あぁ。すまん。これを食いたいんだが、どうすればいい?」


「好きに食っていいんだよ。ほらっ」


 その店の主人は肉をひとつ掴むと手渡してきた。戸惑いながらも受け取ると一口ほお張る。香ばしさが鼻をぬけていき、甘めのタレと肉汁が舌を喜ばせた。


 死んでもこんな美味いものが食えるなんて幸せだな。そんなことを思いながら街の人たちを観察する。


 同じように飯を食っている人。

 服を選んで持ち帰っている人。

 オモチャをもらっている子供。


 みんな何かしらを貰って生活しているようだ。売る側や作る側も同じように死んだ人なのだろうか。死んでも尚、働きたいという人がいるのか甚だ疑問だ。


 道の先に、手を引かれてもボーッとしている子供が目に入った。その子は、親がどれほどオモチャを指そうと、肉を指そうと無反応であった。


 こんなに無関心な子がいるのか。子供というのは好奇心旺盛で色んなものに興味がある年頃では無いのだろうか。それも、俺たちのような爺さんがそう思っているだけなのかもしれないが。


 困り果てた親は顔に手を当てて首を傾げ、困り果てているようだった。


 その顔を見た瞬間、身体に雷が落ちたような衝撃が駆け抜けた。少し生前より健康的な様子のその女性は、よく見慣れた愛おしい顔をしている。


 勝手に足が前へと進み始め、段々と小走りになり、しまいには全力で駆けていた。


 親子が近づくにつれ、あちらも気がついたようで目を見開いている。


「郁なのか!?」


「えっ? ……もしかして、パパ?」


「ははははっ! そうだぞ! この子は、もしかして宇名か!?」


「そう。なんか、パパ、ゴツくなったね。そして、すっかりおじいちゃん……」


 そう思うのも無理はない。郁が死んでからもう三十年以上経っているのだから。そのほとんどを俺は監獄で暮らした訳だが。悔いはない。


 この顔を何度見たいと願っただろうか。あれだけ辛い思いをして監獄で過ごし、まさか死んでこの子に会えることになるとは。俺はもうどうなっても構わない。


 心が、満たされ。

 なにも我慢できなかった。


 気がついたら膝から崩れ落ち。

 目からこぼれ落ちる濁流をそのまま流し。

 声を出して泣いていた。


 会いたくて。

 会いたくて。

 ずっと会いたかった娘と孫。


 突然失われた孫。

 続けざまに自死してしまった娘。

 狂ったように復讐した俺は、愚かだったのだろう。


 殺した者たちの親もいただろう。

 子もいたのかもしれない。

 それを奪った俺は、やはり許される存在ではない。


 気が付くと、小さな手が目の前にあった。

 その手にはハンカチが握られている。

 宇名が差し出してくれていた。


「おぉ……宇名。ありがとう。おじいちゃんはな。悪いことをしたんだ。全ては宇名と郁の為だ」


「何をしたの?」


 郁は怪訝そうな顔でこちらを見つめる。あの頃の俺が殺人なんてするとは想像もつかなかっただろう。メガネをかけてガリガリのモヤシのような男だったんだから。


「郁よ……岩古という男、地獄へ行ったらしいぞ」


「そう。ご愁傷様ね。酷い人だったもの……」


「俺が地獄へ送ってやりたかったんだがな。だが、他の奴らは始末をつけた」


「えっ?」


 郁は目を見開き、固まった。


「殺人を犯したんだ。郁と宇名を死に追いやった奴らは殺した」


 郁は言葉を失い。

 なぜか泣いていた。


 娘の涙を見るためにしたことでは無かった。笑顔が見たくてした事だったのに。なぜ、泣くのか。笑っていて欲しいのに。


「パパには、そんなことして欲しくなかった」


 胸に言葉が突き刺さり、もう死んでいるが、窒息死するかと思うほど息ができなかった。


 間違っていた?

 俺が?

 郁と宇名の為だと思い続けてきたのに。

 そんな事を言われては、俺は立ち直れない。


 愕然としているところに、横槍が入った。


「郁さん、ですよね?」


 視線を声がした方へと巡らせると、無感がいた。急に地面に土下座して頭を擦り付けた。


「助けを求められたのに、助けられなくてごめんなさい!」


「……私がいけないの。分かりにくい助けの求め方だったから」


「分かってたのに……動かなかったんです」


「もういいわ」


 郁は微笑むと無感を立ち上がらせた。


「許すわ。パパに殺されたんでしょ? それで終わりです」


 郁が促すと、無感は力無く項垂れた。

 もっと優しい言葉を掛けられると思っていたのだろうか。天使が現れると、禍々しい門をくぐっていった。あれは、地獄へと行ったのだろう。


 俺はずっと殺人を後悔して生活しろという罰なのかもしれない。あの神は、そこまで考えてここへと通したのだろうか。


「パパがしたことは、許されることじゃないよ?」


「あぁ。今からでも地獄へ行って償おう」


「罰として、私達とずっと一緒に過ごす事」


 腰に手を当てた郁は頬を膨らまし、怒っている様を顕にしながら、そう口にした。


 嗚咽が漏れた。

 いいのだろうか。

 俺なんかがこんな最後を迎えて……。


「あぁ。ずっと罰を受け続けるよ」


 これから次の生を受けるまで。

 罪を背負いながら、罰を受け続ける。


 願わくば、次の生も郁の父親であることを願う。

 次は間違いを犯さないと神に誓った。

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黄泉の番人~死後の審判は時に優しく、時に厳しく~ ゆる弥 @yuruya

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