愛弟子 小野次郎右衛門

 丸目蔵人佐まるめくらんどのすけ、あれはもうしまえてったのう。


 一派いっぱ打立うちたてるは立派りっぱじゃが、ボケてしもうてはのう、もうどうにもならん。


 わし間合まあいをめて行くと、途端とたんなおって、あの時は本気でるつもりだった。


 そこら辺は流石さすがじゃった、あれにも一応 剣客けんかくとしての自尊心プライドがあったのじゃろう。


 だが人に教えるはけてっても、剣客けんかくがボケてはしまいじゃろ。


 もしやとは思うてったが、あれが武蔵に二刀流を教えてったとは、らんことをしてくれたのう。


 やはりわし推測すいそくのとおりであったわ。


 蔵人佐はわしかくしてったようじゃが、左利ひだりききであったわ。


 儂が《わし》わざわざ熊本までたしかめに行ったのじゃ、それはしっかりと確認かくにんさせてもろうた。


 二刀を自在じざい使つかおうと思えば、右利みぎききでは絶対に無理むりじゃからの、実際じっさいなろうてみて確信かくしんした。


 武蔵もきっと左利きじゃろう、それはすじも良かったであろうよ、まあ始めから左利きと解ってれば次に戦うときはわし有利ゆうりたたかいかたをするまでよ。



 ことの他 長い旅となったが、江戸までもうすぐじゃ。


 なぜ江戸へ行くのか、そこがわし縄張なわばりじゃからじゃよ、諸国漫遊しょこくまんゆうの旅をしてるがわしは江戸が一番落ち着くのじゃ。


 人が集まると言うのが一番良い。


 兵法者ひょうほうものも多いしの、わしから言わせてもらえば斬り殺し放題ほうだいじゃからのう。


 しかし、今回はちくと用事があって行くのじゃ。


 このわし愛刀あいとう 瓶割刀かめわりとうをな、次郎右衛門じろうえもんにやろうかと思うてるんじゃよ。


 わしは死ぬまでおのれ流派りゅうはなど打立うちたてるつもりはないが、次郎右衛門のところではもうわし流派りゅうはってる。


 さすれば流祖りゅうそであるわしが何もせん訳には行くまいて。


 せめて印可状いんかじょうわりのようなものるであろう。


 それを蔵人佐くらんどのすけところで修行をしてるときに考えたんじゃが、この瓶割刀かめわりとうくらいしか思い付かなんだ。


 この瓶割刀は福岡一文字派ふくおかいちもんじは助宗作すけむねさくなるがある。


 よくわしには生血いきちすすりたいと泣くのじゃが、良い刀じゃ。


 名刀めいとう部類ぶるいに入るじゃろう。


 さっきも言うたが、かく わしにはすすりたがるかたなでのう。


 こんなわしでもたまにじゃが人をりとうない日もあるんじゃ、たまにじゃがの。


 そんな日にかぎって泣くんじゃよ。


 人の生血いきちすすりたいすすりたい言うてのう。


 わしが甘やかしてるで、きっと我儘わがままそだってしまったんじゃ。


 これを一刀流の総家そうけ伝授でんじゅするとわしは決めた。


 そうすると今のこの刀じゃまずかろう、綺麗きれい洗濯せんたくせねばのう。


 そこで弟子たちは他にもいっぱいるが、総家と言えば次郎右衛門しからぬ。


 小野次郎右衛門忠明おのじろうえもんただあきこれが良いおとこでのう。


 わしの剣はよごれによごれまくってるが、これの剣はまだ汚れてはらんのじゃ。


 純粋じゅんすいわしの剣の良いところばかりを吸収きゅうしゅうしてるのよ。


 これけんだけは汚したくないのう。


 この刀も次郎右衛門に渡して綺麗きれいにしてもらわねばのう。


 ん?、おうおう、それは大丈夫じゃ、言うなればこの刀は鏡、己の心を映し出す鏡の様な物での、儂が持てば夜鳴きをする妖刀じゃが、此が持てばたちまち聖剣となり変わろう。


 この刀は綺麗きれいにせねばならんのじゃ。


 次郎右衛門は決して真面目まじめな男ではないぞ。


 わしらぬところでは、そりゃあもうヤリっぱなしよ。


 二代将軍の秀忠公ひでただこうあきれてるくらいじゃ。


 わし家康公いえやすこう推挙すいきょした手前てまえ、少しは大人おとなしくしろとくちっぱくなるまで言うてかせておるのじゃが。


 そんなのは関係かんけいないのじゃな、今で言うトラブルメーカーといったところじゃ。


 そんなねっかえりの次郎右衛門じゃが、剣術けんじゅつとなると人が変わったように純粋じゅんすいなのじゃ。


 此ならこの刀の本当の力を使いこなすことが出来よう。


 綺麗きれいな一刀流を使うのよ。


 このわし嫉妬しっとするくらい剣術けんじゅつかんしてはうらやましい。


 じゃから武蔵の剣はこれけんさわるのじゃな。


 武蔵の剣はわしの剣におとらぬくらいに汚れてる。


 まだまだうでは次郎右衛門の方が一枚いちまい二枚にまいも上なのじゃが、かく さわってしく無いのじゃ。


 これの剣はわし最高傑作さいこうけっさくなんじゃ。


 剣以外けんいがいはヤリっぱなしなのじゃがのう……


 同じ将軍家兵法指南役しょうぐんけひょうほうしなんやく柳生やぎゅうとはわんみたいでのう。


 柳生宗矩やぎゅうむねのりとはようぶつかってるとは聞くが、宗矩の方が大人なんじゃのう、最後は宗矩が上手うまいこといなして終わるらしいわ。


 儂と次郎右衛門との出会いはまだこれ神子上典膳みこがみてんぜん名乗なのってっての、なんとこのわし喧嘩けんかを売ってきたんじゃ。


 まあその時は瞬殺しゅんさつしてやったわ。


 そのときわしは刀を持ってらんでのう、そこいらに落ちてまきひろうて戦ったから、これはまだ生きられとるのよ。


 それが切っ掛けになってわしれ歩くようになりこれ弟子入でしいりしたんじゃ、それからわしの剣をどんどんと吸収きゅうしゅうして行きったんじゃ、持主もちぬしわし嫉妬しっとするくらいにのう。


 なつかしいのう、これ天稟てんびんは一刀流のためにあるようなものじゃ、ほか流派りゅうはでは駄目だめじゃったろうな。


 わしおのれよごれた剣を、これ綺麗きれいな物にして世に広めてくれとるのがうれしいのじゃ。


 わしの剣はのちまでのこって良いのじゃ。


 次郎右衛門のおかげでわしの剣が後世こうせいまで残って良いと言う資格しかくることが出来たのじゃ。


 それは剣術家けんじゅつかにとってはとても光栄こうえいなことであり、とてもうれしいことじゃ。


 なんせわし変態へんたいじゃからのう。


 変態ゆえにこうしてわしの剣も強うなったし、変態ゆえにしあわせなのじゃ。


 いや変態でもしあわせになれるのじゃ。


 ちと今日はまだ一人もってらなんだ、どうりでなんか調子ちょうしが悪いと思うてったのじゃ。


 あそこに丁度ちょうど 頃合ころあいの兵法者ひょうほうものひとりで歩きるのじゃ、思わずヨダレじゃ。


 さてと、わしはちと行って来るかのう。


 さらばじゃ。




 将軍家兵法指南役まで務めた一刀斎が残した小野派一刀流は、今現在まで残っていて現在の剣道の形を形成したと言っても過言では無い。 同じく将軍家兵法指南役の柳生新陰流の方は、現在流派は残っているがそれ程振るって居ない。

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伊東一刀斎 独り旅語り 道筋 茨 @udon490yen

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