第4話 透明人間の選択肢は異世界にはなかった

 ぼろぼろと涙があふれて、転んでケガをした子どもみたいに声を上げて泣いた。ひとしきり泣いて涙のタンクが空になった頃、心は雨上がりの空のようにすっきりとした。

 まだ空に雲が残っているけど、傘は必要ない。なんとなく、もう大丈夫だと思った。


「すみません、ありがとうございました」


 店長はふかふかのタオルと高級ティッシュとアイスノンを空中で待機させながら答えた。


「辛かったでしょう。恋心は落ち着いてからお渡しいただければ十分ですよ」


 優しい。店長はイケメンに違いない。


「いいえ、もらってください」

「本当に良いのですか?」

「もちろんです」

「……では、失礼して」


 レンズのピントが合うようにして店長の姿が現れた。冗談みたいに鋭く光る牙がずらっと並ぶ、巨大なエクレアみたいな口。顔も耳も手も足もなく、口だけがそこにあった。

 それは紅色の球体をぺろりと呑み込み、礼のつもりなのかわずかに口元を下げた。


「大切に使います。本当にありがとうございます」


 エクレアは霧に紛れたように消えて見えなくなり、透明に戻った店長は「コーヒーを入れましょう。それから対価を用意しなければなりませんね」と、道具一式を抱えて店の奥へ下がった。

 百花は口をあんぐり開けたまま、もたれかかるようにして椅子へ腰かける。


「……スマホ、どうやって操作したんだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カフェ:きみをひとさじ @hosihitotubu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画