1-7『探索物』
「はあ、入寮のための決闘の立会人とはね……まあ、それなら仕方ないか」
ジャネット先輩の説明を聞きながら、視線を落として手に持ったカードを眺めているクローニ先生。
あれはおそらく俺の学生証だから、読んでも決闘の説明の補足にはならないと思うのだが……先ほどのポーズをしながら流麗に説明を続ける先輩の後ろにある数10個の血走った目からの圧力を回避するのにちょうどいい代物なのだろう。
30分ほど前に、学年主任である先生は「新入生の俺を猛獣の檻の中に放り込むのは忍びない」とか言っていたような気がするのだが、そのことはもう忘れてしまったのだろうか。
「『探索方式』ですからね。大事には致しませんよ。何かあってもこちらで対処致しますし」
「だそうだよ」
突然、クローニ先生がこちらを見る。
「どういう意味でしょう?」
「まあ、簡単に言うとだね。ジャネット殿は上位のランク保持者であり、学園有数の派閥の長だからね。決闘の査定や条件に関してある程度の権限を持っているのだよ。ほら、派閥内で決闘させたりする場合、いちいち大掛かりな査定が行われたら気軽に決闘をさせられないだろう?だから派閥の長が評価の基準を決めたり、決闘を非公開にしたりできるのだよ」
「あら、学園で一番の派閥とは言ってくださらないのね」
「ははは……そこは公平を期すために、だね」
「釣れませんわね」
説明を聞いて、決闘を気軽に行うという感覚に関しては未だ慣れていないが、先生の言わんとしていることは理解した。
「俺は彼女の派閥とは関係ない人間なのですが大丈夫ですか?」
「そうだね。そこは、今度は、彼女が学生ランキング上位に位置する猛者ということが絡んでくるね。全学生のランキング上位者になればなるほど、裁定委員は上位同士の対戦以外の査定に対して慎重になるのだよ」
理由の説明がないけど、中庭で話していた「つきまとい」行為の防止策だっけ、それと似た感じかな。
とりあえず、先生からもこの決闘の評価に関してそこまでの心配は要らないというお墨付きはもらえたから、ひとまずよしとするか。負けてもボロ部屋行きになるだけだ。
「じゃあ、話も大筋決まったようだし、早速決闘前の準備をするとしようか。公平を期すためにノーウェ君にはこの館内を一通り見てもらい、任意の『探索物』を選んでもらう。その間ジャネット殿と派閥に所属する皆はここで待機してもらうよ。ジャネット殿は『
「はい、わかりました」
そう言うと、クローニ先生はポケットから赤茶色の石を取り出してジャネット先輩に手渡した。
「
「うん。これはとあるダンジョンのあるエリアでしか採れない特別な石でね。そのエリアは一面この石に覆われていて実に魔法使い泣かせの場所なのだけれど、魔法の発動を阻害する効能がある石なのだよ。直に触ればどんなに優れた魔法使いでも初級魔法程度の魔法しか使えなくなるという危険極まりない代物だよ」
なるほど、そんな危険極まりない代物がなぜ先生の服のポケットに?という疑問がわく。
「ははは、まあいいじゃないか。それで?ノーウェ君が寮内を巡ったあとで『探索物』とダミーを用意してここに持ってくる。ジャネット殿はここで待機し、ノーウェ君が用意したものを一度確認する。この流れで良いのかい?」
「「はい」」
「で、その『探索物』とダミーは誰が設置するのかな?」
「そこにいるブルート君でどうかしら?貴方の『従者』になったようですし」
「え、俺?」
「どうだい?ノーウェ君」
「いえ、クローニ先生でお願いします」
「まあ!」
「ほう?理由はあるのかね?」
「先生がこの寮内のことをあまり知らなそうだからです。ブルートが信用できるかどうかは置いておいて、彼もここの入居者である以上、先輩に彼の思考を把握されている可能性がありますしね。ほら、単純で姑息だから思考が読みやすいでしょう?」
「ははは……なかなかの洞察力だ。君の言わんとしていることはわかったけどね。立会人と決闘相手の不正を疑うことも、今後、決闘をしていく上では考慮していかなければならないことだよ。本当に良いのかい?」
先生が俺のことを思って念押ししているのか、それとも突き刺すような視線が自分に向くことを嫌がってそう言っているのか今1つ判断がつかない。
あ、あと突き刺すような視線が1つ増えた。斜め後ろからだが。
「ええ。それに先生が不正をして俺が負けたとしても、それはそれで面白いですしね。魔法使いとしては」
「うん?」
「まあ、それはともかく。俺はそれで構いませんよ」
「……わかった。ジャネット殿もそれで良いかい?」
「構いませんわ」
「それじゃあ、ノーウェ君、早速この寮内の確認をしてきなさい」
「はい。じゃあ、ブルート、寮内を案内してくれ」
「え、俺?」
振られると思っていなかったのか、斜め後ろで慌てる案内役のブルートを急かしながら、俺は寮内を回ることにした。
玄関ホールから廊下へ、その先にある食堂、厨房、大浴場、大広間と接客用のいくつかの部屋、2階に上がっていくつかの遊戯室などを案内してもらう。
どの部屋も高級ホテルか貴族の館のような雰囲気だ。
どちらも行ったことないけど。
そんなことよりも、なんて広さだ。この寮は。
廊下が長すぎて先が見えないぞ。
「しかし、お前も災難だよなあ」
玄関ホールにいる間は恥ずかしそうに歩いていたブルートであったが、廊下に移った時にはすでに、最初に会った時のふてぶてしい態度に戻っていた。
「何が?」
言いたいことはわかっているが、一応聞いておく。
「ジャネット様との決闘に決まっているだろう?彼女は風魔法に限ればこの学園で一番の使い手だ。億が一にもお前に勝ち目はないぜ」
ニヤニヤ顔のブルート。こういう所が器の小さい所なんだよなあ。
こいつ、本当に貴族か?と疑ってしまう。
いや、そもそも貴族とはそういうものなのかな。
「まあ、あのまま先輩のペースに乗せられていたら負けていたかもな」
「はっ、強がんなって!」
背中をバンバン叩いてくる。
何か腹立たしいので、無性にヤキソバまんが食べたくなってきた。
1階を見て回って、玄関ホールから見えたのとは別の階段を上がり、2階へと進む。
ブルートの案内では2階は主に入居スペースになっているので、共用のスペースは大遊戯場といくつかの遊戯室、魔法研究の資材置き場と資料室がある程度とのことだった。
今思ったけど、廊下がめっちゃ長い。何mあるんだ?
「よし。これで全部回ったな。じゃあ、目当てのものを採りにいくとしようか」
「あん?どこ行くんだよ?」
俺は2階の廊下を進み、玄関ホールから直接繋がっている階段前の廊下を通り過ぎ、ちょうどホール入口の真上に位置する大遊戯室の扉を開ける。
ボーンと音が鳴る。びっくりした。大きな柱時計の音だった。
一通り見回したあと、部屋の奥にある扉を開け、バルコニー部分に出て、俺はそのまま外に飛び降りた。
もちろん風魔法を使って。
「ちょ、ちょ、待てよ」
ブルートも慌てて飛び降りる。
着地をどうするのかと見ていたら、水の渦を作って放水して勢いを殺していた。
そのせいで彼の服のズボンはびしょ濡れになっている。風の属性魔法使えないのかな?
濡れてはいけなそうな部分まで……残念な奴。
「いきなりどこ行くんだよ」
「この寮の敷地内のものならなんでもいいのだろう?庭も敷地内だからな」
「ふうん、まあ無駄な悪あがきだとは思うがせいぜい頑張れや」
俺は玄関前の方に回り込み、蔓性の野菜が植えられている畑を抜けて、根菜が植えられているエリアへと足を踏み入れた。俺はともかくブルートの足はすでに泥にまみれている。
「俺は、お前自身はともかく、お前の使う魔法については、多少興味が沸いたからな。これまで見たこともない魔法だし、どの体系に属する魔法かもわからねえしよ」
人を魔法の付属品みたいに言いやがって。
貴族籍の付属品みたいな悪ガキだからこんな風に曲がった性格に育つんだろうな。
見た目通り、汚れ切った奴だよ、お前は。
「そういえば、さっきクローニ先生に言っていたのは何だったんだ?魔法使いとして、なんて思わせぶりな言い方。何か不正をさせない魔法があるのか?」
こうやって急に色々と質問をしてくるのも、なかなか怪しく疑わしい。
ただ単に興味を持って聞いてきているだけかもしれないが。
「ああ、あれね。そんな魔法あるわけないだろう」
「はあ?」
「あれは単なる心理トリックだよ。ああ言っておけば、先生も俺の使う魔法の全容を知らない以上、迂闊に不正ができなくなるだろう?不正をしたらカエルになる、なんて魔法があったら本当はよかったんだけどな……」
「お前って……思った以上に姑息な奴だな……」
ブルートにだけは言われたくないと心底思った。
俺は根菜畑を見渡す。
目当てのものを見つけたので、土から出ている葉の部分を掴む。
「でも、まあ、ジャネット先輩にはある意味感謝だな」
「あん?」
「覚えたのは良いものの、生涯で一度も使うことがないだろうと思っていた魔法を使う機会を与えてくれた」
俺は、畑に植えられているニンジン、大根、ゴボウ、カブをそれぞれ引き抜いた。
次の更新予定
紫魔導師の学園下剋上 雅道卓也 @masagq
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。紫魔導師の学園下剋上の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます