1-6『戦いの前に』

「はいー?」


 俺は首を傾げた。


 いや、目の前の女性が発した言葉の意味は理解しているし、クローニ先生から聞いたこの学園の風土からすれば、彼女の言葉には何もおかしい点はないのだが、それでも彼女の言葉が発せられた場所と彼女の装いとその言葉の中身のギャップが大きすぎたためだ。


「ですから、決闘です」


「ええ。言葉の意味は理解しています。いきなりだったもので困惑しています。ところであなたは寮長さんですか?」


「おほほ、面白いことをおっしゃりますのね。私は残念ながら寮長ではありませんわ。というより、この寮に寮長はおりませんわ」


「はい?」


 ではなぜ、彼女が入寮にあたって俺と対話しているのだろう?というか、決闘の理由は?

 疑問が止めどなく溢れてくる。


「私はジャネット=リファ。この学園の2年生で【魔花まはな】という派閥の長をしております。以後お見知りおきを」


「それはどうもご丁寧に……ジャネット先輩。俺はノーウェ=ホームと言います。入学したてほやほやの、ただの1年生です」


 俺が会釈をすると、その横から小声で「ジャネット様は公爵令嬢にあらせられるぞ」とブルートがささやいた。だからどうしろと?


 それと、彼女が自己紹介したあと、またあのスカートを摘みながらの挨拶をして、今度は周りの女子学生も皆一斉に同じ仕草を取った。

 そして、目の前でニコニコ笑顔のジャネット先輩以外の全員が俺のことを睨んでいる。

 周りの女性たち、怖い……


 村長が「貴族様は魔物より怖いから気をつけろ」と言っていたのはこのことだったのか。

 最初に出会った貴族籍の男がただのヤキソバまん係だったせいで少しばかり油断が生じたのかもしれない。


「ほほほ。やっぱり貴方、面白いですわね。是非とも私のものにしたいわ」


 訂正。

 目の前の貴族様が一番怖い人だった。出会い頭に人をいきなり物扱いしてくるとは。


「さて、端的に説明しましょう。ここマゼンタ寮は学生たちが自治を行なう先進的な寮です」


「自治?」


 懐かしい響き。以前、村長の息子と取り巻きたちがやたら「自治、自治」息巻いていて、まるで木に張りついた蝉のようにうるさかった時期があったな。

 領主が村に視察に来たら一瞬で大人しくなっていたけれど。懐かしい夏の思い出。


 先進的の意味がよくわからないけれど、つまりは学生たちが自分でこの寮を切り盛りしているということだろうか。


「その通りです」


 こちらはまだ言葉にしていなかったのにもかかわらず、ジャネット先輩が云々と頷く。


「そして、この寮でお貸しできる部屋は4つです。その4つすべての部屋を今は私が所有している状態なのです。決闘によって接収したもので……」


「それで、その1部屋を貸すことを条件に決闘しろということですか?」


 先回りして勝手に話始めたのでこちらも対抗する。


「その通りです。さすがですね」


 思わずため息が出そうになる。

 目の前のまばゆい女性陣がどこかの悪徳不動産屋に見えてきた。


 俺が住んでいた村から30キロ離れた隣村で聞いた話では、不動産屋の中にはあらかじめ部屋を買い占めたあとで法外な値段の賃貸料を提示したり、無理な条件を突きつけたりしてくる悪い輩がいるらしい。

 もっとも、田舎では、木を切って、別の場所に自分で家を建ててしまえばそれ以上の問題も起こらないのだが、おそらくここでは無理。野宿をするにしても場所代とか言って決闘を吹っ掛けてくる奴がいてもおかしくない。

そして、彼女もおそらくその類だ。


「それで、決闘の条件は?」


「簡単ですわ。貴方が勝てば一番豪華な部屋をお譲りしましょう。ただし、貴方が負けた場合は一番ランクが低い、現在ゴミ置き場にしている部屋を使ってもらいます」


「俺は新入生なんですけど。先輩は上級生ですよね?」


「ええ。ですから、『戦闘方式』の決闘は行いません。あくまでこの寮の中でできる決闘にいたしますわ。もっとも、貴族籍ではなさそうな貴方にはこの配慮はあまり関係ないことだとは思いますけど」


 俺の方便は見抜かれ、退路が一瞬にして塞がれた。


 勝てば豪華な部屋、負ければゴミ部屋。


 残る選択肢として、この決闘を拒否して他の場所で寝泊まりするという手が残っているが、仮に学園外の宿屋に泊まろうものなら村長からもらった持参金がおそらく数日で消えてしまう。彼女にとってメリットもデメリットもないが、俺にとっては大損でしかない。


 そうなると、残るは決闘をして勝つか負けるかだが……


「負けても評定面では、それほど減点とはなりませんよ。なんでしたら棄権されても構いません。それでも部屋はお貸ししますわ」


「え?」


「上級生から、しかも派閥の長である者からの決闘の申し込みはどう考えても下級生の方が初めから不利な条件ですからね。評定においてもその点は多少、考慮はされます」


「なるほど」


「ですが、この寮はこの学園の校則と学風に準拠する場所です。寮則において『決闘』を拒否した場合、拒否した側にこの寮の掃除、洗濯、食事の用意等のペナルティがつきますわ。ちなみに、負けた場合も相応のペナルティはあります。逃げた時ほどではないですけど」


 そう言ってジャネット先輩は満面の笑顔。


 何かもう、さっきから行く方行く方を先回りして潰されている感じがする。

 このままだと戦う前から勝敗が決まってしまう勢いだ。何とかせねば……


「勝った場合は?」


「はい?」


 今度はジャネット先輩が小首を傾げる。


「いや、豪華な部屋はもちろん嬉しいですけど、負けた時の損益と比べて得られる対価が少ないと思います」


「ですから、勝った時はとびきり豪華な部屋を……」


「寮を借りるのは学生の正当な権利ですからね。ここの学風と先輩の派閥が実効支配しているという事情は理解しました。ですが、決闘の条件に学生として本来申請すれば得られるはずのものを譲ると言われても何か釈然としません。負ければ寮則に則ったペナルティがつくのであれば、勝った場合も相応のボーナスがついてしかるべきですよね?」


 さらに突き刺さるような視線。でも、間違ったことを言っているつもりはない。

 部屋の良し悪しだけを決闘の条件にするならまだしも、他にペナルティまでつけるというのであれば、勝った場合の報酬も勝負の賭けに上乗せされるべきだろう。


「わかりました。では、貴方が勝った場合、この寮が学生から徴収している入居費や管理費は一切無料。加えて食堂の利用も3食無料に致します。私の権限で」


 そう言って、ジャネット先輩は大きすぎる胸をさらに張りそこに右手を置いた。

 何か芝居をする人が良くやるポーズだけど、実生活で見るのは初めてだ。昔、街の演劇会で観た。

 誰に向かって誓いを立てているのだろうか。あと、この寮と先輩の権限がよくわからない。


「「「「ジャネット様!それでは、あまりに……」」」」


 数人が慌てたように彼女の方を向くが、彼女の顔を見たあと、またこちらに向き直した。

 お願いだからいちいち俺を睨まないで欲しい。今のたぶん決めポーズだから、邪魔されたら怒るよ、そりゃ……


「良いでしょう。決闘の内容は?」


「ふふふ。やっと乗り気になっていただけましたね」


 ジャネット先輩は相変わらずの笑顔だが、天使の微笑みのような胡散臭い作り笑顔であった先ほどとは打って変わり、その瞳は獰猛な肉食魔獣のそれに変わっていた。


「内容次第ですが……」


「逃がしませんわ。内容は『探索方式』にしましょう」


「たんさく?」


「ええ、この寮にあるものから任意のものを探し当てた者が勝ち。第3者がその任意のものをこの寮のどこかに置く。他の学生の居室以外のスペースが置き場所になります。これでどうです?簡単でしょう」


 学生の居室以外ということは廊下やこの玄関や調理場などの共同スペースに限られる。

 そして彼女はここに長くいるわけだからこの建物の調度などは把握しているはず。

 これはかなり不利な内容だ。


「この寮にあるもの?」


「ええ、もちろん私の方がこの寮に長くおりますし、ここに置かれているものの配置もすべて把握しています。このままだとあまりに不公平な勝負になりますわね」


「そうですね……」


「ですので、貴方にはその『任意のもの』を決める権利を与えましょう。この寮の敷地内のものでしたらなんでもいいですよ。それと私の得意とする魔法の属性もお教えしましょう」


「良いのですか?」


「ええ。なるべく公平を期すためです。私の得意とする魔法は『風魔法』ですわ。称号名は『風華かざはな』と言います」


 ……ふぅ。

 風属性か。まあ、この寮内で「探索方式」と言った時点で薄々そうじゃないかとは思っていたけれど、その情報を俺に与えたぐらいで「流石ジャネット様」「寛大過ぎます」とか言っている取り巻きたちは俺を睨み過ぎて頭に血が巡っていないのではないだろうか。


 彼女はただ絶対の自信があるだけだ。

 この館内で魔法を使って何かを探すとなれば、風魔法を使うのが最も適している。

 水魔法もできないことはないが館内が水浸しになってしまうし、火や土はさらに難しい。

 そうなると、探索に用いるのは「風」ということになる。

 重要なのは、こちらが本当に知りたいのは、先輩がどの属性の魔法を使うのではなく、風魔法をどのように運用するかなのだ……


 そして、彼女はその風魔法による探索技術において誰にも負けないと自負しているのだろう。それを「公平を期すため」とか言っているのは、俺をこの彼女がセッティングし、彼女が脚本を書き、彼女が主役となる舞台に引きずりだすための方便にすぎない。


「ありがとうございます。公平を期すためというのであればもう1つこちらで条件設定をさせてもらってもよろしいでしょうか?何せ、俺はここに来たばかりの右も左もわからないピカピカの新入生で、先輩は決闘の経験が豊富な、百戦錬磨のあ…2年生です。ここをよく知っているかどうか以外にもう1つくらいハンデがあってもいいでしょう?」


「……条件にもよりますが、良いでしょう。どのような条件を設定したいのですか?」


 提案を一方的に飲むのは嫌なのでこちらからも提案してみたら、意外とあっさり了承。

 ただし、周囲の取り巻きたちの目がさらに険しくガンぎまっている。


「決闘内容は、この館のにあるもので任意のものを探す、でしたよね?」


「はい」


「その任意のものを俺が決めることができると」


「はい」


「では、その任意のもの以外に3つ、ダミーの品を用意させてください」


「なるほど、考えましたわね……その任意のものとダミー3点は事前に私にもこの目で確認させてもらえますわね?」


「良いですよ」


「でしたら、認めましょう」


 ジャネット先輩がほんの一瞬思考を巡らせたことで、彼女の探索方法の一端を伺い知ることができた。

 であれば、俺にもまだ勝機があるかもしれない。


「探し出したものを先に手に取った方が勝ちということでいいですかね?」


「ええ」


「では、決闘の内容と条件、勝者の権利にすべて同意します」


「よろしい。あとは、立会人をどうするかです……わね」


 その時、俺の背中の方でギィーという物音が聞こえた。

 大扉が開く音だ。


「おお、ちょうどよかった、ノーウェ君。まだ、ここにいてくれて助かったよ。学生証と入学証明書、あとは、履修カリキュラムをだね……」


 全員の視線が扉を開けた人物の方へ向く。


「え?」


 振り返るとそこには、先ほど中庭で別れたクローニ先生の姿があった。


「おお、ちょうどよかった……ですわね」


「ええ」


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