1-5『寮長?』
ふわふわの生地の中に香ばしいソースの掛かった濃い麺の味。
俺はヤキソバまんを頬張りながら、学園内の建物を見渡しながらゆっくりと次の目的地へと向かう。ヤキソバまんは庭から進んだ先の、何と、屋台で売っていた。
前方2、3m先には肩から先をやや前傾させながらとぼとぼと歩く魔法少年ブルート。まるで見えない鎖に繋がれている囚人のような歩き方だ。
結構、他の生徒や関係者と思しき人たちとすれ違っているけれど、そんな歩き方をしながら俺を案内していていいのだろうか。彼らとすれ違い、着ている服がブルートの着ているものとほとんど同じだというのを見て、あれがこの学校の制服なのだと理解した。
クローニ先生とは庭で別れた。
学園入口での決闘の立会いを務めてくれた先生は「君もなかなかエグいことするね」と若干引きつった笑みを浮かべながらそそくさと離れていった。
先生はおそらく俺がブルートに出した条件の意図を見抜いていたのだろう。
俺が出した条件は2つ。
1つは、入学式までの間、ブルートが俺にこの学園の案内をすること。
もう1つは、俺の望む限り、ヤキソバまんを買いに行くこと。
一見、初めに互いで確認した「この学園にいる間、負けた方が勝った方の言うことになんでも従う」というものに比べてかなり緩い内容になっている。
1つ目の条件は、期限がわずか10日だし、2つ目の条件は内容が限定的だ。
だが、この約束によりブルートは入学式までの間、何をおいてもまず、俺にこの学園の案内をすることを優先させなければならなくなった。
そして、ヤキソバまんの購入に関しては特に期限を設けてはいない。これ重要。
この2つの約束を完遂する中で、彼に対する周囲からの目がどのようなものになるかは推して測るべし、だ。
先生がエグいと表現した理由はおそらくもう1つ。
この2つの条件はブルート側が「再決闘」を申し出る際の根拠として絶妙に薄い点である。
一度負けた相手に対し、同じ条件定義をする、あるいは前の決闘によって失った権利の回復を求める決闘を再度行うことを「再決闘」という。
ただし、この再決闘が行われるためには、前回の決闘からある程度時間を置かなければならない(内容と地位にもよるが最低1週間以上)上に、負けた側がこの要求を行う際にはそれなりの根拠を立会人となる人間に示さなければならない。
学園としては、学生同士が切磋琢磨することは奨励しているが、何度も同じ相手と同じ条件下でばかり戦っているのは逆に成長を阻害するという考えのようだ。それに、負けた側が勝者を執拗につけ回す、いわゆる「つきまとい」行為を防ぐためでもある。この辺りの説明はクローニ先生からしてもらっていた。
立会人も人間だ。
最初の決闘で勝者が勝ち取った権利が敗者にとって厳しいものであればあるほど同情心が芽生え、再決闘までのハードルは低くなる。
だが、俺の提示した条件の1つ目はすぐに効力を失う期限付き。
あとは、もう1つの「敗者が勝者にヤキソバまんを買う」という内容がどれだけ立会人の同情を誘えるか、だが……
「ヤキソバまんを買いに行くのは嫌です」とブルート君が素直に言えるか、ということもあるし、そもそもこれは彼の言い出したことであるしね。再決闘の申し出をする際に、この説明をしなければならないのは、彼にとってかなり屈辱的なことだろう。
おっと、いけない。歯に青のりがついてしまった。
さて、そんなわけで、俺は晴れて前を歩くブルート君に学園の案内をしてもらっているわけだが、目当ての場所はこの学園の学生寮の1つである『魔全蛇(マゼンタ)寮』である。
この学園に学生寮は3つ。
原則、王族・貴族籍の者とその従者のみが入れる『世氷女帝(セピア)寮』
平民が入る『子安(シアン)寮』
そして、俺たちが今向かっている『魔全蛇(マゼンタ)寮』
セピア寮には貴族籍ではない俺は入れず、シアン寮はすでに定員一杯とのこと。
結果、俺に残された選択肢はどんな身分でも入れるマゼンタ寮しかなかった。
ちなみに、ブルート君もこのマゼンタ寮住まい。
なぜかって?
セピア寮に住むような貴族やその従者は、幼い頃から魔法の訓練をしているため、手練れが多いらしい。その上、日々決闘の申し込み合いをするような風土のようだから、コツコツ自分より弱そうな対戦相手を選んでいた彼には向かない場所だったのだろう。
実に姑息である。
俺たちは、入口の庭の先にある学舎の脇の道を進み、まず真っ先に目に入るシアン寮を横目にさらに進む。
次に目に入って来たのは大きな黒い門付きの豪華な宿舎。セピア寮だ。
空から落ちたら突き刺さること間違いなしの、先端の尖った門。
あれは、なぜ尖らせているのだろう?やはり、泥棒の侵入防止のためかな。
シアン寮もセピア寮も宿舎は2つ。
学年は3年まであるからどういう区分けになっているのかは少し気になる所だ。
セピア寮も抜け、さらに小高い丘を進むこと15分。
いや、ここだけ離れ過ぎだろうと思うほど、
一応、ここも門構え。
ただし、蔦に幾重にも絡まれており、如何にも暗い。
カラスでも留まりそうな雰囲気。
よく見ると、建物自体も蔦に覆われている。
まあ、丘にあるから夏場は暑そうだし、緑のカーテンのおかげで涼しくなるだろうから却っていいのかな、などと考えながら、ブルートに門を開けさせて中に入る。
不満げな表情をこめかみ付近の怒筋とともに浮かべているけれど、どうか学園の案内役を全うしてほしいものだ。彼はまだまだプロ意識に欠ける。
門を開けた先には結構な長さの道と結構な広さの庭がある。
建物まで100m近くはありそう。
そして、周囲の庭には畑があり、野菜がたくさん植えられている。
ここの寮長さんの趣味だろうか。自給自足……ではないよな。
見たところ、瓜系の野菜が多いが、根菜系や果菜、それに何種類かの果樹も植えているようだ。
おっ、あの葉はニンジンだな……
家庭菜園というより農業レベルの綺麗さ。村でも十分やっていける。
何というか、蔦に絡まれて薄汚れた建物と色濃い栄養満点そうな土から生える艶々の野菜や果物の間には結構なギャップを感じる。
左右にある畑をきょろきょろと見渡しながら進むと、寮の入り口となる木製の大扉へとようやく辿り着いた。
思えば、村を出てきてからこの帝都に着くまでの旅よりもこの学園に入ってからの道のりの方が長かった気がする。
これもひとえに、入学早々決闘などということをさせた、目の前の歩く囚人のせいだろう。
近づいてみると、貴族舎のセピア寮に負けないほど大きな建物。
いや、蔦でかさ増ししている分、こちらが上か……
囚人、ブルートは大扉の金属製のドアノブに手をかざした。
彼の手から発する魔力に反応したのだろうか?
大扉がギィーと音を立てながら、ひとりでに開かれる。
開いた扉の先は……外観からは想像のつかないほど清潔感のある内壁、ピカピカに磨かれた窓や縁、どこぞの名工が作った芸術作品のような調度品、正面奥に見える大きな階段まで続いている真っ赤な大絨毯。
そこはまるで王城の中にいるような錯覚に陥るほどの別世界であった。
そして、その高そうな絨毯の上で横一杯、列になって待ち構えるこの学園の制服?を着ている女子学生たち。
その中でも取り分け輝いて見える、いや、実際に制服の緑色の生地の部分が物理的にキラキラと眩い光を放っており、それと同等か、もしくはそれ以上にエメラルド色に輝く髪と瞳をした高貴な身分っぽい女性が、スカートの両脇をそれぞれ両手でつまみながらこちらにお辞儀をしてきた。
「ごきげんよう。新入の入寮希望者ですわね?それでは
……おそらく、彼女は寮長ではないな……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます