1-4『勝敗』

 ブルートは地面に尻餅をつき、俺は急にお役御免となった巨大な水竜を空に浮かぶ太陽に向かって飛ばした。

 水竜は天に向かって垂直の方向にぐるぐるとうねりながら登って見えなくなる。


「ふう。すまないがこの決闘はこれで終わり。判定は『勝敗なし』とさせてもらうよ」


「なっ、なぜですか!?」


 俺の方がその質問をするのに適していたと思うが、ブルートが腰をやや浮かせて前のめりになって叫んだ。


「いや、その質問を君の方から受けるとは思わなかったな……」


 先生も同感だったようだ。

 俺が先生の立場でも、その情けない恰好で抗議されても、と思うだろう。


「仮に私があのまま止めずに決闘を続けさせたとして、君に彼のあの巨大な水竜を止める術があったのかね?」


「そ、それは……」


 彼の青くなった顔を見て、その術がないことは理解した。それならば、先生があの場面で決闘を終わらせたのも、まあ、理解はできる。理解はできても納得はまだできない。


「このブルートはね、この学園に早々にやって来てすでにいくつも決闘をこなしている」


「は、はあ……」


「そのこと自体はここの学生としては望ましいことなのだが、見ての通り、彼自身まだまだ魔導師としては技術的にも精神的にも未熟な所があってだね。自分が勝てそうな相手ばかりを探して決闘をふっかけているのさ。強い相手を望まずにね。まあ、このブルート君は、言うなれば田舎の領地からやって来たお山の大将という所かな」


 苦悶の表情を浮かべるブルート。

 自分の発した侮蔑の言葉を先生になじられるのも辛いものだろうな。


「まあ、君にとっては不服な裁定だろう?」


「ええ。何というか、振り上げた拳のやり場がないというか……ご馳走を前におあずけを食らったというか……」


「ははっ、正直だね。そして、実に不敵だ。気に入ったよ、ノーウェ君。君の使う魔法といい、人は見かけによらないものだ。『色付き』だからといって余計な心配をして悪かったな」


「いえ……」


「今回『勝負なし』の判断を私が下したのは、実は、どちらかというとノーウェ君に配慮した結果なのだよ」


「なぜでしょうか?」


 ようやく念願の質問ができた。


「それはね、このブルートが子爵家の令息であることに関係する」


 だが、質問の回答によってますます謎が深まった……


 家柄や地位に関係なく決闘を奨励し、優れた魔法使いを評価するのがこの学園の主義ではなかったのだろうか。


「ははっ、不服そうだね。もちろん我が学園は魔法使いとしての実力がすべて。だが、それはあくまで『入学式』を迎えてからの話なのだよ。やや込み入った話なのだけれどね」


 クローニ先生がその込み入った話を丁寧に説明し始める。


 この学園に入学してからは、実力主義。とはいえ、ここは帝国領内であり、この学園は帝立の教育機関。そのスタートラインを、帝国の屋台骨を支える貴族や領主たちの跡取りたちを俺のようなどこぞの馬の骨と同じ場所に設定するのも、関係各所から不満が起こる。


「……だから『入学式』が始まるまでの期間、貴族籍に置かれる子息令嬢に対して上級生が『戦闘方式』の決闘を行うことを禁じているのだよ。もちろん、『入学式』以後は問答無用なのだけどね。この特例を利用して貴族の子息令嬢たちはこうやって同じ新入生相手に決闘を吹っ掛けて、自分の『派閥』作りをしているのさ。『派閥』ができれば上級生も決闘には慎重になるし、派閥に入っていればスカウトも容易にできなくなるからね」


「は、はあ……」


「このブルートはこう見えてすでに決闘を15回も勝ち抜いている。まあ、その内容は置いておくとして、彼の現在の学年内のランクは上位に来ているし、あとは『派閥』を構成するための条件である20人のメンバーを集めるだけだったのだよ」


 それがどうしたというのだろう?ブルート本人をチクチクなじっていることから見ても、この先生が貴族である彼を特別優遇しているようには見えないし、そもそも決闘の勝ち負けを無効にすることがなぜ俺のためになるのか未だに見えてこない。


「まあ、ブルートのことは置いておくとして、問題は君だよ、ノーウェ君」


「え?」


「君は貴族の子息令嬢ではない。つまり、君には残念ながらこの特例は適用されないのだよ」


「あ!」


「そういうこと。さっきも話したけれど、このブルートはこう見えて記録上ではかなりの好成績を収めている。ランクも上位だ。そんな彼を『戦闘方式』の決闘で圧倒的な勝ち方で倒したとあれば、同級年ばかりか上の学年の猛者たちにまで目をつけられる」


 なるほど。先生が懸念していたのはその点だったのか。正直、俺はそんなことあまり気にしていなかったのだけれど。


「君の魔法は私の予想以上だった。いや、驚いたよ。だが、それでもまだ君をいきなり上級生との決闘に向かわせるのは学年主任として憚られる。それは、獰猛な猛獣の檻に子羊を入れるようなものだからね。それに、入学してしばらくの期間は同じ学年の者たちで切磋琢磨してほしいというのが私の教師としての純粋な願いでもある」


「先生のおっしゃることは良く分かりました……しかし…」


「そう!このままじゃあまりにも君にとって不利な裁定だ。それに、立会人としては、公式に決着はつけられないが、魔導師としてみた場合、優劣自体ははっきりと、これ以上ないくらい明確についた試合だと言わないと寝覚めがよくない。嘘を吐くことになるからね」


「は、はあ……」


「だから、決闘自体は『勝負なし』ではあるが、君が獲得した勝者の権限は与えるとしよう。ただし、決着がついていない以上、最初に互いに確認した条件では少し厳しすぎる。そこで私からの提案だ。当初よりも幾分緩い内容の条件を改めて君から提案するのはどうだろう?」


「そんなことできるのですか?」


「うむ。私の役職と決闘を管理する事務局に伝手があるからね」


 さらっと強権発動を口にする先生。何か、エグい人だ。


 そして、まだ釈然としない気持ちは残ってはいるが、同時に、クローニ先生の提案も案外こちらにとって悪くないもののようにも思えてきた。

 勝負の結果そのものについては、この学園の内情の説明を聞いた時点でかなり興醒めしていたので、もはやどうでもよくなったということもある。

 だが……


「条件1つですか?」


「ふむ……」


「ちょ、ちょっと待ってください!そんな条件、俺は認めませんよっ!!」


 再び抗議の意を示したのは青ざめたブルート。


「君に抗う権利はないよ、ブルート君。まあ、このままこの決闘を裁定委員会による裁定に回しても構わないが、そうなると、裁定委員はおそらく君にとんでもなく厳しい評価をするだろうね」


「え?」


「わからないかな?客観的に見るとだよ?君は自身の大技をすべて防がれた挙句、初見であり、水属性に特化しているわけでもないノーウェ君に君の渾身の技を真似されたんだよ?それも数倍の威力でね!?仮にこれを正式な決闘の結果として審査の方に回したら、大差の判定負けにより、君はノーウェ君に従属することになる上に、君の評価が大きく下がるはずだよ。ポイント上はたいしたことはなくても今後決闘を行う上で裁定委員の心象がね。」


 ブルートの青ざめた顔が蒼白になった。もはや血の気がない。

 それにしても、俺の戦法は、客観的に見るとそういうことになるのか……

 俺としてはちょっとした小手先の技を臨機応変に絡めただけなんだけどな。


「それにしても、恐れ入ったよ。最初にハイ級の4元素魔法を放っただろう?あれで裁定する者は皆、ノーウェ君が水以外の属性魔法も同等に使えることが分かるからね。攻撃、防御、戦術眼、発動技術のすべての項目で圧倒的な差がつくだろうから、もしこの戦闘が公開され、この決闘が裁定された場合、ブルート君は今までの決闘の勝利分がすべて吹き飛んでもまだまだ足りないくらいの失態となるだろうね。失点も相当加算されると思うよ」


「うっ……」


「え?失点も加算されるんですか?」


「そうだよ。評価はすべてを加算する方式だからね。決闘で勝てば得点が加算されるけど、負ければ失点が加算されるよ。その大小は試合内容によるけどね。言ってなかった?」


 聞いてなかった。

 まあ、負けなかったから良いけれど。

 そもそも裁定のこともちゃんとした説明を受けていなかったから、改めて聞いた。


 決闘の判定自体は原則立会人が務めるが、公式に行われた決闘の査定は立会人だけでなく無作為に選ばれた裁定委員も評価役を担う。不正の防止目的ということらしい。

 クローニ先生は、立会人として俺たちの決闘を見守りながら、先ほど俺の魔力を測った薄い板の魔道具を使って決闘自体を撮影していたとのこと。

「これをポチっと押したら君のこの学園での人生とそのあとの将来が決まるよ?」とか言って、ブルートを盛大に脅している。先生のくせになかなかやることがエグい。


「じょ、条件を呑みます」


「……だそうだよ、どうするノーウェ君」


「俺も構いません」


「そりゃ好かった!」


 そう言って板状の魔道具を懐に仕舞い、ポンと両掌を叩くクローニ先生。何か、若干上手く丸め込まれた気がしないでもないが、それはそれ。説明を聞いて納得のいく決定ではある。


「では、ノーウェ君がブルート君に求める1つ目の条件を提示しなさい」


「はい……では、1つ目は『入学式』までの期間、彼にはこの学園内の建物の案内をしてもらいたいです」


「ほう、君は……やはり、賢い男だね。どうだ?ブルート…君?」


「わ、わかりました」


 このやり取りのあと、先生の眼光が少し鋭くなった気がする。俺とブルートの両方に向けて。

 まあ、最初の条件からの落とし所としては問題ない内容だと思う。


「では、2つ目を言いなさい」


「そうですね……」


 俺は、今尚、顔面蒼白のブルートにこれ以上ないくらいの笑顔を向ける。


「ブルート、ヤキソバまんを買ってきて!」


 第1決闘 VSブルート戦 結果『勝負なし』


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