1-3『メージスタッフ』
「な、なんだ?その杖は……」
「ほぉ。同時発動もできるのか……」
再び呆気にとられて大口を開けるブルートと何かフムフム言っているクローニ先生。
人目には呪文を同時にいくつも発動しているように見えるかもしれないが実はちょっと違う。
それぞれの呪文が発動後は俺の手を離れ、呪文自体が一定の時間、その効果を持続させているに過ぎない。
ブルート君も、もう少し注意深く観察していれば気づいていたかもしれないが、実は俺の防御に用いた『シェル』という結界は、俺自身を守る結界ではなく、任意の空間に結界を張っているだけなのだ。
だから、彼が水竜をバカの1つ覚えのように突進させるのではなく上手く操作するなどして、横やりを入れるようにすれば、実はこの結界はまるで意味をなさなくなる。
それができないのは、おそらく彼の魔法使いとしての経験(実戦)不足と、こちらの撒き餌によって錯覚させられたからだろう。
彼が、水竜による攻撃のあと、両手で水の獣と鳥を作り出して同時攻撃を試みた時、俺は防御結界を、まるで水飴を薄く伸ばすような動作をしながら張り直した。
実は、あの動作は元々あった結界を操作したのではなく、別の形で張り直したのだ。
だが、彼の眼には俺が自由自在に結界を動かしながら、常時発動して身を守っているように見えていたことだろう。
その錯覚を今度は別の魔法で応用させてもらった。
今は、まず前方に『シェル』を張り、発動後の待機時間(クールタイム)を終えたあとに次の『メージスタッフ』を唱えたというわけだ。
ちなみに、この『メージスタッフ』も『シェル』と同じ、結界の一種。この魔法は、杖の結界を通過した魔法の魔力を増加させる機能を持つ。
この魔法も発動後、次の魔法が使えるようになるまで、一定の待機時間を要するが、今はこの杖のさらに前方で怒れる水竜の2体目が盾相手に猪突猛進をしてゴリゴリ削られている最中だから問題ない。
そして、ブルートの放った水竜と盾が相殺され消えた瞬間、今度は俺が水竜を放つ。
「さあ、その杖を食べて大きくなりな」
水竜が杖の下に向かい大口を開けて飲み込むと、自身の身体を膨れ上がらせる。
「バ、バカな……」
先ほどからバカばっか言っているけれど、バカなのは君だよ。実にね。
「ふうむ、あれは支援魔法の一種かね?それにしては見たことがない魔法だな」
どうやら、彼もこの魔法については知らないようだ。
村長は帝都では辺境の地のことまで情報が集まるとは言っていたけれど、きっと中には例外ということもあるのだろう。
何せ、この魔法は数多存在する魔物の中でもごく一般的に見られる、「ゴブリンメイジ」が使うものなのだから。
ゴブリンという、魔物の生息地ではごく一般的に目にすることができるこの弱い魔物は、奥地やダンジョンに入ると集団を形成し、さらには村まで作る。
こうなると、人間社会において厄介極まりないため、そうなる前に冒険者や村の猛者たちが間引きを行うわけだが、彼らの中には集団を形成する上で、ただのゴブリンから役割を持った存在に進化するものもいる。ゴブリンメイジはその一種で、ブルート風に言えば、魔法能力に尖ったゴブリン。
そして、そんなゴブリンメイジが持つ秘中の魔法がこの『メージスタッフ』なのだ。
もっとも、ブルートやクローニ先生が初見であったように、この一般的な魔物が扱う秘技が広く知られていない理由も、実は何となく想像がつく。
というのも、この『メージスタッフ』をゴブリンメイジが使う状況は非常に限定的であるからだ。
ゴブリンメイジは、他のゴブリンの仲間たちが倒され、1人きりになった時に捨て身の魔法を放つ。その名も『ゴブリンエクスプロージョン』
自爆技なので受けると危険ではあるのだが、そこはゴブリン。魔力が足りず、爆発自体もかなり限定的になってしまう。
そこでこの魔力を高める『メージスタッフ』というわけだ。
世間一般にこのことが知られていないの
は、おそらく、人々がゴブリンの集団に出くわした際、まずこのゴブリンメイジから倒せという教えが浸透しているからだろう。
トガったゴブリンの集団と戦う際に、最も厄介な相手は全体魔法を使ってくるゴブリンメイジか、回復の魔法を使う「ゴブリンプリースト」。戦闘特化型の「ゴブリンファイター」や「ゴブリンナイト」のように体力があるわけでもないので、弓矢や魔法のような遠距離からの攻撃で楽に仕留めることができる。したがって、ゴブリンメイジの大規模な自爆攻撃を食らう機会がほとんどない、ということなのだろう。
はじめは危険視され、周知されていたことなのかもしれないが、ひょっとしたら人々が慣れる内にその攻略法だけが伝承されるようになったのかもしれないな。
さて、ゴブリンの杖を食って巨大になった水竜。見た目にブルートのはなったものよりも倍以上の大きさになっている。これを防ぐ術を彼ははたして持っているだろうか……
「そろそろお腹一杯のようだね。行くよ」
「くっ……」
ブルートが急いで両手に渦を作り始めるが、水が上手く回っていない。
この辺も彼が実戦経験に乏しいことを如実に表している。
精神的に追いつめられると魔法の発動が疎かになるからね。
「この勝負ここまでっ!!双方、魔法を解除するように」
「「え?」」
俺が水竜を動かそうとしたその時、クローニ先生が決闘終了の合図をした。
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