第三話 名誉ある死 13

 向こう側の街に近い方の出口まで歩いていく。

 その場にはチェンミィがいた。

 無言で頷いたので、私たちもそれにならう。

 三人で無言で街の外へ歩き出す。

「他の人間は?」

「少し離れてついてきている。もしものためだ」

 アランの質問にチェンミィが静かに答える。

「向こうは三人で来るように言っています」

「どうせどっちも守っていない、だろ?」

 チェンミィがアランに聞く。アランは答えなかった。

 チェンミィはアランの返答には期待していなかったようでそのまま続ける。

「死ぬことより優先される使命が本当にあると思うか?」

 チェンミィはそれを街を守ることだと言っていた。

「俺はあると思っている。この街のために、ここに住んでいる連中のために、平和な時間を少しでも長く延ばせるのなら、それでいいと思っている。戦争がしたいわけじゃない」

 先頭に立つチェンミィは自分に言い聞かせているように思えた。

「ああ、クソ、だが、撃たれたとき、一瞬思っちまった。『街のことなんかもうどうでもいいから助けてくれ』『なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ』『死にたくない』ってな」

「それはおかしくない。死を賭す決意と、死が寄ってきたときに思うことは違う」

「……だろうな」

 私たちがまた何も言わなくなって、ただ歩き続ける。

 しばらく歩いて、遠くに人影が見えた。

 向こう側の魔術師だ。

 彼は誰も連れていないように見えるが、チェンミィもアランもそうは思っていないだろう。

 十メートルほどの距離を取って止まる。

「確認があります!」

 私が向こう側の魔術師に叫ぶ。

「川についてです。川は堰き止められているのではなく、すでに枯れています。あなたの言う問題はありません」

 それを聞いた魔術師がチェンミィを見た。

「本当か?」

「ああ」

「そうか」

 驚くでもなく淡々と魔術師は返した。

「あとはあなたがたの物資輸送に関わる問題です。それを解決したいと思います。川の問題がないのであれば、素通ししてもよいのではないでしょうか?」

 私の言葉のあとで、少し沈黙がある。

「そうかもな」

 魔術師が答える。

 そこで、魔術師はチェンミィを見た。

「では……」

「こうして向かい会うのは初めてだな」

 私の言葉を遮ってチェンミィに向かって魔術師が言う。

「そうだな」

「考えていることは一緒のようだな」

 魔術師が軽く笑う。

「ああ」

 同じようにチェンミィが笑ったように見えた。

「え?」

 相手の魔術師が手を上げる。

 背中から誰かに首を掴まれる。

「伏せろ」

 掴んだのはアランだ。足が崩れて膝を地面に着けてしまう。

 離れたところから発砲音。

 二カ所、前と後ろからほぼ同時だった。

 反応が遅れて私が両手で耳を閉じるがもう発砲音はしなかった。

 顔が地面に着きそうになるが、アランがギリギリで力を緩める。

 顔を上げる。

 相手の魔術師が倒れていた。

 振り返る。

 チェンミィも仰向けに倒れている。

 駆け寄ろうとする私をアランが襟首を掴み直して制止する。

「結界を」

 空いている左手でアランが杖で地面を叩く。

「どうして!」

「彼はもう助からない」

「アラン、手を離して!」

「それはできない。結界を張った。周りから私たちは見えないようにした」

「アラン! チェンミィを!」

「ダメだ、張れたのは狭い結界だ。ここから離れることは危険だ」

「チェンミィ……。本当に助からないの?」

 力が抜けたと判断したのか、アランが手を離す。私がアランに向き直すが、アランはただ首を振るだけだった。

「そんな」

「もう治療できる範囲ではない。致命傷だ、二人とも」

 二人とも、そう、向こうの魔術師も同じだった。起き上がりはしなかった。

「彼らが来る」

 彼ら、とはどちらのことを言うのだろうか。

 前後から男たちが集まってくるのがわかった。

「二人はどこに行った!?」

 向こう側から近づいてきた男の一人が言った。

 探しているのは私たちのことだろう。

「静かに。音も閉じ込めているはずだが」

 アランが耳元でささやく。

「どういうこと?」

 男たちは互いに銃を向け合い、顔を見合ったあと、銃を下ろした。それぞれが自分の側の魔術師の方に歩いて行く。屈んで生死を確認しているようだった。撃ち合うような雰囲気ではなかった。それどころか、安堵しているような空気さえ流れていた。

「あいつらは逃げたようだな」

 誰かが言った。

 どちらの街の人間かもわからない。

「ああ、そのようだな」

 誰かが返す。

「エミーリア、怪我はない?」

「え、う、うん」

「行こうか」

「行こうって……」

 魔術師が二人撃たれて、どちらも死んだ。それを撃った両陣営の男たちは集まって、それでも続きを再開しようとはしていない。

 アランは左手に持つ杖を空に向ける。結界を広げているようだった。

「君もはやく結界が張れるようにならないといけないね。癖にするほど練習するしかない。そうだな、気がついて二秒を目標にしよう」

 アランはもはやこの場のことなんてどうでもいいとさえ言いそうだった。

 荷物を持ち直して歩き出す。

「離れないように」

 アランのそばについて、私も歩き出す。

「でも、どうして……」

「結局ね、彼らは『終わり方』を探していただけなんだ。争いを止める方法は、話し合いではなくて、もちろんそれも大事だが、何を犠牲にするか、それで彼らの一人が言ったように、『痛み分け』をするしかない。戦いを続ける魔術師にもちょっとうんざりしていたというところかな」

「チェンミィは……」

「彼は『名誉ある死』を得た。街同士の争いもなくなるかもしれない。そうすれば、彼はしばらくは英雄でいられるかもしれない」

「でも、死にたくないって」

 撃たれたときのことをチェンミィは思い出しながらそう言っていた。

「まあ、それはそうだね。ただ覚悟はしていただろう。それは向こうだって同じだ。案外、お互い死にたがっていたかもしれない」

「そんな……」

「いずれにしても私たちには関係のないことだよ」

「じゃあ、アランはこうなるのをわかっていて」

 荷物を持ってくるように私に言ったのか。

「可能性の一つだ」

「私が話し合いしようなんて言ったから?」

「そうだよ。結果はどうであれ、君が起こしたことの結末だ」

 とがめる風でもなく、あっさりとアランが言う。

 それどころか、微笑んでいた気さえする。

 真っ直ぐ、遠くの方をアランが見ている。

 少しだけ、寒気がした。

「魔術師は選択をする、そしてその結果を引き受ける。それだけだ」

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【漫画化予定】およそ100年幽閉されていた魔術師夫婦は世界を巡る 吉野茉莉 @stalemate

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