5年生編(2)

桜祭りからの帰り道、正樹と別れ、家路に着く和樹。さっきまで晴れ渡っていた空が、暗い雲で覆われていた。ぽつりぽつりと、空から小さな雫が落ちてくる。濡れるのが嫌いな和樹は、小走りで家へ向かう。幸い、雨が強くなる前に着くことができた。息を切らしながら家のドアを閉めると、外は激しい雷雨に襲われ始めた。

(「あんまり濡れずに済んでよかった……。」)

 軽く息を吐いた後、玄関でアウターに着いた雨水を落とす。和樹はタオルで頭を拭きながら、いつも通り、食卓へ向かう。

「母さん、ただいまー。桜綺麗だったよ!桜祭りで正樹と軽く食べてきたけど、お腹すいちゃった……。早くご飯食べたいな。今日もご飯大盛りでお願いね!」

「和樹、おかえり。桜祭り楽しかったのね、よかった。もうちょっとでご飯できるから、座ってテレビ見て待っててね。」

 和樹は母に言われた通り、リモコンを手に取り、テレビを見始める。映ったニュース番組では、コメンテーターが政治家の不祥事を解説していたり、若い女性キャスターが明日の天気を伝えていた。彼らの話を聞いてみるが、小難しい内容ばかりで、和樹は内容をほとんど理解できなかった。全く興味がない番組であったため、他のチャンネルに変えてみるが、似たような内容ばかり放送されていた。アニメやお笑い番組など、興味のある番組が放送されていなかったため、すぐに飽きてしまった。

(「早く、父さん帰ってこないかなぁ……。」)

 そんなことをぼーっと考えながら、忙しなく動く時計をじっと見つめていた。特にやることもないので、椅子に座りながら、足をブラブラさせる。

(「21時からのお笑い番組に俺の好きなお笑いコンビの「笑い米」が出るんだったな。今日はどんなコントが見れるんだろう、めちゃくちゃ楽しみだなぁ!それにしても、今日は父さん遅いなぁ。おなかすいたな。」)

 和樹の父は地元の小さなスーパーを経営している。いつもは早く帰ってくるのだが、遅く帰宅することもしばしばあった。

(「父さん、今日も遅くなるのかな。」)

 そんなことを思いながら暇を潰していると、外から車のエンジンが止まる音が聞こえてきた。仕事を終えた父が帰宅し、肩を落とし、下を俯きながら、リビングに入ってきた。

「ただいま……。」父の一言は、魂が抜き取られたかのように力無かった。

(「父さん、会社で嫌なことがあったのかな。元気がなさそうだから、そっとしておこうかな。」)

「あなた、おかえりなさい。晩御飯できてるわよ。今持ってくるから、ちょっと待っててね。」

 母はそういうと、急いで台所へ向かった。

 父は食卓に座るが、まだ下を俯いている。顔色が少し青くなり、具合が悪そうであった。

 (「さっきから、お父さんの様子がおかしいな……。いつもより静かだし、俯いたまま顔を見てくれない。」)

 「お待たせ。今日は牛ステーキが安くなってたから、思わず買っちゃった笑。きっと美味しいから、早く食べましょ。」

 母は肉が安かったことが、よほど嬉しかったのか、満面の笑みで家族に話しかける。

 「ステーキだぁ!やったね、ちょうどお肉食べたかったんだ!」

 母が喜んでいることもあり、和樹もテンションが上がる。

 しかし、父だけは俯いたまま顔を上げない。石のように、全く動く様子がない。いつもは家族と楽しげに話をする父であったが、今日は様子がおかしい。口を開く気配も無かった。流石におかしいと思った母が尋ねる。

「父さんどうしたの?今日は元気がないようだけど……。何か嫌なことがあったの?」

「まあ……そんなとこだ。」

 口をあまり開かずに喋り始めた父。一言喋り終えると、また黙ってしまった。

 母が気を使い、話し始める。

「嫌なこともあるわよね。せっかくのステーキだし、いただきましょ。」

 ステーキも早く食べたいが、父のことも心配な和樹。父の様子を伺いながら、ステーキを切り分ける。一口サイズに切り分け、ステーキを口に運ぶ。和樹の口内が肉の甘さとステーキソースの味で満たされる。

 「このステーキ、めちゃくちゃ美味しいね!」

 「よかった。買ってきた甲斐があったわ。いっぱい食べてちょうだいね。」

 「父さんも食べてみてよ!」

 和樹が無邪気に言うと、父が静かに反応した。

 「ああ、そうだな……。」

 口を開いた父であったが、ステーキを食べる気配はなかった。

 父を心配する和樹。和樹からも笑顔が消えていく。ステーキを食べてみるが、先ほどよりも味がしなく、肉が味のしないガムのように感じてしまう。流石に母も心配をしたのか、父に尋ねる。

 「あなた、ステーキ食べないの?美味しいわよ。具合でも悪いの?」

 しばらく間が空いた後、父が重い口を開いた。


「明日、会社を畳もうと思う。」

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半生〜絶望の先にあるもの〜 @kimkim417

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