Re:愛ちゃん。

木田りも

愛ちゃん。

 小説。 Re:愛ちゃん


 わー!!!!!


 僕は怖い夢を見た。今日は8月の13日。夏休みの真ん中。いわゆるお盆。田舎の祖父母の家に家族で出かける日。昨日、お父さんとお母さんとケンカしたせいで着いたら1人で寝なくちゃいけない。あぁ、嫌だなぁなんて考えていると、不機嫌そうな顔をしたお母さんが

「行くよ」

とだけ言って家から出て行く。僕は携帯ゲーム機と、少しのお金をいつも使ってるリュックに入れて車に乗り込んだ。いつも祖父母の家に行く時は音楽をかけ、良い気分で行くのだが、昨晩の喧嘩のせいで重苦しい空気のままエンジンがかかる。なんだか目がシパシパする。寝不足だろうか、そりゃそうだ。怖い夢を見たせいだ。目薬を刺し、ゲームの世界に籠る。車の中でするゲームは酔ってしまう。早々に続ける気をなくし、ぼんやりと外を眺めていたが、やがてこの重苦しい空気に耐え切れず、どうせ、祖父母の前では気を遣わなければならないから早々に寝ることにした。


 祖父母とは仲が悪いわけではないが、特別良いというわけでもない。そもそも年に1回くらいしか会わないのだから、仲良くなるにも限度がある。僕は成長した姿を見せにいくことが大事だとは思うが、祖父母は僕に対して過度に期待しているように感じる。雰囲気がそんな空気を醸し出している。僕は、そんな祖父母がなんとなく苦手だった。

 どれくらい寝たのかわからない。夕方。辺りには大きい建物はなく、田園が広がっている。間もなくして、祖父母の家に着いた。

 祖父母の家はそこまで広くはない。2階建てで、周りには家もなくポツンと建っている。田舎あるあるだ。祖父母はいつものようにこちらが鬱陶しくなるほど、元気に出迎えてくれた。僕たちが苦笑いをしていると、運転が疲れたのか、お父さんはご飯も食べずに、早々に自室であろう場所へ向かい布団に入った。父の実家なので、許されるだろう。お母さんは、すいませんすいませんと言いながら私と一緒に居間へ向かった。

 ご飯が山のように山盛りで、食べ切れないくらいのものがある。毎年そうだ。山の幸をふんだんに使った天ぷら。温かいご飯。祖母は料理が美味いから僕もたらふく食べた。みんなはビールを飲んでいる。祖母には僕が1人で2階で寝ることを伝えると、少し寂しそうな顔をして、


時計が壊れてるから気をつけてね、


とだけ言った。僕は田舎に来てる時点で時間など気にしてないから、聞き流していた。

 ここは、祖母の部屋だったらしい。僕はゲームをやっていたが携帯ゲーム機の充電もあまりなく、充電ケーブルも忘れたからすぐにやめた。この部屋には色々と古いものが置いてある。蓄音器だったり、人形だったり。不気味だ。だが、毎年、この部屋を訪れているので、一種の愛着のようなものまである。祖母からいろんなことを教えてもらった。蓄音器の使い方だってわかるし、人形には、

「愛ちゃん」

という名前までつけられている。この家の守り神みたいなものなのだろうか。今度、祖母に聞いてみよう。何も怖いことはない。僕は蓄音器を使用し、音楽を流す。「G線上のアリア」がところどころ切れ切れで流れる。レコードが擦り減っているのだろうか。これを最後に聞いたのは確か小学校の卒業式。証書を貰う時に流れていた。あれから2年かぁ〜…………


気がつくと、僕は寝ていた。蓄音器が流れ、愛ちゃんという人形がいる部屋で。

ぴぴぴ。

 うめき声で目が覚めた。正確にはうめき声は聞いていないけど、僕はうめき声で目が覚めたと思う。時計は深夜2時52分を指している。深夜2時は丑三つ時なんて言うけど、もうすぐ終わる。3時になれば何もないから怖くない。そう思えば安心なのだ。あと8分。蓄音器からは、相変わらず途切れ途切れの音楽が流れている。愛ちゃんも変わらずこちらを見つめている。僕は寝起きのボーッとした頭でいろいろと思考を巡らせた。あぁここは、自宅じゃないんだ。そうだった。ゲームの充電ないんだよなぁ〜。あ、お母さんとかは下にいるのかな。てか、あのうめき声は絶対お父さんだった。酔っぱらうとすぐあんな声を出す。仲直りしたのかなぁ。あれ?でも、変だな。夜、確か、誰かこの部屋に入ってきて、蓄音器を止めてた記憶がある。

え?そういえば、愛ちゃんは僕を見てたっけ?

 そう思って、愛ちゃんを、もう一回見る。愛ちゃんは、こちらを見ていない。あれ?寝ぼけてるのかな。時計を見ると時間は1分も進んでいない。1分の間にここまで思考を巡らせたわけではない。そういえば、時計が壊れているのだ。秒針が動こうとして動けず微かに擦れる音がする。それに気づいた時、僕は蓄音器を止めた。

静寂と沈黙。その狭間からいびきが聞こえて来る。あれは、お母さんだ。どことなく不安になり1階に逃げようとして入り口のドアを開けると、目の前に祖母がいた。

「うわぁ!!!!なんだよ、やめてよー。」

祖母は何も喋らない。ただ、ぶつぶつと、虚ろな顔で、

時計を……時計を……

って言っている。

「時計がどうしたの?」

って聞いたら祖母は

「愛ちゃんが壊しちゃうの。」

ってはっきりと僕の目を見て言った。僕は後ろを振り向くことができず、扉を閉めて、1階へ向かう。その間も祖母はその場に立ち尽くしたまま、時計を……時計を……ってぶつぶつと呟いている。

1階の居間でお母さんが寝ていた。お父さんはどうやらトイレにいるらしい。電気が点いている。あのうめき声はきっと、吐いてるんだな。僕がこんな怖い思いしてるのにあのお父さんは……って思う。お母さんを揺すっても全く起きようとしない。

この辺りで、あ、なんか変だなって思っていた。再び2階から、蓄音器の音が聞こえ始めた。耳から聞こえる音と体内で聞こえている音楽がズレている。時計の音が大きく聞こえる。しかし、1階には時計がない。ありえないのだ。右を見る。👀

黒いアウターがある。ハンガーに掛かっている。あれはお父さんが着てたものだ。ん?なにか違和感がある。目をこすりもう一度みる。ハンガーだと思っていたものはロープで、そこにお父さんが吊るされていた。

おかしい、おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。
お父さん!!お父さん!!!

右を見る。👁👁

祖父がいる。
祖父はテレビを見ているようだが、テレビは砂嵐。今まで砂嵐の音は聞こえなかった。意識すると、砂嵐の音が大きくなる。いや、そうではない。祖父がテレビの音量を上げている。

ざーーーーー、ザーーーーー
ザァザァザァザァザァザァザァザァザァ!
ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
ザ座ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ!

「どうしたの?!!!」

っは!


目が覚めると2階の部屋だった。携帯ゲーム機の充電が切れていて、蓄音器は止まっている。愛ちゃんも変わらずそこにある。目の端で確認するので手一杯だったけど。
時計を見ると、朝の6時のようだ。光が射していて、それがどことなく幸せな光だった。
 
1階からは祖母が料理している音が聞こえる。私も1階に降りる。

そこにはみんながいて、いつも通りだった。

父も母も仲直りしたみたい。笑顔の日常。テレビからは、いつものようにニュース番組の声が聞こえる。これがきっと普通なんだね。祖父は耳が悪いからさらにテレビの音量を上げ始めた。ちょっと鬱陶しい中、そのうるささの中に何かを感じた。

ふと、耳を澄ます。

体の奥底からまたあの砂嵐が聞こえ始めた。
気のせい、気のせいだ。

でも、音がどんどん大きくなって、止められなくて、瞬きしたら、あれ?

1階の居間には誰もいなくなった。
ただ砂嵐の音がひっきりなしに聞こえていて、僕はここにいてはいけないと思って2階に逃げる。

2階に行くと、祖母がいた。

時計を……時計を……

時計は逆向きにありえないスピードで進み始め時計は2時52分を指して止まった。

僕は怖くなり、家から逃げようとした。どこにも逃げられない。祖母が追いかけてくる。僕は玄関に追い詰められた。玄関が何故か開かない。祖母が追いかけてくる。僕はへたり込んでしまった。祖母が追いかけてくる。祖母が追いかけてくる。祖母が追いかけてくる。祖母が目の前にいる祖母が目の前にいる。ひたりひたりと近づいて…

僕の首に手をかける。首に手をかけられる違和感、異質感。不快、手が冷たい、手が冷たい。瞬きをする。

どうしたの!?

っは!!!!

 テレビの音と料理が目の前にあった。テレビからはニュースが流れる。山盛りの料理があって、僕はもうなにがなんだかわからなくなった。その場に馴染もうと気にしないふりをしながら、ご飯を食べる。食べ終えると、僕はもう2階にいけなくなった。祖母とゆっくり話をすることにした。久々にゆっくり話をして、近況も報告した。中学に入り難しい勉強をしている話や、新しい友達ができたり、それでも喧嘩してしまったりすることも増えてきたこと。祖母には自我が、芽生えてきたからだよって言われたけどまだ何のことだかわからなかった。僕は祖母と久々にこんな風に話した。祖母はたくさんの笑顔を見せ、そのうちに、なにやらこの家の空気もよくなった気がした。

 次の日、僕は2階に置いていたリュックを取りに行った。愛ちゃんはいつもの場所にあって、蓄音器とか、他のものもいつもの場所にある。携帯ゲーム機をリュックに閉まって、僕は部屋を出る。時計も普通だった。こうして、普通に帰る。祖父母とはこんな風に1年に1回しか会ってない。これからもしっかり会わなければ。僕はそう胸に誓って家に帰る。帰りの車ではいつのまにか寝ていた。

 家に着き、自室に戻る。ゲームを充電するため、リュックの中身を開ける。そこに愛ちゃんがいた。愛ちゃんはとっても笑顔だった。愛ちゃんの手が動いて僕の目を瞬きさせる。

砂嵐。

黒いパーカー、お父さん
G線上のアリア。
祖父がいる。
視界がぼやける。暗い。暗い部屋。

首、冷たい冷たい、冷たい……

砂嵐の音が大きくなり、

祖母が来た。

「時計を……時計を……」

 僕は気がつくと2時52分のあの部屋にいた。
愛ちゃんは相変わらず僕をじっと見ている。

祖母は僕にどうなって欲しかったのだろうか。

未だにわからないまま、この部屋からも抜け出せないまま。


お終い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Re:愛ちゃん。 木田りも @kidarimo777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画