その32 親友VS彼氏

『よっと……』

『羽鳥さん! もしかして、水槽の水を替えにいくの?』

『はい』

『それなら、僕に任せて』


 王子先輩は、水槽を抱えた私の隣に颯爽とやってきて、腕まくりをはじめた。

 ほどよい筋肉のついたしなやかな腕に、少しだけ見とれてから、ハッと我にかえる。


『別に、このぐらい自分でできますよ。今までもやってきたことですし』

『良いんだよ』


 彼は、すんなりと私から水槽をさらって、にこりと微笑んだ。


『運動会の時は情けない姿を見せちゃったけど、これでも男なので。女の子の君よりは力持ちだと思うし、羽鳥さんにはもっと頼ってほしいぐらいなんだけど?』


 ドキリ。

 またもや、不意打ちをくらってしまった。

 とろけそうにやさしい笑顔を直視できず、反応に困っていたところで、思わぬ救世主が現れた。


『はーい、ストップ~~~~!』


 るりだ。

 彼女は、弾丸のように背後から私に飛びつくと、宣戦布告とばかりに王子先輩をバシッと指さした。


『良いですか、王子先輩』

『坂本さん? そんなに意気込んで、どうしたの』

『佳奈と先輩が付き合ってから、そろそろ二週間が経つわけです』

『ん? ああ、そうだよね。幸せすぎて、あっという間だったなぁ』

『あたしも、最初の内こそ、幸せそうな二人をニヤニヤしながら見守っていましたが、そろそろガマンの限界です! 先輩の目には入っていないかもしれませんが、生物部には、あたしとメガネもいるんですよ!? ところかまわず、佳奈とイチャイチャしようとしないでください!』

『い、いちゃ……!?』


 思わぬ流れ弾をくらって、じゅっと頬が熱くなる。

 対する王子先輩はどこ吹く風。水槽を抱えたまま、突然、盾突いてきたるりを平然と見下ろしている。


『うーん。坂本さんはそう言うけれど、これでも、だいぶ節度は保っているつもりだよ? 本当は頭をなでたり、抱きしめたりしたいところだけど、ものすごくガマンしているんだから』

『ごほっごほっ』


 えっ。先輩、爽やかな顔の下で、そんなこと思ってたの!? 

 衝撃の告白に、脳みそがゆだりそうだ。


『たしかに、その涙ぐましい努力は伝わってきています。……ですがっ! 先輩が佳奈を見つめる時の『恋してます!』って感じの瞳! 全身から溢れ出る大好きオーラが、もう、なんていうかダメ!! 見ているこっちの方が胸焼けしそうです!!』

 

 そろそろ泣いて良いかな?

 恥ずかしすぎる。恥ずかしさが限界突破して、私の心臓のライフはもうゼロだ。


『同感だ。今この瞬間、初めて、坂本くんと意見があったよ』


 それまで何食わぬ顔でヤモさんに餌をやっていたメガネくんにまで、横やりをいれられる始末。


『うーん、それは仕方がないことだよ。だって、羽鳥さんと一緒にいると、好きだなぁって思っちゃうんだもん』


 先輩から心臓をダメにするとどめの一撃をくらって、よろよろと床に崩れ落ちそうになったところで、るりが思わぬ発言をした。


『彼氏になったからといって、いきなり調子に乗らないでください! あたしと佳奈の間には、ぽっと出の先輩なんかよりも、なが~~い歴史と絆があるんですから!』

『うわぁ、否定しきれないところが悔しいな……。それで? 坂本さんは、なにが言いたいの?』

『恋人になった程度で、佳奈を独占できると思ったら大間違いだと言ったんです! ねえ、佳奈?』


 私は、親友のこの瞳を知っている。

 強い意志を感じる瞳。 

 一度こうと決めたるりに、逆らうことなんてできやしないんだ。

 怖いからじゃなくて、自然と、言うことを聞いてあげたくなっちゃうから。


『うん』

『やったー! とゆーわけで、あたしは今から、佳奈とデートにいってきます!』

『はあ!? ずるいよ!! 僕だって羽鳥さんとデートしたいのに……っ!』

『ふふん、良いでしょう。せいぜい悔しがってください』


 今にも地団太を踏みそうな勢いで悔しがっている王子先輩に、得意げな顔をして胸をそらす、るり。大きな小学生が二人もいるみたいだ。もう、どこからつっこめば良いのかわからない。


『坂本くんはバカなのか!? 神聖な生物部の活動を放り出し、遊びに行くなんてありえない! ましてや羽鳥くんも連れ出すだなんて、言語道断!! 一瞬でも君と気が合うだなんて思った僕がバカだったよ!』

『ほら、佳奈。メガネの馬鹿はほっといて、早く行くよ! あたし、ずーっと気になってたお店があるんだ~』

『あっ。でも、あの子たちに、餌やりをしてからじゃないと』

『そんなん、この二人に任せておけばいーじゃん。メガネも先輩も、今日ぐらい良いでしょう?』

『『ええっ!?』』

『あれぇ? 先輩、愛しの佳奈からのお願いを聞けないんですか~~?』


 意地悪く笑うるりに、王子先輩はなぜかぐっと言葉につまった。

 いささか強引だったにせよ、るりの言い分も分からなくはなかった。

 先輩と付き合いはじめてから、彼女と過ごす時間が減ってしまったのは事実だ。

 るりだけでなく、メガネ君まで同意するほど、私達が浮かれてしまっていたことも。 

 今日ぐらいは、かわいい親友に加担してあげても良いのかも。


『先輩、メガネくん。私からもお願いです。今日は、この子たちのお世話をお任せしても良いですか?』

『ぐぬぬ……。羽鳥くんの頼みなら、仕方あるまい』

『かわいい羽鳥さんの頼みはなんでも聞くけれど、代わりに、今度は僕ともデートをしてね』

『よーし、言質はとった! じゃ、二人とも、あとはよろしくね~~!!』

『ちょ! 坂本くんの強引な振舞を許可したわけじゃないからなー!』


 ――と、そういう経緯があって、今に至る。 

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2025年1月10日 07:00
2025年1月11日 07:00
2025年1月12日 07:00

学園の王子様な先輩はなぜか恋がわからないわたしにご執心です 久里 @mikanmomo1123

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