その31 だって、彼女持ちになったから
「そんなことよりも先輩」
「ねえ、ここで話をそらすの!? ひどくない? けっこう勇気を出して言ったんだよ!?」
「先輩は、風邪ちゃんと治ったんですか? お見舞いにいった時、だいぶ苦しそうでしたけど」
平静を装いながら、強行突破で話題を変える。
……これ以上この話を続けたら、負けが目に見ているし。
「ああ~! そういえばさ、あれ、やっぱり夢じゃなかったんだよね?」
「は?」
「僕が寝込んでた日のこと。あの日は、風邪で意識が朦朧としていたっていうのもあるんだけど、羽鳥さんが現れた時は、君に会いたすぎて夢でも見てるのかと思ったよ」
くっ。
せっかく話題を変えたのに、またもや、顔が熱くなるような台詞を平然と口にする!
「もお! 先輩は、どうして恥ずかしいことばかり言うんですか!?」
「ええっ!? だって、全部ほんとのことだからっ」
先輩の真っ直ぐな言葉は、正直、とても心臓に悪い。
そわそわと落ちつかなくて。でも、決して嫌なわけじゃない。むしろ……本当は、嬉しい。そんな風に思うんだから、だいぶ彼に脳みそをとろかされている気がする。
それこそ、恥ずかしすぎて、本人には絶対に言えないけれど。
「ちなみに、どうして僕の家の住所がわかったの?」
はっ! そういえば、まだ、その話をしていなかったっけ。
「言っておきますけど、私は決してストーカーをしたりはしていませんからね?」
「疑ってないよ。まぁ、たとえそうだったとしても、羽鳥さんなら大歓迎だけど」
「そこは普通に引いてほしいところですけど」
「そうかな。というかさ、ストーカーってわりとよくあることじゃないの? 勝手に後をつけられちゃうから対策のしようもないんだよね」
「えっと、ごめんなさい。人生で一度もありません。先輩はつくづく大変な世界を生きているんですね」
王子先輩の話を聞いていると、誰にも邪魔されずにひっそりと暮らせることや、注目されないことにもありがたみを感じる。
私にとっての当たり前は、誰かにとっての当たり前じゃない。
理屈では分かっているつもりだったことを、本当の意味で知る。
これも、王子先輩を好きにならなかったら、実感しなかったかもしれないな。
「あぁ、そっか。でも、それを聞いて安心したな。羽鳥さんには、怖い思いなんてしないで生きてほしいから」
「先輩は私に甘々ですね」
「うん。大好きだよ、羽鳥さん!」
「…………」
「スルーはやめてくれる?」
「先輩にとって、もう少し、生きやすい世界になってほしいです。先輩のせいじゃないですし、難しいのかもしれませんけど」
照れ隠しで、遠まわしな言い方になってしまった。
だけど先輩は機嫌良さそうに微笑んだ。
「ありがとう。でもね、これからは、以前よりはマシになっていくと思うんだ」
「そうなんですか?」
王子先輩は、意味ありげに、じいっと私を見つめてきた。
それから、にこりと幸せそうに笑った。
「うん。だって、彼女持ちになったから」
身体の真ん中に火を灯されたみたいに、全身でドキッとした。
「え、えと……そう、ですね?」
「ふふ」
「あ、あんまり、見ないでください」
「どうして?」
「どうしてもです!!」
「えーっ? 相変わらず、羽鳥さんは僕に冷たいなぁ」
今は、少し前までと違って、本当にうっとうしく思っているわけじゃない。
単に、恥ずかしくて素直になれないだけ。
想いを自覚した直後は若干ハイになっていた気がするけど、冷静になると、恋人らしいやり取りにはまだまだ慣れないことが多い。
「まぁ、そんなところも好きだけどね」
「……ありがとうございます」
「目、泳いでる。もしかして照れてるの?」
「っ。うるさいですよ!」
「怒らなくても良いのに」
言葉では拗ねているけれど、口角はどことなく上がっている。上機嫌そう。
私を見下ろす瞳はやさしさに満ちていて、なんだか、そわそわとする。
「なんだかすごく幸せだなぁ」
「急にどうしたんですか?」
「んー? こうして君と一緒に帰れることがすごく嬉しいんだ」
もう、降参! とばかりに心臓が音をあげそうだったけれど、このままやられっぱなしはなんだか悔しい。
だから、なんとかこらえて、先輩を見つめかえす。
「そうですね。私も、先輩と並んで歩けること、嬉しいと思ってます」
この後、ゆでだこみたいに赤くなった先輩が、少し経ってから「ねえ! 今の、もう一回言って!!」としつこかったことは言うまでもない。
***
「うひゃー! 生クリーム山盛り!! ここのパンケーキ、一度は食べてみたかったんだよねぇ」
るりは、カフェの店員さんが運んできた名物パンケーキを見るや、大きな瞳をきらきらと輝かせた。
ピンク色のカバーをつけたスマホを手に、すかさず写真を何枚も撮りながら、「後で真ちゃんに自慢しよー」とニコニコ。
今日は、るりのお誘いで急遽、高校近くで最近話題のカフェにやってきた。
本当なら、生物部の活動日だったんだけど……。
なんでこうなったのかといえば、時は、今から一時間ほど前に遡る。
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