後日談 ハッピーバレンタイン

その30 放課後デート

「羽鳥さんっ!」


 その凜とした声が一年三組の教室に響いた瞬間、クラスメイト全員の視線が、教室へ顔をのぞかせた王子先輩と私へ向いた。

 うっ、すごい注目度……。

 気恥ずかしさと、若干のいたたまれなさを感じながら、そそくさと先輩の下へと向かう。


「授業、お疲れさま! もう一緒に帰れるかな?」

「お疲れさまです。それは大丈夫なんですけど……なぜ、教室まできたんですか?」

「えっ? それはもちろん、一刻も早く羽鳥さんに会いたかったからだよ」


 っ。

 ダメダメ、ときめいてる場合じゃない!

 不自然に押し黙った私に、先輩の表情が、みるみる曇っていく。


「えっと……ダメだった?」

「ダメ、とまではいわないんですけど……」


 言葉を区切り、教室内へと視線を戻す。


「この目で確認するまで信じられなかったけど、王子先輩と羽鳥さんって、ほんとーに付き合ってるんだねぇ」

「まさか、学校一のモテ男がうちのクラスの羽鳥さんに落ちつくとは……。いやぁ、予想外すぎてビビるけど、あれはガチ恋っぽいね!」

「マジの恋だよ! ねえ、先輩が羽鳥さんにむけてた笑顔みたぁ!?」

「みたみた……! 王子先輩ってさ〜、あんなにやさしく笑うんだねぇ。今までも完ぺきな麗しさだと思ってたけど、あんなの間近で見たら絶対キュン死にする! 男子でも恋に落ちるでしょ」 


 ダメだ……っ。

 とても恥ずかしい! その会話、ぜんぶこっちにまで筒抜けなんですけど!?

 王子先輩は、目立つ。

 誇張でもなんでもなく、まだ教室に残っている全員からの視線を感じる。

 先輩とお付き合いするからには、避けて通れない問題だとわかってはいたことだ。彼に目立つなと言うのは、呼吸をするなと言っているのに等しいわけだし。 

 でもっ、今まで教室の隅の方で目立たず生活してきた身からすると、どうしても落ちつかない……!


「というわけではないけど?」

 

 きょとんとしている先輩に、背伸びをして、こそこそと耳打ちをする。


「……この会話、注目されすぎているので。とりあえず、ここを離れましょう」


* 


「今日は冷えるねぇ」

「もう一月ですからね」


 高校から駅までの道を、二人、肩を並べて歩く。

 先輩が、黒いマフラーに顔をうずめた。

 寒さからか、白い頬はほんのりと赤みを帯びている。

 伏し目がちの瞳から伸びる、長いまつ毛。すっと通った高い鼻。

 中性的な見た目なんだけど、身体つきは意外と男の人らしいんだなぁと抱きしめられた時に感じて……って、私ってば、何を思い出しているんだろう!

 今更だけど、先輩って、本当に整った容姿をしているな。

 以前の自分が『だからなに?』としか思っていなかったのが、今となっては信じられないくらいだ。

 先輩は、世界で一番かっこいい。

 今の私の目には、そう見える。


「羽鳥さん? ええと……僕の顔に、なにかついているかな?」

「はい。今更なんですけど、先輩って、ほんとにかっこいいですよね」

「ごほっごほっ。え? いきなり、なに? 羽鳥さん、もしかして熱でもあるの!? もしかして僕が風邪をうつしちゃったとか!?」

「いたって健康ですよ。そもそも、先輩はそんなこと言われ慣れてるでしょう?」


 予想外に驚かれてしまい、こっちまでビックリする。

 先輩は、かっこいいなんて言葉、今までの人生で耳にタコができるぐらい聞いてきただろうに。


「いやいや、驚くに決まってるじゃん……! だって、羽鳥さんが、僕のことをそう言ってくれたのってたぶん初めてだし」

「そういえば、口にしたことはなかったかもです」

「えっ? ……ってことは、今までも心の中ではそう思ってくれていたってこと!? それっていつごろから?」

「ええっと……。先輩のことを好きだなぁって思いはじめてから……?」

「ふーん。へえぇ、そうだったんだぁ」


 ニコニコと幸せそうに相づちを打たれて、じわじわとお腹の底がむずがゆいような感覚。今更だけど、先輩の口車に乗せられて恥ずかしいことを口走った気がする! 


「それで? いつから僕のことを気になってくれていたの?」

「ええと……それも言わないとダメですか?」

「教えてほしいなぁ。羽鳥さんには、散々塩対応でかわされてきたしね」

「……ごめんなさい、その自覚はあります」

「じゃあ、教えてくれる?」

「わかりました。うーん……、意識しはじめたのは、冬頃ですかね。かめきちのことで慰めていただいたあの日ぐらいから、もうずっと、先輩のことしか考えられなくて……って、いや、それはちょっと大げさだったかも! もうこの話は終わりにしましょう!! ……なんか、恥ずかしいです」


 彼は、目を丸くした。

 それから、照れたように頬を真っ赤に染めた。


「やばい。……めっちゃ、ときめいた」

「な、なんですかそれっ」

「これでも、不安に思っていたんだよ。あの日は、状況が状況だったとはいえ、付きあってもないのに抱きしめたりして大丈夫だったかなって悩んだりもしたし……」

「えっ。そうだったんですか?」


 なにそれ、聞いてない!

 先輩は女の子の扱いに慣れていて、だからあの行動にも大した意味はないんだろうなって思っていたのに……。ダメだ。同じように悩んでいたことを知ったら、また胸がぎゅうっと締めつけられる。


「うん。それにね、かっこいいって言われて、心の底からうれしいと思えたのは初めてかも。好きな子に言われると、こんなにも特別で、ドキドキするものなんだね」


 噛みしめるように言って、先輩が、やさしく笑うから。

 こっちまで、心臓がドキドキと高鳴ってしまう。顔まで、熱いぐらいだ。

 先輩を好きになってから、私の心は、ずいぶんと自己主張が激しくなった。

 なんだか調子が狂うなぁ。

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