問答
まさつき
問答
私が夫と娘の三人で、私の実家に帰省した時の話です。
夏の日でした。
月の赤い夜でした。
深夜にひとりでトイレに行った娘が、奇妙な音を聞いたと言って怯えた様子を見せたのです。
最初は風の音でも聞き間違えたのではと、なだめていました。
でも娘は「違う違う」とあまりに怖がります。
その夜は娘を自分の布団で寝かしつけ、夜を明かしました。
次の日の夜、私は夫に娘の側にいるよう頼むと、昨夜の娘と同じ時間を見計らい、トイレに行ってみたのです。
板張りの床をきしきしと音をたてながら歩くうち、やはり娘は何か聞き間違いをしたのではないかと、思い始めたその時。
奇妙な音が、聴こえてきたのでした。
かさかさ、ひそひそ、もしもし、かさかさ……と、草木が揺れて掠れる音に紛れて人の声らしきものが混じって聴こえる。
それが私を呼んでいるような気がして、思わず「はい?」と返事をしました。
すると奇妙な音は、ピタリと止まったのです。
やはり空耳だったと私は安心して布団に潜り、朝を迎えました。
翌朝、不思議な出来事を笑い話のつもりで両親に話しました。
すると笑うどころか、父母の顔は蒼白になったのです。
「月は赤くなかったか?」と、母に聞かれました。そうだと答えると、手にした湯呑からお茶をこぼすほどに体を震わせます。
私はようやく、何か恐ろしいことが起きたことを知ったのです。
いったい何が起こるのかと母に尋ねると、
「お前は娘を差し出すことに『はい』と答えたのだ」と言いました。
でも父は「まだ助けられる」と諭しました。
「もう一度今夜、声と問答をするのだ。どんな問いにも『はい』と答えなくてはならない」と私に伝えると、両親は慌ただしく家のあちこちにお札を張りつけ、塩を盛りました。
夜になり、私はひとりで縁側に座りその時を待ちました。
雲間から月の赤い光が差し込むと、ふいに問答する声が聞こえてきました。
「お前の名は
「はい」
「娘の名は、
「はい」
次々訊かれる問いに、淡々と「はい」とだけ答えます。
簡単でした。全部本当のことを聞かれていたからです。
こんな調子で娘が助かるのなら容易いことだと、私が安堵したときでした。
「娘の父の名は、
忘れていた名を聞いて……背筋が冷たくなりました。
思わず「いいえ」と答えて――。
「ぎゃあぁぁぁーっ」と、娘の悲鳴が聴こえました。
すると奇妙な音は、ピタリと止まったのです。
<了>
問答 まさつき @masatsuki
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