第4話 犯人はおまえだ!!

 西棟の1階にある貯蔵庫の扉を空ける。日持ちする食料品をはじめ、石鹸や蝋燭などの消耗品が整然と並んでいた。

 入り口からすぐの棚に視線を向けると、違和感が襲う。

「あれ? あれ?」

 これ以上変な娘だと思われたくないのに、唇からスルリと出てしまった。


「ウェルノ嬢は、何か気がついたのか?」


「あっ、い、いえ」

「間違っていてもいいんだ。言ってくれ」

「あの、えっと……。何か雑然としているように感じただけで、勘違いだったかも……」


 「そんなわけが!」とアイーダの鋭い声が聞こえた。

「アイーダ。見てくれるかい?」


 人の間を縫うようにして、貯蔵庫に踏み入れる。

 扉一枚しかない入り口に、大勢集まってしまっている。誰もが容疑者と言われたら、自分が犯人にされてしまう可能性だってあるのだ。どんな結論が出されるのか、気が気ではなかった。


「も、申し訳ありません!!」

 慌てて、棚のものを入れ換えていく。左右の棚のものが混ざってしまっていたようだ。


「メイド達のせいではないよ。事件が関わっていると思うんだ」


「テオドール殿下!! こちらを、ご覧ください」

 ニコラスがローチェストの前に膝をつき、厳めしい顔をする。

 王弟殿下が一番上の引き出しの鍵穴を指でなぞり、「そういうことか」と呟く。


「さぁ、謎を解き明かそう」

 ブロンズの髪を掻きあげ耳にかけると、口角を上げ不敵に笑った。

 ゾワッとするほどの威圧感に、悪魔ですら逃げ出しそうだなと、王弟殿下を見つめていた。


「昨晩、マリアは夜の見回り当番だったね。もちろん貯蔵庫の前も通っただろう。物音に気がついて中を見れば、ある人物が金庫を漁っているのを見つけたんだ」


 声をかけたマリアは、証拠隠滅のために殺されてしまった。そのとき棚の物は落ち、後で犯人が適当に戻した。凶器は、紐のような細長いもの。メイドのエプロンの紐のようなものなら、手近なところで調達できる。


「衝動的に殺してしまった犯人は、マリアの遺体を隠さなければならない。よく庭を見ている犯人は、倉庫裏に人が近づかないことを知っていた。死体を完璧に隠せなくても、時間が稼げればよかったんだろう。それを、ウェルノ嬢が朝早くに見つけてしまった」


「では、ウェルノ嬢は犯人ではない……」

「時間稼ぎのために隠した遺体を、自分で見つけるなんて、矛盾してるよね」


「ですが、容疑者から外れるために」

 ケネスが呟けば、全員の視線がブルーベルに集まる。どこまでいっても、悪魔つきが怪しいのだろう。


「それよりも怪しい人物がいるだろ。アイザック、この罪は償ってもらうよ」


「なっ! 何を根拠に!!」

 急に大声を出すので、驚いてアイザックを見れば、顔を歪めて王弟殿下を睨み付けていた。


「遺体を運ぶとき、どこを通ると思う?」

「それは、階段裏だろ!?」

「あそこを開ければ、ドアベルが鳴り響く。エントランスのドアを開いても同じだよ。出入りしたのは、窓だろうね。その証拠に、君が使っている椅子の足跡が、窓の外に残っている」


 外で見た四角いへこみのことだ。無造作についているように見えたが、三本足の椅子を数回移動させたと言われれば、納得してしまった。四本足の椅子では、あんな跡は残らない。


「あんな椅子なんて、どこにでも!! それに、昨日はたまたま廊下に出してあったんだ!!」


「どこにでもあるだろうか? ケネス?」

 急に話を振られて、ケネスは少し考える仕草を見せた。

「あれは、海を越えた先の帝国で良く見るデザインです。輸入品でしょう。王弟殿下の邸宅では、あれ一脚しか見ておりません」


「食堂にも椅子はある。それなのに、わざわざ2階からもってくるのは、おまえしかあり得ないんだ」


 王弟殿下の一言で、男の使用人が動いてアイザックを拘束した。


「俺は、パーキンス侯爵家だぞ!! おまえなんて、臣下降下したら、ただの平民だ!! 平民が俺に狼藉を働いて、ただで済むと思うなよ!!」


 連れていかれる間、大声でわめき散らしていた。


「彼の写実能力には期待していたんだがな。残念だよ」




 ◇◇


「まずは、この前の殺人事件のことから話そう」

 事件から2日後、ブルーベルとケネスは、会議室で王弟殿下と向かい合っていた。


「パーキンス侯爵の次男だが、侯爵の嘆願により、領地の屋敷に謹慎と決まったよ。人を一人殺しておいて謹慎だけとは甘い処置だが、仕方がないね。残念ながら、この国では命が平等ではないんだ」


 悔しそうに顔を歪めた王弟殿下は、「パーキンス侯爵は破産寸前だから、彼が路頭に迷うのが遅くなっただけだけどね」と付け加える。


「何か、聞いておきたいことは? 君たちは当事者だから、聞く権利はあるよ」


 ブルーベルは、おずおずと手を上げた。

「アイザックさんは、どうして引き出しを狙ったのでしょう?」

「当面の生活費が入っていたんだ。彼は、お金に困っていたようだよ。雇う代わりに、いい働きを期待していたんだけどね」


 ケネスも、チラチラとブルーベルを気にしながら口を開く。

「では、鍵はどうやって開けるつもりだったのでしょうか?」

「髪止めのピンだよ。コツはいるが、細いもので開けられるらしい」


 王弟殿下は二人の顔を見比べて、質問がでないことを確認すると、「じゃあ、結論から言おう」と、切り出した。


「君たち二人を、採用するよ」


 仕事内容を聞いていない。

「あの、何をすれば?」


「俺は、国王陛下兄さん王太子レオの密偵だよ。難解な事件や不可思議なことを解決して混乱を防ぐ。それに関しては、一定の権限も与えられている」

 国王陛下と王太子殿下を愛称で呼ぶほど仲がいいのだと理解する。


 しかし、ブルーベルは、悪魔つきだと噂される気味の悪い娘だ。


「ウェルノ嬢はそのたぐいまれなる観察眼を、ケネスは土地柄や名産などの幅広い知識を、俺のために役立ててくれないか?」


 ケネスは頷いたが、ブルーベルは素直に頷くことはできなかった。


「観察眼?」

「あぁ、君の観察眼は特別だよ。ちょっとした違和感にも気がつく。違和感の原因がわからないから、悪魔つきなんて言われてしまうが、それは俺が理由を考えよう」


「知っていたのですか?」

「あぁ、噂を聞いたときか会ってみたかったんだ。その観察眼を役立ててみないか?」

 まだ半信半疑ではあったが、王弟殿下の真剣な瞳に頷いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

第一発見者は怪しいって!?王弟殿下、助けてください!! 翠雨 @suiu11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画