第2話

 私は幼馴染みの田代雄一がずっと好きだった。家は隣同士で親同士も仲が良く、幼稚園の頃からずっと一緒に過ごしてきた。

 そして中学2年生になった今でもずっと気持ちは変わらない。



「おはよう、礼奈!」



 登校時に玄関を出たところで久しぶりに雄一に声をかけられた。少し驚いた。雄一は中学に入ってからサッカー部の朝練で先に登校するようになっていた。だから小学生の時のように一緒には登校することはほとんどなかったからだ。



「雄一、おはよう。久しぶりじゃん」

「まあね。実はさ」

「なに?」

「今週サッカーの試合があるんだ。で、礼奈も観に来ないか?」

「ふーん、誰も応援が来てくれないんだ?」

「ちがう! 初レギュラーで試合に出しもらえるんだ!」


  特に予定もないので承諾した。雄一はいかにサッカーの練習を頑張っているかを熱弁した。



「いいよ、行ってあげる!」



 ありきたりな会話をして学校に着いた私たちはそれぞれのクラスに入った。クラスは中学生になってから一緒になったことがなかった。

 

 雄一は整った顔立ちに身長も中学生にしては高く、何とかという芸能人に似ているとクラスメートの女子が話しているのを聞いた。友人も多く、周りに華があるタイプで私とは正反対だ。



 私と雄一が釣り合うとは思わないけれど、密かに期待する自分もいた。



***



 『恋愛成就の神社』でこっそり祈願したのは小学6年生の修学旅行、京都に行った時のことだ。


 私のような地味な人間は『恋愛』をいう言葉が苦手だ。本当に好きな相手がいても正直になれないし、他人に自分の恋心が知られるのも好まない。クラスメートたちが楽しそうにはしゃぐ姿をただ見つめるしかない。

 だけど恋に憧れる気持ちもある。


 そこの神社では『一般とは異なる祈願法』があるという。

 『闇祈願やみきがん』という方法らしい。

 ネットで見つけた時は少しばかりオカルト的な要素もあると思ったが、日暮れの時間から開始されるのでそういう名前がついただけのようだ。

 とにかく「御まじない」を試したい私は飛びついた。

 

 元々はきちんとしたやり方があるらしいが、かなり簡略さされたやり方が掲載されていた。ブログでも紹介されていたほどだ。

 

 簡単な祈願法だったから試してみた。



 小さめの布袋に好きな人の髪の毛を挟んで、自分の血液を数滴たらすというものだ。そして神社の敷地内の指定されたな場所に埋めるという。小さめの布袋は雄一のハンカチを利用した。元々、我が家には雄一の私物や忘れ物なんかいくつかあった。



 針で指先をつつき血液をしみ込ませたハンカチに雄一の髪の毛を包み、夕方に宿舎から抜け出して埋めに行った。


 

 ――『雄一と釣り合うような女の子になれますように』



 小学生の時の御まじないだけど、やっぱり中学生になっても雄一への気持ちは変わらないし、期待する自分は常にいた。

 


***



 同級生の篠崎ここあがサッカー部の試合に一緒に行きたいと言い出したのはその日の放課後だった。



 「礼奈ちゃん、あのね、私も雄一君の応援に一緒に行きたいな」


 ここあは優しい雰囲気を纏う誰からも好かれるキャラだ。私も比較的仲が良いほうだった。



 「いいよ、一緒に行こう」

 「雄一もここあちゃんに応援してもらえたら喜ぶよ」

 「本当?」

 「礼奈ちゃんって雄一君と仲いいよね。付き合っているの?」 

 「違うよ、家が隣同士だけだよ」

 「よかった」


 ここあも嬉しそうに微笑む。ここあは雄一の事が好きなんだとすぐ分かった。



 ――この時はその後の惨劇を予想する事も出来なかった。

 


***



――『助けて! 礼奈! どうしたらいいのか分からない』



 ラインで雄一から連絡を貰ったのは、サッカーの試合の終わった日の夜だ。時間は8時半。

 

 私とここあは、予定通り雄一の試合を応援に行った。そこまでは想定内であったがなんと、ここあは帰り道を送ってほしいと雄一にせがんだのだ。

 日が暮れるのも早かったこともあり、私の友人であることもあり、雄一は気を利かせてここあを自宅に送り届けると行って私の許から消えた。

 そして今、このラインが私に届いた。


――『どうしたの?』 



  とりあえず雄一に返信した。



――『今、裏山にいる』

――『裏山? なんでそんな所にいるの?』

――『たのむ、すぐ来てくれ 礼奈』

――『裏山のどこ?』


――「展望台のある所の裏の茂み』


(――裏山、展望台?)



 小学生の頃に雄一と一緒によく遊んだ場所だ。土地勘も充分にある。


 雄一の切羽詰まったラインが気になり、母親にコンビニに行くと適当な理由をつけて雄一が待つ裏山に向かった。街灯の明かりに照らされていたが展望台は人気ひとけがなく静まりかえっていた。



 

***


 

「礼奈! ここ!」


 茂みから雄一が中腰で立ち上がりこちらに手を振る。雄一のいる方向に向かうにつれて何やら嫌な予感が高まってきた。


 

(――――――!!!)



 地面に横たわっているのは篠崎ここあだった。だらりと弛緩して緩んだ口元からは唾液が垂れている。首周りが紫色の変色しているのは首を絞められているからか。 

 私の口から迸る悲鳴を抑えたのは、雄一の右手だった。



「礼奈、頼む、落ち着いてくれ!」

「……どうして? し、死んでるの?」

「……うん」

「雄一がやったの?」

「……うん」



 雄一の説明によると、篠崎ここあを自宅まで送るはずだったが、無理やりのような形で展望台に行くことになり、ここあに告白されたという。好きな人がいる、と断ると逆上されて乱暴されたと言い出し騒ぎ立てられたという。



「……つまり騒ぎを鎮めようとして気がついたら、首を絞めていたということなの?」

「うん 気が付いたらぐったりしていて、俺……殺人犯だ」

「……でも、元々は私がこの子を試合に連れて行ったから」



 私が篠崎ここあを試合に連れて行かなかったなら、雄一とここあは接点もなかったので出会うこともなかったはずだ。

 二人が出会うきっかけは私が作ったようなものだ。


 篠崎ここあにも悪い部分はあったかもしれないが殺されるのもあまりに気の毒だ。

 

 

 雄一と2人でここあの死体を眺めた。どうしたらいいのか。

 

 (――――――!!)

 

 突如、頭の中で何かが炸裂した。小さな炸裂が連鎖して大きな炸裂を起こし、今までの雄一との記憶、ここあとの記憶、修学旅行での「闇祈願やみきがん」の記憶が頭ぐるぐるとの中で混じり合った。

 


 ―――目の前の風景が歪んで見えた。

 

 地面に座り込み泣き出す雄一の姿を見て、私は当然のように言い放った。


 「――篠崎ここあを埋めよう」


 私の思考は歪んでいたと思う。



***



 展望台は私達が小さい時からよく遊んだ場所だ。中学生になってからは来なくなったけれど近隣情報はよくわかってる。そもそも防犯カメラなんかない。

 ここあのスマホから自宅の母親に帰宅が遅くなるとメッセージを送り、他のトーク履歴も閲覧し問題がないと判断した。電源を落としGPSを切る。

 少し離れた場所に清掃用の小屋があり、そこからシャベルを2本持ち出すと雄一と2人で裏山の人気ひとけのない場所に二人で穴を掘った。

 1メートル近く掘り、ここあを埋めて、最後に土をかけて地面をならした。



「礼奈、なんで助けてくれたの?」


汗だくになった雄一が私に尋ねた。


「雄一の事が好きだから。ずっと好きだった」

 


 自分でも驚くほど自然に告白できた。



 雄一が人を殺してしまったこの異質な状況さえも恋の成就に必要な状況であったとさえ思えるほどだった。



――恋の御まじないは成就したのかもしれない。




***



 俺、田代雄一にとって礼奈は「高嶺の花」だった。頭脳明晰で、学年首席の生徒会長で人望も厚く、さらに美人。同級生の何人もが告白してフラれていた。

 

 一方、俺は少しばかりスポーツができる以外なんのとりえもない普通の中学生だ。サッカーのレギュラーも2年生になってやっとなれたくらいだ。

 「幼馴染み」でなかったら、礼奈のような女の子と話すことも出来なかったかもしれない。



 ――俺はずっと礼奈に片思いしていた。



 だから、小学生の修学旅行で『恋愛祈願の神社』に行ったときに、自分も祈願してみたいと思った。だけどクラスメートの目もあり祈願なんかできなかった。


 『闇祈願やみきがん』の方法を知ったのは礼奈のスマホからだった。



 礼奈がスマホで熱心に記事を読んでいたのを知ってたから、俺も試してみた。

 礼奈のハンカチに礼奈の髪の毛を挟んで、カッターナイフで左の人差し指を傷つけた。思ったよりも出血した。血液をしみ込ませたハンカチを、夜に宿舎から抜け出して埋めにいった。

 


――俺と礼奈がが釣り合うとは思わないけれど、密かに期待する自分もいた。



***



「礼奈、俺もずっと礼奈のことが好きだった、子供のころから」

「全然知らなかった」

「両想いってやつだったんだ」


 雄一からの告白は御まじないの効果かどうかは分からないが嬉しかった。


 私たちは死体が埋まった場所を見やった。

 

 「殺人」という他人には知られてはいけない秘密の共有が二人を結び付けてくれているような気すらした。

 そしてこの殺人事件は誰にも見つからず、永遠に闇に葬られれる気がした。



 「これからはずっと一緒にいような」

 「うん」



 「――俺たち、殺人犯とその共犯者だもんな」


 




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恋愛成就 闇祈願 山野小雪 @touri2005

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