アンバールド創世記

蒼翠琥珀

創世 -無次元-

 星降る夜、一匹の狸が拾ったドングリを地に埋めた。


 太陽の光と土にはぐくまれ、長い時を経て顔を出した萌芽は大地に根を張ってゆく。蓄えられた養分を吸収すれば、光によって空へ空へといざなわれた。

 それは若木となって智慧ちえを贈ってくれた大地に水を与えるようになり、光に導かれるままに幹を太らせ枝を伸ばすうちに、いつしか大樹となり果実を宿す。


 狸はその果肉を齧って甘い汁を啜り、後に残った固い種を地に埋めた。

 大地の揺り籠に温められた種が新たな萌芽となり樹となり、やがて果実を飾り始める頃には狸が増えていて、その狸たちもまた果実を齧り、種を埋める。増えていく間に大樹となるものが居れば、萌芽のまま姿を消すものも居た。

 狸たちは種を埋め続けた。

 樹が増え、はじめの木はいつしか一番太く高い巨樹になっていた。様々な姿・形の樹々が姿を現し、連理となり、鳥を育むものも現われた。


 鳥の囀りが聞こえ、一匹の狸がふと顔を上げる。

 褐色の毛むくじゃらの中の白い一匹。

 己の見かけが他と異なることには気づいていない。誰もそれを気にしなかったからだ。

 自分の姿は自分には見えない。

 

 けれど白銀狸は感じていた。自分は間も無く、この世界から姿を消すだろうと。

 

 そこはかつて荒涼たる大地だった。

地割れに落としたドングリがを呼び、樹に鍛え上げられた水は清涼なる泉を創り出し、溢れる泉はいつしかを生んだ。

 各地を流浪して『海』を見つけた竜は魚を連れ帰り、狸たちは魚も食べるようになった。


 白銀狸は気づく。

 自分達はこの場に生かされている、と。


 だから名前を付けることにした。

 樹が沢山集まるその場所は『森』だ。はあらゆるものを創った。樹を生み出したを『賢者の石』と呼ぶことにした。

 はじめにドングリを地に埋めたのは、この白銀狸だ。

 それは水を育むだった。


 樹になる果実が一つ、また一つと姿を消してゆき、ドングリが自ずと木の葉の下に隠れる時期も過ぎ、姿を変えた水がふわふわと落ちてくるようになった。

 それは冷たく、はじめのうちは地面に着地すると間も無くそのまま吸い込まれていったけれど、それを繰り返すうちに大地も冷たくなっていった。大地は次第にその白い水の粒に覆われ、いつしかお隠れになった。


 白銀狸は忽然と姿を消した。


 枝が折れたり雷に打たれて地に伏す樹がどこかで悲鳴を上げ、風が巻き上げた土に打たれたまま、誰にも知られることなく雪に埋もれているうちに、唸りを上げる大地が鳴動し、土も木の葉も樹も何もかもを割れた大地が取り込んだけれど、誰もそのことを知らない。

 いつしか他の狸たちも息を潜めるようになっていた。

 静けさだけが響き渡る。

 

 竜は時折凍てつくこともあったが、おおよそ旅を続けていた。どこまでも流れに流れ、大地を削りながら海に還っていく。海は大地を介抱し、割れた傷を癒やした。

 時が過ぎ、元気を取り戻した大地がすっかり見違えた顔で海から這い上がり、そこは海辺となった。


 東の空に暁星が上る。

 西に沈んでは、また上る。

 途方もなく太陽が上映され、ある時、不意に一匹の狸が海辺に現れた。

 白い毛むくじゃらだ。


 白い狸は見知った場所をほっつき歩いていたけれど、ふと足を止め、海辺に落ちていた流木を拾い上げた。それはまるで、はじめの狸がドングリを見つけた時の光景だった。


 うねるような流木の隙間に黄色と赤色の間の色をした塊が挟まっている。

 触れるとその塊はたちまち木切れから滲み出して、発火し熱を帯びた。

 驚いた狸は流木ごと放り出し、手も足も使ってアタフタと逃げてゆく。

 けれど狸はハタと気づく。

 その炎がウミとソラの間に生まれる光と同じ色であることに。


 遠くの方から観察し、その光が己を温めてくれるであると悟った。 

 恐る恐る近づいてそうっと流木を拾い上げ、匂いを嗅いでみる。

 熱の衣を纏った光を生み出すその樹木の血塊は『太陽の石』。

 狸は自分の名付けに満足したのか、流木とともにその灯りを拾い集めることにした。


 燃ゆる光が世界のはじまりをもたらす


 それを理解した白い狸の瞳は、琥珀色に染まっていた。

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アンバールド創世記 蒼翠琥珀 @aomidori589

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