第2話軍務大臣ジャンヌ・ダルク

「では。ジャンヌ・ダルクについて、知っていることを述べてみよ」 

 

 わたくしは、ナポレオンに問いかけた。



「ふむ……一言でジャンヌ・ダルクをいい表すと、“女と戦争は素人ほど怖いものはない”ですな」



「その心は?」



「ジャンヌ・ダルクが神の声を聞いた聖女だったかどうかはこの際おいておきましょう。事実として、文字も読めない無学で素朴な村娘がイングランドに征服される寸前だったフランスを救ってみせたということです」



「戦争のプロ達では、フランスは救えなかった訳じゃな」



御意ぎょい。当時、フランスの貴族達は、いちいち名乗りをあげてから突撃していました。指揮系統も小貴族ごとにバラバラで……イングランドのロングボウで各個撃破され、百年近くに渡って連戦連敗。経済的にもイングランド軍の焦土作戦によって壊滅的被害を受けており、フランスは領土の半分以上をイングランドに奪われていました」



「鎌倉武士のような連中じゃ」



「鎌倉武士……。王太子シャルルも王の実子ではないという噂をながされていて、やる気がなく、佞臣ねいしん達と遊び呆けています。功臣は佞臣に失脚させられ、フランス軍の士気も最悪。フランスの要衝、オルレアンもイングランド軍に包囲されて落とされる寸前。フランスは、滅亡の危機にありました」



「そこに颯爽さっそうと現れたのが、ジャンヌ・ダルクであったと」



「彼女は、1412年ごろドンレミ村に生まれました。ドンレミ村は、フランス東部の辺鄙な村で周囲をブルゴーニュ公領に囲まれながらもフランス王家に忠誠を誓う素朴な村。ジャンヌの父ジャックは、20ヘクタールの土地を耕す農夫であったと同時に租税官であり、村の自警団の団長でもあったようですな」



「ふむふむ。それで?」

 わたくしは、ナポレオンに話の続きを促した。




「ジャンヌ・ダルク本人の証言によりますと……彼女が初めて神の声を聞いたのは、13 歳くらいの時。大天使ミカエル・アレキサンドリアのカタリナ・アンティオキアのマルガリタを幻視し、“イングランド軍を駆逐して、王太子シャルルをランスへ連れていき、王位へつかしめよ”という声を聞いたそうです」



「ほう……奇妙なことも、あるもんじゃの」



「奇妙?」



「いや、なに。こちらの話じゃ。……続けよ」


 ツッコミどころで、お茶を濁すわたくし。


「彼女が16歳になった時、いよいよ歴史の表舞台に立つことになります」



「存外、話が長いの」



「すいません💦」



「よい。小説のようで面白いし。カクヨムでも読んでいるかのようじゃ」


「カクヨム!?」


「ゴホン、こちらの話じゃ。続けよ」


 カクヨムに載せるとしたら、タイトルは……“15 世紀の脳筋聖女、神の声を聞いてイングランド兵をけちらす”ってところか? もっとよいタイトルがあるかもしれないが。


 現実は小説より奇なり。じゃが……わたくしはナポレオンの話にツッコミを入れる瞬間を心待ちにしているのだった。




「ふむ、ジャンヌ・ダルクが世に出るには、母方の人脈が役に立ったようじゃの。父も村の名士じゃったようだが」



「御意。ヴォルクールの顧問官であったロベール・ド・ボードリクール伯に面会できるツテがあったようです。もっとも、シノンの仮宮殿において皇太子に面会したいと願いでたジャンヌを嘲笑をもって、追い返したそうですけど。その後、何度もしつこくロベール伯を訪ねて同じ要求を繰り返したので、しまいには、ジャンヌに平手打ちを食らわしたという話もあります」


「ふむ。そのしつこさがジャンヌの良いところであり悪いところでもあるのじゃろう……。1年後に、ジャン・ド・メスとベルトラン・ド・ブーランジという2人の支持者を得て、再びロベール伯に会いに行ったのじゃがな。当時、その手の予言者は数多くいた。ロベール伯もさぞうんざりしておっただろうに」


「すごい執念ですな」



「数多くの予言者の中でもしつこさと情熱において、ジャンヌ・ダルクの右に出る者はおらんかったじゃろうな」



「その時は、“ニシンの戦い”でフランスが敗北するという驚くべき予言を的中させたとか」


「戦場に支援物資であったニシンが大量にぶちまけられたことから”ニシンの戦い”などとふざけた名前がついておるが……フランスの要衝たるオルレアンが包囲されて絶対絶命の窮地に陥った戦いなのであろう? 絶対に負けることを許されなかったはずの戦い。フランス側の戦意も高く、数の上でも勝っておったはずだがの」


「御意。戦力的には、イングランド兵1500に対しフランス軍4000。圧倒的戦力差があり、フランス側が新兵器の大砲を導入し運用までしたにもかかわらず、無残にフランスが逆転負けを喫した戦いです。……その予言を的中させたことで、シノンの仮宮殿を訪れることを許可されることになります」


「ふむ。シノンの仮宮殿で王太子シャルルにあって、“オルレアンの戦い”に赴くまでの過程は割愛しようか。そこでもいくつか奇跡的な出来事があったようじゃが。軍人たるそなたに“オルレアンの戦い”の戦略や戦術を語らせたほうが面白そうじゃ」


「面白いって……。まぁ、予の名言録から引用するならば“一匹の狼に率いられた百匹の羊の群れは、一匹の羊に率いられた百匹の狼の群れにまさる”といったところですかな?」



「よ、名言製造マシーン!」


 ま、こいつの辞書には“不可能”がのっていないのじゃが。


 それに……「百匹の羊と百匹の狼を実際に戦わせたら、普通に狼が勝つじゃろ! 狩り放題・皆殺し・圧勝じゃ!!」という無粋ぶすいなツッコミはつつしんでおいた。あと……百匹の狼を指揮できる羊がいたら、それこそ突然変異というか、神の奇跡級の逸材なのではないか?とも思うのだった。

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おフランス神のやり直し!〜仏偉人達のしくじり先生録 ライデン @Raidenasasin

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