第4話 寵姫ネル
「頬は冷やしています。時間が経てば、腫れも落ち着くでしょう。ドレスは上半身が破られていましたが、お体に大事はありません。トレド夫人がすでに拭き清め、お着替えを済ませています。ただお父上の死と、何者かに襲われた衝撃が心配です。意識が戻られましたら、お呼びください」
セドリックの主治医がディアーヌの容体について説明すると、セドリックはようやく厳しかった表情を緩めた。
「わかった。ご苦労」
セドリックとグレッグは医師を見送った。
トレド夫人は寝室でディアーヌに付き添っている。
「殿下、これからどうするおつもりですか?」
セドリックはグレッグをまっすぐに見つめる。
「ディアーヌを守りたい」
「彼女を殿下が保護したいと? 婚約者にでもするおつもりですか!? ケンダル公爵家は国家反逆罪に問われた家です。そこの令嬢を大公家に迎えることはできないでしょう」
「彼女の正体を明らかにするわけにはいかない。明らかに何者かに狙われているのだから」
「もし殿下が城で密かに女性をお抱えになれば、彼女は寵姫と噂されることになります」
セドリックは深く考えに沈んだ。
「……寵姫とは、要は愛人だ。それでは、彼女を守れない。しかし、もし……大公の公式寵姫となれば、その地位は保証される。そう簡単に宮廷から追放されることもない」
「殿下!?」
「グレッグ、トレド夫人を呼んできてくれ。相談がある」
セドリックは強い意志を秘めた表情で、グレッグを見た。
「ケンダル公爵令嬢ディアーヌは、行方不明になる。何者かに襲われ、公爵邸から姿が消えるんだ」
グレッグが目を見開いた。
「まずは、彼女を寵姫に仕立て上げるぞ。別人に変身させる。おまえはディアーヌを襲い、ケンダル公爵を死に追いやった連中を追え。あと、彼女の弟の消息を確認」
***
セドリックは、そっと寝室に入った。
侍女長のトレド夫人と補佐官のグレッグはセドリックの指示を受けて、真夜中であるにもかかわらず、それぞれの仕事に取りかかっていた。
天蓋をめくると、ベッドに横たわるディアーヌが見えた。
閉じられた瞼を縁取る、長いまつげが影を落としている。
つやかやかな金髪が枕の上に広がっている。
眠るディアーヌの青ざめた顔と涙の跡。
頬に貼られたガーゼ。
ディアーヌの受けた痛みが伝わってくる。
「あなたを『ネル』と呼ぼう。新しい名で生きる方が、今は生きやすかろう…」
セドリックは想いを込めて、眠るディアーヌに語りかけた。
「あなたは明日から私の寵姫として生きるのだ。公爵令嬢ディアーヌは消えた。あなたは大公の寵姫ネルになる」
大公の意図は何なのか。
ディアーヌは自分への懲罰であり、辱めであると受け取るかもしれない。
あるいは、自分に差し伸べられた救いの手であると、気づくのか。
「人は、いつでも変わることができる。生きるために。あなたは変わる。私も変わろう。———あなたを守るために」
夜が明け、朝になったら、ディアーヌは特別なドレスを与えられる。
贅を尽くし、美の限りを尽くした、大公の愛人を輝かせるドレス。
寵姫ネルの誕生は、もうすぐだった。
寵姫ネルの結婚 櫻井金貨 @sakuraikinka
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