第3話 襲撃

 ケンダル公爵邸に到着したセドリックとグレッグが目にしたのは、不自然にもすべての照明が落ちた屋敷と、正面玄関脇に倒れている騎士の姿だった。


 馬車はそのまま走り続け、屋敷横の通用口に向かった。


 馬車が停止すると同時に、グレッグがすばやく馬車から飛び降りる。

 セドリックは馬車の窓を細く開けて、様子をうかがう。

 その時だった。


「きゃあああ……っ!!」


「ケンダル公爵令嬢ディアーヌで間違いないな?」

「早く薬をかがせろ。口をふさげ、手足を縛るんだ」

「やめて、あなた方はいったい……!!」


 ガラスが破られた窓から響く、若い女性の悲鳴。

 争う物音と複数の男達の声が重なる。


「姉上! 姉上———っ!!」

「レオ、逃げなさい! 早く、逃げて!!」


 その瞬間、セドリックが馬車のドアを押し開け、外に飛び出したのを、グレッグはあわてて押し戻した。


「馬車に戻ってください!! 私がお連れします。あの方を助けたいなら、馬車にお戻りください!!」


 グレッグは馬車の周囲を固める四人の騎士のうち、二人を連れて屋敷内に消えた。


 それからの時間は、セドリックにとって、どんなに長く感じられただろうか。

 馬車のドアが開き、黒いマントでくるんだ人らしきものを抱えたグレッグが飛び込むと同時に、馬車は急発進した。


「城に戻りましょう。考えるのは、それからです」


 グレッグの声に、セドリックははっとした。


「彼女には弟がいる。まだ未成年だ」

「彼まで助ける余裕はありません。さあ、お早く。今は一刻も早くこの場を離れなければ。誰が見ているともわかりません」


 二人は無言のまま向き合う。

 ようやくアルバニー城の城門をくぐり、城内に入ると、グレッグはようやく口を開いた。


「ディアーヌ嬢です。ご心配なく、気を失っているだけです。どこに運びますか?」


 セドリックはグレッグを見つめた。

 グレッグは、ディアーヌの体をすっぽりおおった黒マントを下ろして、セドリックにディアーヌを見せようとはしない。


 セドリックは嫌な予感を感じた。


「私の部屋へ運ぼう。すぐトレド夫人を呼ぶように」

「かしこまりました」


 はやる気持ちを抑えて私室に飛び込んだセドリックは、ソファの上にディアーヌを下ろすように命じた。


 部屋で待機していたトレド夫人が、そっと黒マントを引き下ろす。

 夫人がはっと息をのむ音が聞こえた。


 くったりとソファに体を預けるディアーヌの顔が現れる。

 乱れた金髪の下で、彼女の頬は赤く、不自然に腫れ上がり、ドレスは破れ、左肩がはだけてしまっていた。


 トレド夫人は、さっと黒マントをひっぱり、ディアーヌの体を再びおおう。


「……お部屋をご用意いたしましょう」


 トレド夫人が立ち上がった。


「そうだわ。東の間はいかがでしょう? かつて大公家にお仕えした寵姫様がお使いになったお部屋。あそこなら、若い女性がいると万が一気がつかれても、不自然ではございません。お部屋の手入れだけはいつもしておりますから、すぐ使えます。それに、殿下の寝室から、隠し通路を使って行けますから」


 セドリックはうなづいた。

 今は何よりも、ディアーヌの安全を確保したい。


「そうしてくれ。トレド夫人、彼女は私達が運ぶから、至急、医師の手配を」

「かしこまりました」


 セドリックは、夜会で初めて会ったディアーヌの姿を思い出した。

 

 少しはにかみながらも、美しいカーテシーをセドリックに披露したディアーヌ。

 金色の糸のような長い髪が揺れ、青いドレスがディアーヌの肌の白さを引き立てていた。


 そして、青灰色の印象的な瞳。


 セドリックはただただ、ディアーヌを見つめることしか、できなかった。

 穏やかに微笑んでいたディアーヌは今、固く目を閉じ、身動きもせずソファに横たわっている。


(ディアーヌ、私があなたを守る)


 セドリックは、黒いマントに包まれたディアーヌをそっと抱き上げた。

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