おやすみ映画館

長月瓦礫

おやすみ映画館

ブザーが響く。

ゆっくりとフィルムが回り、映画が始まる。


ふかふかのソファに座って、これまでの物語が巻き戻される。


最初に出会ったのは、夏休みに両親と一緒にタイへ行った時のことだ。

その時、アンタはまだ小さな女の子だったな。

海で家族と遊んでいたら、アンタはこっちに来て、パパとはぐれたって泣き喚いた。

両親は周りを見回したり、いろんな人に声をかけたりして、大騒ぎだった。

俺の変顔を見てようやく泣きやんだ。


しばらく一緒に遊んでいたら、アンタのパパは顔を真っ青にしてたな。

すごい顔でぶるぶる震えてた。何があったんだか、よく分からなかったけどね。

その後、みんなで一緒に記念写真を撮った。


記念写真はアルバムの最初のほうにある。

それがこの写真だ。



次に会ったのは、中二の冬休みだ。

宿題をたった数日で全部終わらせて、あっちで新年を迎えたのは今でも覚えてる。

あの地獄があったから、楽しく過ごせたんだと思う。


家族でスキーをしてたら、泣き叫びながらごろんごろん転がり落ちてきた。

スキー板とがんじがらめになっていたのを助けたんだ。


どこかで見たことあるような顔だったけど、ゴーグルをつけていたし、よく分からなかった。けど、初心者同然のアンタにスキーを教えることになって、初心者コースを一緒に滑ったな。


家族がいつの間にか写真を撮ってたんだ。

知らない女の子と一緒にいたから、すごくからかわれたんだ。

それがこれだな。アンタに送った写真だ。



その次が大学入学前の卒業旅行だ。

友達と一緒に台湾に行ったんだった。

出店を回っているうちに財布がなくなっていて、困っているときにアンタはいた。


「すみません、これあなたの財布ですか?」


スリの首根っこ掴んでいたのを見たときは、本当にぶったまげたね。

何度も見た女の子が財布を渡してくれた。


「アンタさ、どこかで会ったことない?」


「何を言ってるんですか、あなた」


変なことを言ってしまったなと思ったけど、すっとぼけてただけなんだよな。

すげー腹立つ。口説き文句にしてはあまりにも下手すぎるし。


その後、一緒に遊んでいろいろ食べて回った。

次の朝、同じホテルにいるんだから驚いた。


「こんな偶然、あるものなんですね」


アンタはにこりと笑って、一緒に朝ご飯を食べた。

その時、一緒に撮った写真は棚の上にあるな。




その後は、出張先の駅をふらふらしていた時だ。

転機がずっとぐずついていて、雨が雪になりそうな天気だった。

スマホで地図を見ても全然場所は分からないし、会議の時間は迫ってくるしで、泣きそうになっていた。


「あら、迷子ですか。大変ですね」


「すみません、ここのビルに行きたいんですけど」


「偶然ですね、私もそこに行く予定でした。案内しますよ」


迷子になっていた俺を助けてくれた。

何度目の出会いかも分からないが、顔を覚えてしまった。

黒目がちでショートヘア、清楚な印象が懐かしい。


「名前は何と言うんですか」


「ようやく聞いてくれましたね。私はムトウユウリと申します」


「ようやく……ってことは、どこかで会ったことありますよね」


「あなたは実に幸運な人です。

私のような存在がたった一人の人間の人生に介入できるのですから」


アンタは優しく微笑んだ。歩きながら、いろいろと話を聞いてくれた。

なかなか仕事がうまくいかなくて、困っていた時だった。


「転職するにはまだ早いし、どうしたらいいものやら……」


「それは大変ですねえ。

ただ、この後の会議はハッキリ言って無駄なので、次の旅行先でも考えていたらいいんじゃないですか? その後は、これでも食べて元気出してください」


アンタはドーナツの引換券をくれた。

甘いものなんてめったに食べないから、すごく新鮮だった。


「もう一度、会いたいので! 待ち伏せしなくていいですから。

ちゃんと連絡先を教えてくれませんか」


「それもそうですね。気づいてしまったなら、隠すこともないでしょうし」


そう言って、連絡先を交換して会議に臨んだ。

アンタの言うとおり、本当に無駄な時間だった。

意見はまとまらないし、話は進まないし、時間だけは過ぎていく。


結局、この案件はストップになり、次の仕事が振られて、進んでいったんだ。




それで、そうだ。その後、連絡を取ってはよく会っていた。

旅行先でセレブなバーに行ったり、変な人形を作ってたり、楽しい時間を過ごした。

思い出は全部、今も取っておいてある。


「あなたは本当に不器用で……何度も苦戦していましたねえ。

私はその姿をずっと特等席で見ていたんです。

こんな愉快で幸せなこともないじゃないですか」


性格悪いな、本当に。

手のひらの上で転がされている感じがして、気味が悪かったけど。

いつもどこかで会えるんじゃないかと思う自分もいたよ。


「私はいつでも現れますよ。望む姿で思うがままに。

さて、この後どうしましょう」


「夜景の綺麗なレストランを予約してある。

そこでディナーでもどうですか」


「いいですねえ。行きましょうか」


そういって、今日みたいに映画を見て、プロポーズしたんだ。



その後もずっと楽しかったなー。

たまに大ゲンカして、何度も仲直りして……定年退職後、縁側で一緒にお茶飲んで過ごせるとは思わなかった。本当に生きててよかった。


「今度は待ち伏せしないで、最初から会いに来てよ」


「少々、意地悪でしたか。けど、ロマンチックでしょう。

なかなかこのようなこともありませんから」


幸せそうに並ぶ二人の男女が映し出されて、映画が終わる。

それでは、おやすみなさい。

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おやすみ映画館 長月瓦礫 @debrisbottle00

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