ファイヤスターター

ぞい

始まりの街の都市伝説

 知ってるか? この街で一番有名な都市伝説の話。


 そんな事を不躾に言ってくる友人との茶会は、冒険者という無骨な職業とは似合わないおしゃれな喫茶店で始まった。


 友人は20代半ば、こちらは三十路、30手前の29歳。どちらもこの始まりの街で燻っている冒険者だ。


 俺も友人も、かつてこの街に初めて来た時には希望に満ち溢れていた。村から一緒に来た連中とパーティを組んで、いつかS級になるのだと目を輝かせていたものだ。


 だけど現実は厳しい。他の連中が次々と街から出て行く中、俺たちはまだここで冒険者にしがみついている落ちこぼれだった。


 日に日に腐って行く目、新しい奴らが来るたびにそれは酷くなっていく。


 なのにここに来てこいつは昔に戻ったようにキラキラした目で俺を見て、都市伝説を知っているかと来たもんだ。


「知らねえな。どんな話なんだ?」

「ある男の話なんだが、外見や年齢なんかは分からねえんだ。ただその男が接触した冒険者はたちまち成功して、今有名になってるやつの殆どがそいつと会った事があるんだと!」

「ふーん」


 俺は適当に話に相槌を返す。楽しそうに喋りやがって、何考えてんだか。


「それで、そいつがどうしたんだ?」

「探そうぜ! 俺たち2人で!」

「はぁ?」


 友人の言うことは唐突で、しかも都市伝説の男なんかを真面目に探そうと言う内容だった。とは言えだ、何言ってんだそんなもの居る訳ねえだろ。なんで軽々しくは言えねぇ。なんてったってこいつにとっては最後のチャンス。藁にもすがる思いだろうからな。


「都市伝説の男って言ったか? そいつが見つからなかったら、どうするつもりなんだよ?」

「そりゃあ、もうスパッと諦めて村に帰るさ」

「すぐにか?」

「すぐにだ」


 諦めが良いってのは良くも悪くもだな。こいつはスッキリ、俺はモヤっと。寂しくなるなぁ。でもまあ最後に付き合ってやるのも悪くない。


「分かったよ。どうせ俺も今日はクズクエストでもしようかと思ってたぐらい暇だったしな」

「そう来なくちゃ!」


 そして俺たちは探し回った。街のあらゆる場所を隅々まで。路地裏やらスラム街なんかまで回って夕方になる頃には殆ど見てない場所はないってぐらいになっていた。


「こんだけ探しても手がかり一つ見つからないとはなぁ」

「ま、そりゃそうでしょ。人に聞いても分からんと言うし、そもそも情報が少なすぎだ」

「だよな! ははは! ……終わっちまったなぁ、俺の冒険者人生」

「……別に、俺より年下なんだ、まだやれるだろ」

「そうもいかねぇんだこれが。うち実家が農家でさ、今は親父の跡を継いで弟が管理してんだけど、どうもうまく行ってないらしい。人でも足りないって話だ。俺みたいな家継ぐことをほっぽり出した人間を呼び戻そうってくらいだぜ? 相当やばいんだろうな」

「なるほど、それで冒険者として大成すりゃ支援金も送れるし、帰らなくて良いしってことでこれか」

「ははっ、まあそれもあるけどな」


 そう言って笑って夕焼け空を見ていた友人は、突然俺の方に振り返った。


「なあ、テン。お前うちの村に一緒に来ないか? 村はここから遠くないし、一応仕事だってある。食いっぱぐれることはないぞ。まあ、刺激はないけどな」

「答えは分かってんだろ? 俺は冒険者だよ。動けなくなるまでな」

「はぁ、だよな。じゃあやっぱ今日連れ回せて良かったわ。冒険者として仲間との最後の思い出みたいなもん作れたし」

「誰が仲間だよ。一緒にクエスト受けたことなんてねぇだろ。俺らは良いとこ友人で腐れ縁ぐらいだ」

「違いねえ」


 夕日が山に沈んで行く。もうすぐ今日が終わる時間が近づいていた。冒険者の1日は日が出てから沈むまで、後はおまけみたいなもんだ。


「あのさ、俺と一緒にこの街に来た男と女が1人づついたの覚えてるか?」

「ああ、随分前に街から出てったあの?」

「そうそう。あいつらさ、今度結婚するんだと」

「マジか、そいつはおめでたいな」

「……ああ。めでたいよな、本当に」


 その時の友人の顔はどこかくしゃりと歪んでいた。多分泣きそうなの我慢してた顔だなありゃ。


「俺さ、最初はお前のこと馬鹿にしてた。お前のこと何も知らないで、歳とってるくせにいつまでもこんな街に居座ってるなんてって思ってた。でもさ、俺も同じだったんだよ。同じ。この歳までこの街から出られねえ、後ろ指刺されて笑われて、周りの奴はどんどん先に行く。俺だけなんだか取り残されて、周りのスピードについて行けなくて。だからお前が居てくれてさ、嬉しかったんだ。1人じゃないんだって。ごめん、何言ってんだろう。とにかくさ、俺、お前に感謝してんだ」

「……」

「夢とかあって当然叶えられると思ってた。結局何もかも俺には無かったけど、お前は友人になってくれた。だから俺、お前を置いて行きたくねぇんだよ」

「お優しいこって。でもお前、さっきの話、その結婚するって女の事が好きなんだろう?」

「そ、それは。だけど」


 その狼狽えた様子を見て俺はフッと笑って言ってやる。


「俺はその女の代わりになんねぇぞ。第一こんな三十路の行き遅れ女なんか貰ってどうすんだよ」


 俺は女だ。だけどこんな冒険者なんかやってる可愛さのかけらもねぇガサツな女さ。ろくな魔法が使えねぇからと剣士になって、筋肉ばかりで傷も多い。そんな女に村に一緒に来いとはこいつも焼きが回ってる。と言うか一応女を誘うならせめて昔のパーティの好きな女が結婚する話は出すなよ。


「ち、違えよ! ただ俺はお前が1人ここに残るのが嫌で、あいつらのことは関係ないし! 別にそう言う意味でもないし!」

「支離滅裂で無茶苦茶になってんぞ。ふふっ、でもありがとうな誘ってくれて。……仕方ねぇな、残念なお前をこのままにしとくのも友人として嫌になってきた。だからこれは俺を心配してくれた例だ」


 俺は手の平に俺が唯一使える魔法の火を灯す。モンスターも焼けないし、火おこしにだって使えないけど、人の心の奥底に眠る力を呼び起こす事ができる火を。


「お、お前、それ……」

「都市伝説を知ってるかって? 知ってるけど知らねえよ。俺は男じゃねぇ、女だ」


 手のひらを友人の胸に押し当てる。そうすると炎はスッと体の中に入って行き、彼の中の火を燃え上がらせた。これでこいつも有名冒険者の仲間入りだ。


「本当はあんまり使いたくないんだ。けどお前は特別。なんたって友人だからな」

「なんだよ、だったら早くやってくれりゃ良いのに」

「馬鹿、そうすると俺が寂しいだろうが」

「初めてそんなこと聞いた」

「今までは同じ出来ないもの同士だったからな。でももうお前はここから巣立つ、最後に言ってもバチは当たらないだろ」

「でも俺には結構響くよ」

「そりゃ良かった。ま、たまには会いにきてくれよ。友人として」

「ああ、必ず。必ず会いに来るよ」


 そうして友人は瞬く間に頭角を表し、あっという間に冒険者として上り詰めて行った。


 そして数ヶ月後、風の噂であの時友人が言っていた女の結婚式に友人が乱入したと言う話が流れてくる。俺は相変わらず無茶苦茶やってるなと笑いながら、今日も最弱のモンスターの討伐クエストを受けていた。


「まだ居るのかあいつ、また雑魚の討伐クエストかよ」

「もうそろそろ引退してくれたらいいのにな、この街には不釣り合いだろ」

「あの筋肉と傷じゃあ女としても価値ないしな」


 今日も色々と好き放題言ってくれるな。そう苦笑しながらギルドを出ようとする。すると突然目の前の両開きの扉が勢いよく開かれた。なんだと思っていると、そこに居たのはあの友人だった。


 いきなりの大物の登場に騒めく冒険様たち。俺は驚きすぎてそのまま固まっていると、友人はそんな俺の姿を見てドスドスと近寄って来て突然俺を正面から抱きしめた。


「!?」

「帰ってきたぞ! 結婚してくれ! 一緒に冒険に行こう!」


 何言ってんだこいつ!?


「お、落ち着け。急に何言ってるんだお前は!? 結婚って、あの会いに行った女はどうした?」

「ああ、あいつは結婚しようとしてた男以外にも男がいたらしくて、それを結婚式で突きつけてやったらとんでもない事になって破滅した」

「な、何やってんだお前」


 結婚式に乱入したのは花嫁に告白するためじゃ無かったのか。


「ま、まあいい。それでなんで俺に結婚なんて言ってくる」

「そりゃあ俺がお前に惚れたからさ」

「は?」

「だから、俺はお前に惚れたの。てかずっと惚れてたんだよ。それに気づいたのはアイツと再開してからだったけどな」

「だ、だが俺は筋肉はこんなだし傷だらけだし女としては終わってる可愛く無い女なんだぞ」

「あ、それ言い忘れてたけど。俺はずっとお前のこと、可愛い奴だと思ってたよ」

「ッ! クッ///」


 ふ、不意打ちだぞコイツ!


「それで、俺と結婚して一緒に冒険してくれるか?」

「……はぁ、お前のことだ『はい』と言うまでどうせ止まらないんだろう? だからここはこう言ってやるさ『はい。不束者ですが、よろしくお願いします』」

「っしゃー!!!」


 こうして俺たちは結婚した。その後は一緒に冒険したり、美味いものを食べに行ったり。そうそう、私がコイツに与えた火の事なんだが、一緒に過ごすうちにコイツの力が俺に流れてくるようになって、いつの間にか俺もとんでもなく強くなってた。お陰で最近世間からは最強夫婦なんて呼ばれてるらしい。


 そして今、俺たちに新しい家族が生まれようとしている。


「あ、動いた!」


 俺の膨らんだお腹を触りながら、そう言う旦那。


「こらマナブ。クエスト受けたんなら早く終わらせてこい。いつまでもこうしてたんじゃクエスト失敗になるぞ」

「えー、仕方ないな。すぐ帰ってくるから待っててくれよ2人とも!」

「はいはい。待ってるよ2人で、行ってらっしゃい」

「行ってきます!」


 あっ、マナブが出て行く時、一際大きく赤ちゃんが動いた!


「きっとこの子も大きくなったら冒険者だな」


 その時は3人で、最強冒険者一家と呼ばれるのも、悪く無いかもしれない。

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ファイヤスターター ぞい @yosui403

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